154話
「――はぁあッ!!!」
両手でしっかりと握られた太刀で斬りかかる英。しかし金涙は二刀を交差させてそれを受け止める。そして銀色の刀身を振り払い間髪入れずに反撃へ入る。
オウゴンオニクワガタの剣が捉える銀の鎧は刃が当たろうと決して斬れない。傷一つ付けられることなく英を守った。
(やはり硬い——簡単には斬れないか)
新しい鎧の硬さは先ほどの嵬姿たちとの攻防で理解していたが、実際に斬りつけることでどれほどのものか再実感させられる。
嵬姿の崩山をも軽々と受け止める最強の防御力、剣撃は勿論打撃など殆どの攻撃を防ぐことができる。それを突破する方法が無ければ金涙に勝機は無い。
銀色の太刀を躱しながらもその思考を加速させ、今のところ絶対的な防御を誇るあの鎧をどう斬るか模索していく。
最初に試したのは力を一点に集中させること、姿勢を低くし飛びかかるように刺突を繰り出す。狙うは顔面、そこなら硬い装甲も無い。
(オウゴンオニクワガタ——畝の穿ち角!)
綱のように上に頭を向けて突き出す二本の刃、そのまま英の顔に風穴を開けようと迫るもすぐに左腕で塞がれてしまう。勿論受け止めた腕の装甲に穴など開いていない。
(——瘤嬲りの狂乱!)
次に踊るようにその間合いは侵入し流れる勢いで斬り続ける。軌道も予測しづらく普通ならあっという間に戦闘不能まで追い込まれてしまうが、英はその中でほぼ何もせず金涙の一撃を受け止めていた。
振る度に弾かれる金涙の刃、これ以上続けても結果は変わらないだろう。無我夢中で届かぬ刃を振り回す金涙を憐れに想いながら、英は太刀に手を伸ばす。
――しかし柄を握ろうとした右手が、パシッと逸れた。
「――!」
「黄金百鬼夜行――せいはぁ!!」
偶然当たったのだろうか、再び掴もうとしても同じように邪魔されたところで金涙の目論見に気づく。
――反撃させないつもりだ。金涙の実力ならヘラクレスの素早い動作を止めることも不可能ではない。
そこから金涙はノーダメージではあるものの豆鉄砲のように細かく全身を攻撃し続ける。その反動で思うように動けなく徐々に押されていく。リッキーブルーの絶対的な強さ、しかし簡単にその対策が生まれた。
(あの硬さと動作の速さは複合したヘラクレスの力、つまり少なくとも甲虫武者二人分の基礎代謝のはず。あの強度でグラントシロカブト時と同じ消費量とは思えない。
――いくら効かないだろうと受け続ければいずれ限界が来る!)
リッキーブルーの力はそう長く続くものではない、それが金涙の考えであった。それが果たして合っているのかどうか分からないが、どちらにしろ金涙の猛攻に英は手が出させなかった。
「それが……どうした!」
それでも足が動かせる。刀を抜くのを諦め代わりに両手で刀を受け止めていき、荒れ狂う剣撃の嵐の中を無理やり突き進む。何物も受け付けない最強の防御力があるからこそできることだ。
徐々に迫る英、刀を握らせてくれないのなら無理にでも殴ってやろうとするも、取り囲むような斬撃が一瞬の内にそれを止めた。
「根絶の貪り――おっと危ない」
全方向からの斬撃、もとい牙が英の体を抑えている間に金涙は少し後ろへ引き下がる。勿論その技でもリッキーブルーの鎧に穴を開けることはできなかったが、少しだけ動きを止めることに成功する。その隙を金涙は見逃さなかった。
「――ハッ!」
金涙の二刀流による交差した斬撃が放たれる。対し英は今度こそ刀を抜き、正面から迫る斬撃を居合切りで打ち消した。そしてそれと同時に、今度は英が斬撃を斬り飛ばす。
「返すぞ!」
三日月のように伸びた縦の斬撃が金涙への目前へと向かう。金涙は横へ転んで躱し、その回避動作中に再び「根絶の貪り」の斬撃を差し向けた。
「――銀世界!」
しかしそれも回転切りに全て弾かれ、無数の牙が散っていく。そして地面を蹴り金涙の懐へと即座に移動した。
その間一秒にも満たず、気づく前に金涙は英の間合いに入っていた。
「どうした、反撃の隙を与えないんじゃないのか?」
「――ッ!!」
金涙の目論見に気づいていた英は、今度は自分が金涙に避ける暇も与えないようにする。そしてその通りに、後ろへと下がる金涙へ一太刀浴びせた。
金色の鎧姿に炸裂する袈裟斬り、その隙間を通し傷口から鮮血が溢れ出る。金涙が鴻大以外の者に斬られたのはこれが初めてだ。
「うぐ……!」
「――ッドクター!!」
慕っている金涙の痛手に、離れた場所にいたアミメが悲痛な叫びを上げながら助けようとその場に向かう。
しかしその行く手を先ほどまで戦っていた黒金が阻む。
「――行かせるか!」
英の邪魔はさせない、黒金たちのそんな必死の思いによる抵抗で金涙との勝負は守られる。苦戦はしているが何とか嵬姿たちを抑えられていた。
「ッ――嵬姿! 崩山でまとめて斬りなさい! こいつらなら受け止められないはずよ!」
「よっしゃ任せろ! ――邪魔なんだよお前らァ!!」
焦るアミメは一向に立ちふさがる黒金たちを鬱陶しく思い嵬姿に一掃することを命じる。一刻も早く英の元へ向かいたい嵬姿は大人しく従い、再び崩山を放つ構えへと入る。
「やばい! 止めないと――のわっ!?」
確かにアミメの言う通り英のように受け止めることはできないが、それでも放たれる直前に攻撃して中断させることは可能だ。
嵬姿と渡り合う体格を持つ豪牙が殴りかかるも、突然足が動かくなる。見れば琥珀のようなものが足を固定していた。
「ニジイロクワガタ、琥珀絡め。大人しく斬られてもらうぞ」
「……彩辻!」
彩辻の命中物を固める特殊な斬撃、「琥珀絡め」が豪牙と黒金の動きを止めた。これでは崩山を止めるどころか躱すこともできない。今もこうして足止めを食らっている崩山は放たれそうだ。
しかしそれを受けたのは二人、残りの一人はその素早い動きで斬撃を躱し目を放した隙に嵬姿の懐へ潜り込んでいた。
(コクワガタ――刹那の鎌鼬!)
