15話
右手の痣が導く通りに俺は走り、いつしか住宅街から離れ人気のない場所に辿り着いていた。ラッキーだ、ここなら人に目撃されることもないだろうし犠牲者も出ない。俺だけで十分対処できるだろう。
近づくたびに俺の虫が騒ぎ始める、ここに鎧蟲がいることを煩いほど教えていた。そしてその通りそこには3匹の鎧蟲がいる。
「うおッ!?初っ端からデカい奴がいるのか!」
その組み合わせはかつて俺も戦ったことがある2匹分の共食い蟻、筋骨隆々とした黒い肌を滾らせ槍を持っている。しかしその槍だけは今までの奴とは違って体格に合った巨大な槍であった。
そしてその護衛をするかのようにあの時と同じ蜂の鎧蟲が2匹その周囲を飛び交っていた。2匹とも弓を携えいつでも矢を撃てるようにしており、その目はスナイパーのそれであった。
「それに加え大きな槍に蜂が2匹か……ま、予想したぐらいの戦力か!」
「――キキィ!!」
すると奴らに見つかり、蟻の方が凄まじい勢いでこちらに走ってきた。その様子はまるで猪であり土埃を上げ、俺の前まで接近するとその太い槍を振り下ろしてくる。
そういえば熟語の掛け声を言うんだったな、その点に関してはこの数週間考えに考えピッタリなのを選んだ!
「――出陣ッ!!」
その言葉と共に俺は痣から糸を放出しその槍を受け止めた後蟻を弾き、蛹に包まって白い鎧を装着。蛹を切り開いて蟻たちに甲虫武者としての姿を見せた。
糸に弾かれた共食い蟻はその大きさ故か細かい動きはできず尻もちをつきそうになったが何とか持ちこたえ、再び俺に襲い掛かり槍で突いてくる。それを跳んで避けると刺さった地面に大きな亀裂が走った。
「すっげぇパワー……当たったらやばそう――だ!!」
「ギィッ!?」
その威力に震えながらも俺は槍の上に着地し、そのまま伝って蟻を斬りつける。そしてその胸に刀をブチ刺して押し倒した後刀を抜き、もう一度刺そうとするも起き上がられて突き飛ばされた。
やっぱり共食いの姿になるとパワーが増す代わりに動きが遅くなっている、こいつ相手なら虫の知らせを使う必要もなさそうだ。虫の知らせを使う場面というのは――
「――こういう時だなッ!!」
俺は背中を向けたまま刀を振って後ろから迫っていた矢を弾く。横目で見れば2匹の蜂が低空飛行を保ったまま弓を構えていた。恐らく蟻と戦っている隙に撃ち殺そうとしたのだろう、残念だが今の俺は虫の知らせが使えるようになっている。
見てもいないのに殺意が背後に迫ってきているが分かった、これこそが虫の知らせであり見事それを駆使して矢を防ぐことに成功した。まだ完璧とはいかないがこれなら蜂相手にも十分戦える!
「よし……どんどん来いやぁ!!」
「ギィッーーー!!!」
そう挑発すると言葉を理解できたのか真正面から蟻が突っ込んできた。
勿論虫の知らせは矢限定じゃない。師匠の言っていた「数分先の動きを予測」程とは言えないが槍の軌道を直前に読み取り紙一重で躱しその隙を突いてカウンターを入れた。
しかしいくらの虫の知らせでもこいつのパワーと動きを抑えることはできず、蟻の猛攻にただ避けるしかなかった。柱のように太い槍が高角度から放たれ地面も穴ぼこだらけとなる。
このままだと虫の知らせで動きは分かっても体がついてこれずその時を突かれるだろう、しかし俺の虫は完璧にそいつの動きを教えてくれた。
「――そこッ!」
「ギガッ――!?」
槍の乱舞の隙間を潜り抜け奴の頭上を飛び越えると同時にその肩を切り裂き背後の着地、直観で何とか逃げ道を予測したのだ。
すると鎧蟲は振り向くと同時に槍を放ち俺の刀と衝突、パワーは完全に向こうの方が上で俺は押し負けて吹っ飛ばされてしまう。
「いっつ……手痺れた……!」
何とか刀と足を地面につけて衝撃に抗い停止したが今の一撃を刀で受け止めたせいで両手がビリビリした。それ程強烈な一撃だったのだ。
一度地面に刀を刺して置き、痺れを無くそうと両手を振る。なんつー力だ、手が吹っ飛んだと思った!
