17話
「……大分落ち着いてきましたね」
「そうだな、最近忙しかったから大変だったよ」
昼頃、俺と伊音ちゃんは誰もいない店を見て何気なくそう言う。本来なら客がいないことに焦らなければならないのだろうが、ここ最近は本当に忙しかったためこういった暇な時間が本当に欲しかった。
それもこれもインタビューでここの事を答えた若社長とやらのせい――というわけでもないか。今度来た時はお礼を言わなければならない。例え忙しくてもそのおかげで店は繁盛したのだから。
兎にも角にもとりあえず休憩しよう、俺はポケットに入れていたチョコバーを取り出しそれを頬張る。それは甲虫武者が回復用に使っているものだった。
「英さんそれって……」
「師匠に1日1本は食えって言われたんだー鎧の強化のためにね」
「よく食べられますよね、私も一度お父さんに食べさせてもらったことがあるんですけど……あまりの甘さに気絶しそうになって」
(なんか伊音ちゃんって……毎度気絶しているイメージがあるなぁ)
そして甲虫武者にとって糖分は回復目的でもあり自身をより強くするものでもある。甘いものを食べれば食べるほど強くなり鎧蟲と戦えるようになる、俺にとってこういう分かりやすい鍛え方は本当にありがたい。
それにしても甘すぎて気絶か……同じようなことを師匠も言っていたが果たしてそれ程甘いものだろうか?俺にとってこの濃厚なチョコ味も丁度良く感じている。果たしてそれが甲虫武者による影響か元からなのか分からないが、少なくとも前までの俺はここまで糖分好きではなかったはず。少なからず甲虫武者の体が本能的に甘みを求めているのだろう。
ちなみにその師匠は今日もどこかへ出かけている、確かにこれは誰か雇わないと伊音ちゃんだけになるな。どこに出かけているのやら……
「あ、私お父さんから頼まれていた仕事があったんです!裏に行くのでここ任せてもいいですか?」
「オッケー」
そう言って彼女は裏の方へ行きこの場に俺だけとなった。1人になって分かったがここの店は本当に広い、客が増えて人口密度が増えたときはそう印象に残らなかったのだがこうして独りっきりになると些か寂しく感じるものだ。
これなら客が来た方が良い、でもそう都合よくが客が来るはずも無く……
「……オイ、この店は菓子を食いながら接客するのか」
「あっすいません!いらっしゃいませー!」
客が来た。空気を読んでくれたかのようなタイミングで来てくれた。
慌てて食べかけのチョコバーを隠し姿勢を正す。いくら暇だったとはいえ流石にお菓子を頬張りながらの接客は失礼だ、以降気を付けないと。
その客はスラッと背筋を伸ばし髪を上げ、黒いスーツで着飾っている俺と同じくらいの若い男であった。身なりで結構なお偉いさんなのが分かる、俺なんかとは住む世界が違う存在だろう。
「ご注文の品がお決まりになりました――らぁ!?」
例えどんなに高級なスーツを身に纏っていようがお客様はお客様、取り敢えずお冷を運ぼうと近づいた時、いきなり右の手首を掴まれた。そのはずみで持っていたコップを落としてしまい破片と共に水が四方八方床に広がっていく。
「お、お客様……?」
「ほう……一応隠す努力はしてるのか」
「ッ!?」
手袋をつけた手を見て男はそう言う、この手袋に関連して何か隠すことがあるとするならば1つしかない。この右手にできた痣だ。
つまりこの人は、俺が甲虫武者であるのを知っているということだ。
「お前……何者だ?」
「客に対しその態度……まぁ不問にしてやろう」
すると男はつけていた黒い手袋を外し俺に右手を見せてくる。そこには俺と違う、クワガタの痣が描かれていた。
俺はそれを見て目を丸くし口を間抜けに開けてしまう。俺や師匠のカブトムシとは違うクワガタの形、それが何を意味しているのか俺でも分かった。
「甲虫武者か……お前!?」
甲虫武者や鎧蟲のことを知っているとかそんな話ではない、こいつも俺と同じ存在なのだ。いつか会うだろうと思っていた他の仲間、それとまさかこんなところで顔を合わせるとは思いもよらなかった。
するとコップが割れた音を聞きつけたのか、裏にいた伊音ちゃんが戻ってくる。
「今の音なんですか――って、黒金さん!来ていたんですか!」
「知り合い?伊音ちゃん」
「前に言った常連の方です、これ……」
何とこの男――黒金とやら前に言っていた男の常連らしい、そして彼女が見せてきたのは1冊の雑誌。これは俺も見たことがある、ここを紹介した若社長のインタビューが書かれたもので師匠が記念として買ったのであった。
そう言えばどこかで見たことのある顔だな……
「23歳の若さにして製菓会社ブラックダイヤモンドの社長を務め、菓子業界を震撼させた人です」