忍はその懐にも居座り続けず、すぐにその横を通過する。その間忍の姿を視認できた者はおらずただ嵬姿の真横を黒い風が吹いたようにしか見えなかった。
しかしその効果はしっかりと影響を及ぼす。崩山を放とうとしていた嵬姿の両腕に深い切り傷が走り、技の中断をやむを得ない状態となる。
「ぐおッ……!?」
「――あの人の邪魔はさせない!」
嵬姿を止めようとする豪牙を彩辻が止め、その攻撃を忍が躱して嵬姿を襲う。この一連は数秒にも満たず僅かな時間の間に行われた。それ程までに黒金たちと混蟲武人衆の戦いは激しさを極めている。
しかしほぼ互角の勝負になっているからこそ、金涙は嵬姿たちの手助けを受けられずこうして英に一矢報われた。夥しい量の血を流す中、それでも金涙は表情を崩さない。
「想像以上に厄介ですね……攻撃こそ最大の防御とは言いますが、貴方の防御は攻撃のチャンスを無数に作る。隙が無いと言っても過言ではありません」
その傷も甲虫武者の再生力で治っていき、すぐに表情だけではなく平常な調子を取り戻す。それでもあの傷を治して疲労していないわけがない、恐らく多くのエネルギーを消費していると英は睨んでいた。
「――いいでしょう。その素晴らしい鎧を見せてくれたお礼に、私のオウゴンオニクワガタの力……その本髄を見せてあげます」
次の瞬間、金涙の持つ二刀に異変が起き始める。
今まで真っ直ぐ伸びていた刀身は蛇のように歪んでいき、形を見る見るうちに変えていく。金涙が柄への握力を強める度に形が変わっていき、奴自身が操作していることは明白だった。
やがて刃の部分は無数の凹凸が飛び出し、まるで牙のように連なる。変形を遂げた黄金の刀は、より禍々しく存在感を放ち始めた。
今まで余裕を残し金涙を圧倒していた英も、見たこともない現象に息を呑む。それに加え虫の知らせも騒ぐ。
「オウゴンオニクワガタ――夜叉断ノ姿、これを対人戦で使うのは嵬姿以外で貴方が初めてかもしれません」
形態変化とも言えるだろうか、英の刀が太刀に変わったように金涙もまた武器を変える。ノコギリのように刃を並べた二刀の刃先を、鋭い視線と共に英へ突きつける。
(刀の形状を変えられるのか……!)
敵味方関係無く多くの甲虫武者を見てきたが、こうして形を変える武者は初めて見た。あんなのに斬られたら一つ一つの突起がこちらの肉を抉り、激しい痛みが襲うだろう。近づくことさえ恐れてしまう。
「自分で言うのもなんですが、器用なものでね。長年戦っているとこんなこともできるようになりました――ハァッ!!」
自分語りと共に何気なく放たれる斬撃、その一撃は英に回避行動を取らせる。寧ろ虫の知らせが彼の体を勝手に動かし、膝を曲げることでその斬撃を頭上へ通過させた。
「ッ――!?」
それでも兜の先端が巻き込まれ、角がバッサリと斬られてしまう。リッキーブルーの鎧が真っ向から斬られた瞬間だった。
その斬撃は兜を斬るだけに収まらず、どこまでも果てへ飛んでいく。
柱の主塔を斬り、軌道上にいた黒金たちと仲間である嵬姿たちを威力で吹き飛ばし、それでもまだ飛び続ける。
やや上方向へと向いていた斬撃は空へ伸び、雲すらも真っ二つに斬り分けた。その切れ味、射程には言葉も出ない。
(コーカサスの崩山……いや、それ以上か? この男こんなパワー型だったのか!)
まさかここまで強力な技を放てる甲虫武者が嵬姿以外にいたことが驚きでしかならない。このままリッキーブルーとなった英が圧勝するかと思いきや、金涙が真の実力を見せる。
「さて、続きを始めましょうか。雄白英さん」