「おー大分マシになってき――のわぁ!?」
「ギッ!!」
そんなことをしているうちに蟻の接近を許してしまい咄嗟に攻撃を回避、しかしその威力と風圧で俺も刺した刀も左右に吹っ飛ばされてしまった。つまり、刀から離れたことになる。
「やっば!急いで拾わねぇと――!」
「ギギッーー!!」
虫の知らせを会得しても流石に刀が無ければ勝てない、急いで回収しようとするもそれを邪魔するべく蟻が襲い掛かってきた。何とかその横を素通りできたと思ったら今度は真上から蜂たちが狙ってくる。
まるで矢が雨のように降りかかってくるも虫の知らせでどこに落ちてくるかは分かる。俺は矢の間を潜り抜け刀を回収した。
「よしOK!やっぱり蜂の方から仕留めた方が良さそうだ!」
虫の知らせのおかげで矢は避けられるがまだ完璧ではない、さっきだって体に刺さらなかっただけで数本の矢が鎧に命中してガンガン鳴っていた。いくら躱せるとはいえやっぱり蜂は後回しにできない。
俺は鎧の前翅部分を広げ翅を出し、そのまま空を飛んで蜂に迫っていく。当然向こうも矢で俺を撃ち落とそうとしてくるも、それも難なく躱した。
「――ギッ!」
「逃がすかッ!!」
矢も恐れず一向に止まらない俺に恐れをなしたのか、距離を取るため空を飛んで逃げようとしている。当然逃がすつもりも無い、その後を追う。矢が風と同じように飛び交い2匹と1人が空を舞う、そんな目まぐるしい空中戦が繰り広げられていった。
しかし空中戦は流石に向こうの方が手慣れており、それに比べまだ飛び慣れていない俺は上手く動けず数本の矢を体に受けてしまう。
「ぐっ……早いところ倒さないと!」
虫の知らせにも限界はある、矢が避けられなくなる前にこいつらを倒さないといけないだろう。
俺は追いつくために更に加速し蜂の尻を追う。自分が速くなれば矢を避けるのも難しくなる、それを見透かしているのか蜂たちは逃げるよりも俺を撃ち抜くことに力を注いでいた。
(虫の知らせ――フルパワー!)
それに対し同じように俺も虫の知らせに全神経を集中させ、飛んでくる全ての矢を避けていく。それでも頬を掠めたり鎧に刺さったりなど完璧な回避ではなかったが、決してスピードを緩めない。
そして遂に2匹の蜂に追いついたのであった。
「――でやぁあああ!!!!」
その間を通ると同時に刀を振りその翅を全て斬り落とす。当然蜂たちは空を飛べなくなり真っ逆さまに落ちていく。しかし落ちながらも俺を弓で狙ってきた。敵ながら凄い執念だ。
俺も翅で急降下しまずは1匹の首を斬り飛ばす。そして残ったもう1匹には刀をその顔に突き刺しそのまま地面に叩きつけた。
「どりゃああああああああ!!!!」
「ギ……ガッ……!?」
刃が後頭部を貫き地面にも穴をあける。脳天に刀を突き刺された蜂の弓兵が緑の血を吐血して俺の頬に飛び散る。頭を刺してもしばらく動き続けたがやがて力尽きた。
この間戦った奴ではないにしろ、これでようやくリベンジが達成。鍛えられた虫の知らせで矢の軌道も予測でき何とか倒すことができた。
「よし!蜂の奴を倒せ――たぁ!?」
しかし勝利の余韻に浸かる暇も無く次の瞬間腹部に激痛が走る。見れば今の蜂のように俺の体が後ろから太い槍で貫かれており、後ろにはいつの間にか接近を許していた蟻の姿が。
「ガハッ……しまっ、た……油断し――」
「ギッーーー!!!!」
奴が槍を抜くとでかでかと開いたその傷穴から大量の血が溢れ口からも鮮血が漏れ出す。そして蟻に殴り飛ばされ地面を転がった。蜂を倒した達成感でつい虫の知らせを緩めてしまい結果こんな致命傷を負わされてしまう。油断大敵もいいところだ、本当に俺の馬鹿……!