「23歳!?俺とほぼタメで社長!?」
「『黒金 大五郎』だ。今さっきお前が食べていたチョコバーも俺の会社で作った」
「これを!?ちょっと待って待って……」
情報の洪水が起きさっきから驚いてばっかりで頭がついてこれない。最初から整理してみよう、この黒金大五郎という男は俺と2つ違いで会社の社長で甲虫武者に必須とも言えるこのチョコバーを作ったという。
通りで気品の高さが身から溢れているはずだ、社長だからあれくらいの高級さも当然かもしれない。
「お前のことは鴻大さんから聞いているぞ雄白英、最近甲虫武者になったんだってな?」
「あ、ああ!これからよろしく黒金!」
兎にも角にも同じ甲虫武者ということはこれから共に戦う日も来るだろう、その時の為に例え身分が違いすぎる人でも挨拶を交わさないといけない。甲虫武者の先輩、そして同年代の仲間としてこれから仲良くしていこう。
しかしそんな俺の希望も裏腹に、黒金は俺の襟首を掴み引き寄せてきた。
「うわッ!?」
「黒金さんだ!客以前に年上には敬え!雄白!」
「いや2つ違いだから……あと放して」
「ったくフリーターが……鴻大さんも何でこんな奴を弟子にしたのやら……」
何1つ言い返せない黒金の言葉であったが流石に最後の言葉には俺も「ムッ」とする。確かに俺はこいつと比べてフリーターの貧乏人だろう、だけどそれと俺が師匠の弟子になることは関係の無いはずだ。
……なんか嫌な奴、スーツでカッコつけちゃってさ。
「……俺こいつ苦手」
「ちょっと!お客様ですよ!」
つい小声で悪態をついてしまい伊音ちゃんに叱られてしまう。一応こいつもお客様、店員ならば一応失礼の無いように対応しないといけない。渋々俺はキッチンに入り伊音ちゃんが注文を聞いた。
「黒金さん、ご注文は……」
「いつもの『イチゴたっぷりキュートパンケーキ』で」
「――プッ!」
そのハスキーボイスの喉から出たメニューの名前に俺は思わず吹いてしまうと、黒金が元から鋭い目つきを更に尖らせキッチンにいる俺を睨みつけてきた。
あの声でイチゴたっぷりキュートは反則だ、笑わない奴がどこにいる。
「……何がおかしい、雄白」
「別に何も……」
「嘘をつけぇ!」
すると伊音ちゃんの横を素早く通り俺のいるキッチンへと入ってきた。普通ならお断りして追い出すところだが、今の俺は笑いを堪えるのに必死でそれどころではない。
俺が笑っているのと対照的に黒金はどんどん頭に血が上っていた。
「いやぁ……黒金さんはイチゴがお好きなんですね。中々キャップがあって可愛らしいかと……フフッ」
「何でお前にそんなことを言われなくちゃいかん!俺がイチゴ好きで何が悪い!?」
「だって、あんなカッコつけてたのにイチゴが好きとか……」
「べ、別にカッコつけてなどいない!」
焦って否定しているところを見るとどうやらその自覚はあるようだ。イチゴ好きというところを突かれて赤面しているところを見ると本当に恥ずかしいようだ。これでさっきの仕返しができたと思ったが……
「大体お前だって何がキャップがあるだ!それを言うならギャップだ、馬鹿かお前」
「う、うるせー!」
「ハッ!上手く言い返す語彙力が無いところを見ると本当に馬鹿だな!」
しかしこちらも馬鹿と言われて何も言い返せなくなる。人から馬鹿馬鹿と言われ慣れているがこいつに言われるのは本当にムカツク!
そこから大人同士の口喧嘩が開始、ギャーギャーと言い合いそれは伊音ちゃんに制止されるまで発展した。
「ちょっと落ち着いてください!英さんも黒金さんも!」
「くっ……兎に角!お前みたいな素人がこの先生き残れるか!死にたくなかったら引っ込んでろ!」
そして遂には素人呼ばわりまでされてしまった。確かに俺は戦いにおいて素人当然だが俺だって鎧蟲と戦ったり人を助けたりした、その言い分じゃまるで俺が弱い奴みたいじゃないか!
「はぁ!?俺だって戦えるし虫の知らせだって習得しました~!」
「そんなのは基礎の基礎だ馬鹿が!」
「また馬鹿って言った!おら見ろ、これが俺の痣だ――ッ!?」
「ッ……!」
更に話し合いが激化しそうになったその時、俺は急に来た感覚に顔をしかめ黒金の奴も何かに気づいたような表情になる。伊音ちゃんは何ともない、この甲虫武者にしか共通していないこれは虫の知らせだ、鎧蟲が現れたんだ!
「ああもうこんな時に!伊音ちゃん店は任した!」
「あっ、はい!」
そう言って俺は勢いよく店を出て虫が誘う場所へと走り出す。店には伊音ちゃんと黒金が残り俺の背中を見ていた。
「フン、やる気だけはいっちょ前か……見せてもらおうか、グラントシロカブトの鎧を……!」




