138話
始まる千代女対甲虫武者、彼女を倒せば小峰を閉じ込める巣界は消える。自分の生徒を助ける為にも、豪牙が先手を打つ。
大槌を振りかぶり一歩前と同時に叩きつけるも巣界の壁に遮られてしまう。それは何枚にも重ねられた光の層だった。
(十枚重――木葉層!)
「ッ……またそのバリアーか!」
大槌の頭を打ち付けられてもビクともしない千代女の木葉層、十枚にも重ねられたそれは彼女の前方を完全に守っていた。
「またぶっ壊してやる! その壁!」
それでもめげずに殴り続ける豪牙、大槌の向きを変え光の層の隙を突こうとするも完全に守られてしまう。
豪牙の壊す宣言とは裏腹に、亀裂すら入らない木葉層。確かにその攻撃で千代女を押してはいるが一向に彼女へ当たることは無かった。
「無駄だ。そんな考え無しの突撃で私の防御が突破できると思うか」
「考え無しかどうかは――これから決めやがれ!」
豪牙がニヤリと笑うと、千代女の背後から黒金が飛びかかる。
完全なる死角からの不意打ち、その二つの黒刀が彼女へ振り下ろされた。
「――木葉層ォ!!」
しかしそれも、彼女の振り向くと同時に展開された二つ目の壁によって防がれてしまう。黒金の二刀流は空中で受け止められた。
(オオクワの切れ味でも駄目か! ――なら!)
自身の刃を防がれた黒金は、まだまだ攻め込もうと目線で合図を送る。その先にいるはずの英は、それを受け取る前に行動を移していた。
「グラントシロカブト――白峰突きィ!!」
双方からの攻撃を受け止める千代女、その間を縫うように英の突きが炸裂する。
その白く煌めく刃先が彼女の体を貫く――かに思われたが、今度は三枚目の木葉層によってそれを防がれた。
「ッ――まだ防ぐのかよ!」
「当然、我こそは信玄様の盾! あの方をお守りするこの盾に――隙など無い!」
三つの木葉層に守られた千代女、自分の守りの堅さを口にし英たちの間を跳んで脱出する。その言葉に偽りは無く、三人による同時攻撃もことごとく対応されてしまう。
(蟲術、百花繚乱――桜吹雪!!)
そして木葉層で手裏剣を形成し、それらを一斉に真下へ投げつける。桃色に輝く数多の刃が、回転しながら三人に降り注いだ。
サイズは人間の一回り程、地面に深く突き刺し如何に強烈な一撃かを物語る。まるで弾幕のように密集し放たれる手裏剣を英たちは虫の知らせで躱し続けた。
(こいつ……前より強くなっている! 攻撃も防御も……!)
千代女の桜吹雪を躱しながら豪牙はその強さを再実感する。前回戦った時と比べ全てが進化している、踏ん張れば壊せたはずの木葉層もあの日以上に硬くなっていた。
一体何故か? ――そこに気づくことが勝利へのカギだろう。
「そっちが桜吹雪なら――俺は猛吹雪だ!」
降り注ぐ手裏剣の雨に英は臆せず大量の斬撃でそれを迎え撃つ。桃色の刃に対し白い斬撃、天と地を挟む空中でそれらがぶつかり合い金属音を成り散らす。
しかし大きさに差があるせいか、英の猛吹雪は競り負け精々その軌道を変えるのが精一杯だった。
「ならばこれでどうだ――空裂水晶、重ね!」
「成る程! ――猛吹雪ッ!!」
そしてその横に黒金が並び、英と連携して同じく黒い斬撃を斬り放ち始める。
それは、信繁を倒したあの技である。
「「重技!! 白塵の黒水晶ッ!!!」」
黒と白が織り交ざる無数の斬撃、数も威力も増え次第に千代女の桜吹雪を押し始めた。桃と白に加え黒、夕日が沈む中 色とりどりの攻撃が幾度も衝突する。
やがて二人の斬撃が千代女の目前にまで迫っていた。
「信繁の真似事か――だがその程度で私の木葉層が破れると思うな!」
やがて千代女は桜吹雪を繰り出すのを中止し、白塵の黒水晶が到達する前に眼前を再び木葉層でガード、防御態勢に入る。
その瞬間、地面に刺さり残っていた手裏剣が、スッと消える。
(――ん?)