「ゲホッ!ブハッ……畜生やりやがったな……!」
何とか立ち上がろうとするも意識が朦朧としだし少しでも動けば体の穴から血が流れる。殴打の衝撃によって更に傷が広がり最早両手で塞ぐことはできなかった。かといってこのまま放っておけば死ぬ。
下手に動けば更に出血量が酷くなるだろう、だけど俺は刀を杖代わりにし無理やり起き上がった。
「ガハッ……ふざっけんな!お前みたいな奴に負けられるか……!お前みたいな奴に……殺されていい命なんか無い!」
今ここで俺が負ければこいつは他の所に人間を探しに行くだろう、そうなった場合師匠が動くとは思うが、あの人が駆けつけるまでの間に犠牲になる人もいるかもしれない。
襲われるのはこの間助けたような少年少女か?それともOLか?不良か?もしかしたら、伊音ちゃんかもしれない。そう考えるとジッとなんかしてられなかった。
「これ以上好きにさせるか……来やがれ蟻んこぉ!!」
そんな俺の言葉を理解できたのか、鎧蟲は一気に怒りの表情となりこちらに向かってきた。もう虫の知らせで避ける体力も余裕も無い、つまり次の一撃で倒す他なかった。
――そう言えば、初めて共食いして強化された蟻を倒した時の一太刀は凄い威力だったな、あれをもう一度やれば勝てるかもしれない……!
(どんなに血を流していようが決して刀を握る手は緩めない……それが俺の必殺技だ!)
腰を低くして姿勢を正し、後ろに引くように刀を振りかぶる。口いっぱいに広がる血の味、ジンジンとくる傷の痛み、あらゆる不快感に打ち勝ち全神経を刀を握る手に集中させる。
必殺技というが、実はもうその名前は考えていた。男性ならば子供の時に自分の技の名前を布団の中で考えたはずだ、それと同じように俺もずっと考えていた。
技名とはいえば、師匠はそれを言う前に自分の鎧の甲虫の名前を叫んでいた。この際だ、それも真似させてもらおう!
「グラントシロカブト……!!」
「ギギギィイイイイイイイイ!!!!!!」
やがて蟻がすぐそこまで迫り槍を力強く振り落としてくる。最早痛みも苦しみも感じない、目の前のことと刀にだけ集中しそれを迎え撃った。
――刀が走った瞬間、同じように白い斬撃が大気中を駆け走る。それは、蟻の腰部分に命中した。
「白……断ちィ!!!」
瞬間、蟻は俺の横を素通りする……胴体と下半身が別れた状態で。崩れるように奴の体が地面に落ち、残ったのは白く輝き続ける俺の刀のみ。
これが俺の必殺技「白断ち」だ。師匠の技のような巧みさやオリジナリティはない、ただ単純な渾身の一太刀。それでも威力はご覧の通り、瀕死の状態でも見事蟻を切り裂いてみせた。
緑色の血が足元にまで広がり池のようになる。潔癖症が見れば発狂しそうな光景だが、俺はその池の中に身を任せそのまま倒れてしまった。
「早く……回復しないと……」
後から来た疲労感と痛みに襲われもう立つのも難しい、急いでこいつらの遺体を吸収して傷を治す必要があった。
しかし何故だろう、苦しいはずなのに今までにないくらいの達成感があった。師匠の手は借りていない、正真正銘俺の力だけで倒せた。そのことが何よりうれしくて、鎧蟲の血の池に浸かる中、俺は笑顔になるのを止められなかった。