それを見逃さなかった黒金、その現象にふと違和感を覚える。
一方千代女は二人の斬撃を新たなバリアーで見事防ぐ。今までのものと比べより頑丈そうに佇むその木葉層は、難攻不落の城のようにも思えてしまう。
「二十枚重……流石にこれ程重ねなければ危なかったな」
「チクショー硬すぎだろあれ! 俺じゃあるまいし!」
敵の硬さに愚痴を零す英、どうにかしてあの木葉層を突破しなければ一向に小峰を助けられない。
しかしそれを打破してみせると、彼女の背後に巨大な体格が落ちる。
「今度こそ叩き壊す! ――震怒獣王ッ!!」
「ッ――!」
豪牙が落下と同時に大槌を振り下ろし――まるで落石のように迫った。咄嗟に気づいた千代女は初めて表情を崩し――鬼気迫る顔でそれを躱す。
惜しくも、後数秒早ければ当たっていたところであった。
「チッ……惜しかった!」
「ああ全くだ――冷やりとしたぞ!」
そして反撃と言わんばかりにいつの間にか持っていたクナイで豪牙を斬り裂く。分厚い筋肉によって致命傷は免れたが、それでも深い傷を負い着地するも膝を付いてしまう。
「象さん! 大丈夫か!?」
「ああ何とか……それにしても情けない話だぜ、俺ら三人でもあのバリアーを壊せないなんて。
早く小峰を助けないといかんのに……」
「……正面から挑んでは勝てない、か」
再び三人が集結し共にあのくノ一武将を倒す方法を考える。こうしている間にも小峰は嬲られている、一刻も早く巣界から彼を救い出さなければならない。
「粘るぞ、もう少しで攻略法が分かりそうだ」
どうしたものかと右往左往としていると、黒金が先導するように前へ出る。どうやら何かしらの策を思いつきかけているようで、それを確定したものにするためにもまだ戦えという。
無論言われるまでもなく、黒金の観察眼を信頼している英と豪牙は同じようにその横へ並んだ。
「それに懸けるぜ! 流石黒金、頼りになる奴!」
「そりゃ……お前らと比べたらな!」
減らず口も交えながらではあるが信頼するもの同士の掛け声で結束を固めていく英たち。例え壊せない盾でもあっても、彼らは打倒鎧蟲と息を合わせる。
そしてその側で、たった一人で戦う武者がいた。
「来たな白武者共……早く奴らを殺してやりたいぜ」
千代女の巣界の中で外の景色を眺める半蔵、腰に手を当て体をリラックスしている様は既に勝利した後にしか見えない。
しかしまだ決着はついておらず、小峰の息はまだある。しかしその勝敗は一目瞭然と言うしかなかった。
「ガハッ……!」
最早立つこともままならなく項垂れるように巣界の壁を背に座り込んでいる。そこを中心に血だまりが広がり、最早何故生きているのかも分からない程の重傷だった。
殴り痕、切り傷、至る所に痛々しい傷も付けられている。甲虫武者なら再生能力もあるが、目覚めたばかりなので糖分摂取によるエネルギーの蓄えも無い。傷は治らないままだった。それでもこうして生きていることが人間離れした証拠だろう。
「本命も来たわけだし、そろそろお前を甚振るのも止めだ」
そう言って半蔵は爪を翳し小峰に歩み寄る。逃げることもできないので奴が近づくの見ることしかできなかった。
一方半蔵とは言うと今までの一方的な戦いに満足したのか、光悦の笑みで爪先を尖らせている。そして最後にトドメを刺そうと小峰の目前まで迫った。
「拷問の良い鍛錬にはなったさ、それでも弱すぎて些か物足りない気もするがな」
最後まで小馬鹿にした態度で小峰を見下し、嬲りつけたことにスッキリしているその様には品性が無い。正直言ってとても腹が立つ。
――何故こんな奴に甚振られなければいけない?どうしてこんな下卑た性格の奴が、これ程強いのだろうか。
この世界の理不尽に苛立ってきた。こんな奴が強いから、苦しまなきゃいけない人たちがいる。
「言い残すことはあるか?辞世の句ぐらいは読ませてやろう」
「……聞きたいことが一つある」
沈黙を続けていた小峰の口がゆっくりと開く。今までの温厚だった彼とは思えない程冷たい声、しかし半蔵はそんなことを知るはずもなく何の違和感も無かった。
「お前……僕の事を覚えているか?」
「は? 何を言っている。俺とお前に今まで顔を合わせたことなどない。気でも狂ったか?」
「……お前らが学校を襲ってきた時に会っただろ」
「ガッコウ……あの寺子屋のことか」
小峰が初めて目撃した鎧蟲、それは他でもない半蔵である。上杉御庭番衆が此度と同じように甲虫武者を誘い込む為、森ノ隅学校を自分たちの領域にし迎え撃つ作戦を決行した。
その際半蔵は当時まだ生きていた工藤と彼に苛められた小峰と伊音の前に姿を現した。向こうはそんなことなど覚えていないらしいが、小峰の記憶にはすっかりとトラウマとして刻まれている。
「あの時お前らは……沢山の蜘蛛と一緒に俺たちの学校を襲った。あいつらから必死に逃げて、ここで死ぬんだとも思ったよ。
僕はあの時学校にいた内の一人だ!」
そこで小峰は初めて顔を上げ半蔵を睨みつける。工藤たちに苛められた時も怒らず反抗もしなかった彼が、ここにきて明確な怒りを露にする。それは普段彼を知っている者からすれば意外でしかなかった。
あの場には伊音もいた――自分が好きな人を危険な目に遭わせたのが、何よりも許せなかった。
「……殺そうとした神童さんや工藤たちの顔を、覚えているかと聞いているんだ!」
「成る程、あの時いた雄の毛無猿か……」
顎に手を添え考える素振りをする半蔵。一瞬覚えているのかという可能性が感じられたが、それは零れるように始まり一気に音量を増やす爆笑と共に掻き消されてしまう。
「――覚えているわけがないだろう!毛無猿の顔など見分けが付くものか!猿は猿、所詮お前たちは我らに狩られるだけの存在よ!」
笑い声と共に繰り出される最大の侮辱、こちらは顔を忘れたくても忘れられないというのに半蔵は己の無知を手拍子と共に笑っている。
「寧ろ感謝してほしいものだ。あの時殺していなければお前は武者の力に覚醒することもなかった。
――最も、こうして目覚めてただ雑魚だがな!」
やがて半蔵の笑いは巣界の外にまで響き、戦っていた英たちと千代女の動きまで止める。腹を抱えて笑うその様は子供のようにも見えるが、悪寒がする程の嫌悪感が滲み出ている。
そして小峰は半蔵の笑い声を聞きながら再び俯き、自分の目元を隠す。そこでようやく笑い終えた。
「つまらない小童だと思っていたが、最後の最後で笑わせにきたか!
いいだろう、その生き様に応えて――派手に首を斬り落としてやるッ!!」
躊躇なく小峰の首に迫る鬼咆爪、真っ赤に染まった爪先が肉を断ち、同じく赤い色の血飛沫を上げる――かに思われた。
しかし半蔵の爪は、その直前で小峰の小刀によって防がれる。
(ッ!? まだ動けたか!)
「――僕もお前が覚えているなんて思ってなかった。ただ僕には、覚悟と使命感が足りてなかったんだと思う」
そして細い腕ながら爪を弾き半蔵を突き放す。突然の気迫の変化に半蔵は思わず後ずさってしまう。
それに伴い、小峰も傷だらけの体をゆっくりと起こす。一つ一つの動きが鈍く弱々しいその姿を見て、最早戦えるとは思えないだろう――が、
「お前みたいな奴を野放しにして良いはずがない!」
足りていないのは覚悟と使命感、覚悟というのは何度も繰り返した鎧蟲と戦う勇気、人ならざる者として刃を振る決断、それはもう済んでいると過程してもいいだろう。
ならば使命感というのは何だろうか?自分がこの武将を倒さなければ更に犠牲者が増えるかもしれない、決めた覚悟が揺らいだ先にある犠牲……それは何としても無くさなければいけない。
「お前は絶対に……僕が倒す!」
そして刹那――小峰の姿が消える。
速さに自身のある半蔵の目前から、霞みのように消えてしまった。
「な――あがッ……!?」
一体どこに行ったのか?急いでその姿を探す――前に激痛が走る。
血飛沫が上がったのは小峰の首ではなく半蔵の胴、交差した切り傷がいつの間にか描かれていた。
「な、んだ……!? 一体何が起きた……!?」
「凄い……今の僕、滅茶苦茶速かった……!」
声がする方向を見れば、いつの間にか小峰が自分の背後にいる。彼が持つ二つの小刀にも自分のものと思われる緑色の鮮血が付着していた。
(あの一瞬で、俺を斬り後ろを取った――!? 馬鹿な……この俺が捉えられない速さだと!?)
小峰忍の鎧、コクワガタはお世辞にも力強いものではない。その小さな刃では深い傷を付けるのも苦労するだろうし、そもそも小峰自身が小さいので単純な力には限界がある。
しかしコクワガタの強みはそこではなく――その速さ。武将半蔵の隙を突けるという破格のスピードである。
小峰自身も己の速さに驚愕する。そして決意と使命感、それに加え確信を持った表情で半蔵と対峙した。
「もうお前の好きにはさせない、この速さで……ぶっ倒してやる!」




