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蠱毒の戦乱  作者: ZUNEZUNE
第十二章:忍武者の先陣
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136話

時は来た、そう言わんばかりに半蔵が堂々とそこへ立つ。

場所は街中、その中でも一際そびえ立つ二つのビルの内片方の屋上に姿を現している。人間に擬態しており、その時点で虫の知らせは反応しない。


そしてもう片方のビルには同じく千代女がおり、二人揃って地上の人間たちを見下ろしていた。時は夕暮れの始まり、帰宅途中している人も多い。

そんな彼らを見て、半蔵が不敵に笑う。


「さぁ……狩りの始まりだ!」


叫ぶと同時に腕を大きく上げる。それが合図となり、彼らの時間が始まった。

その真下、今から起きることなど露知らず活動している人間たち。そこへ上から糸が伸び次々と人々を捕えていった。


「い、いやッ!?」

「なんだよ、これ……!?」

「う、うわぁあ!!」


糸を放出しているのは勿論上杉御庭番の蜘蛛たち、半蔵と千代女がいるビルの壁に張り付きそこから地上を狙っている。

やがて捕まった人たちは器用に振り回され宙を舞った。いつの間にか双方のビルの間には巨大な蜘蛛の巣が作られ、人々は全員そこへと磔にされていく。


「く、蜘蛛の化け物!?」

「たすけ、嫌ぁ……!」


必死に逃げようとするも粘着性の糸が絡まりジタバタとしか動けない。例えその場で解き放たれても、二つのビルの間を落ちるだけだ。

平和だった街は、一気に上杉御庭番衆によって荒らされていく。次々と人が捕まり同様に蜘蛛の巣に捕らわれた。


耳を防ぎたくなるような悲鳴、未知の怪物への恐怖がその音量を底上げしどこまでも響かせていく。その様子を見て半蔵の笑みが更に深まった。


「そうだ、もっと情けなく叫べ。そして()()()()()()()()……!」


普段は人間を食用として狩る鎧蟲たちだったが今は違う。その狙いは甲虫武者、彼らを誘き寄せるためにこうして派手な行動をしていた。


当然ここまで騒ぎとなれば虫の知らせもそれを受け取る。カフェ・センゴクにいる英、鴻大。会社にいる黒金、そして学校の豪牙。多くの甲虫武者がそれに気づいていく。


そして当然一早く駆けつけるのは最も近い者、しかしその四人には当てはまらない。最も近い武者、それは――






「こ、これって……!?」


一方森ノ隅学校から少し離れた道にて、下校途中の小峰忍が驚愕の顔で立ち止まる。持っていた鞄も思わず落とし、プルプルと震えだす。

今自分の体を襲う感覚、いつかの夜に経験したものだ。虫の知らせ、どこかで鎧蟲たちが現れたのだ。


速くなる鼓動、それに伴い加速する虫の知らせ。この間のものとは比べ物にならない程の数だ、それぐらいは分かる。

小峰は唾を呑み、その場から一歩も動かず俯いた。


――僕が行くべきか?僕なんかが、本当に戦えるのか?


浮き上がってくる学校でのトラウマ、大量の蜘蛛が学校を襲い、自分らを食い殺そうと血眼になるあの光景は、今も夢に見る。考えるだけでも体の震えが止まらなかった。


(やっぱり……僕には無理だ!)


この時点で怯えている自分が奴らと戦えるわけがない。頭の中が恐怖で埋め尽くされ、すっかり動けずにいた。こんな状態で行ってもただ殺されるだけだろう。

怖い、怖い、恐ろしくて堪らない。僕はあの人たちのようにはなれない。


『あの人たちはそれを表に出さないだけで、本当は凄く苦しいんじゃないかな』


己への葛藤の言葉に、まるで返答するかのように頭を過る過去の記憶。これは伊音が小峰の問いに答えた時のものだった。

苦しんだり怖いのは彼らも同じ――だが……


『そうだなぁ……確かに怖いな、神童じゃないがあんなデカい虫を前にしたら』


『だけどそれよりも、それでお前たち生徒が何も知らないうちに殺される方がもっと怖い』


この言葉は昼間豪牙が言った言葉だ。自分も怖い……だがそれ以上に怖いものがある。

だったら……()()()()()()()()()()()()()()()


(僕が、一番怖いのは……)


考えた。鎧蟲に襲われ英に助けられた時よりも、甲虫武者に覚醒した晩よりも、豪牙から話を聞いていた時よりも、必死に―己が一番恐れているものを連想していく。


それは、鎧蟲たちに殺される残酷な自分の姿――ではなく、自分が恋する女性の顔だった。


「……僕が怖いのは、僕のせいで神童さんや関係のない人が殺されることだ。いざという時に、()()()()()()()()()()()()()()()()!」


気づいた時には、小峰は走っていた。虫の知らせが導く方向、遠いわけではないので土地勘さえあればすぐに行ける。

近付けば近付くほど、そこから逃げようとする人々とすれ違う。それを見て自分も逃げてしまいたいという衝動に駆られるが、歯を食いしばって前を進んだ。


(――僕が戦うんだ!僕が皆を守るんだ!)


やがて現場に辿り着く小峰、見上げる双方のビルは最早完全に上杉御庭番衆のものになっていた。

その間に形成される蜘蛛の巣、そこには捕らわれた人々と――見覚えのある姿が見える。


「ッ――!」


よりにもよって、自分のトラウマを植え付けた種類の鎧蟲が初戦の相手とは。性懲りも無く浮上する恐怖心を必死に抑え、どんどん速くなる鼓動を無理やり平常にした。


「……スゥ、ハァ」


落ち着くための深呼吸を繰り返し、ようやく整ったところで前方を見据える。冷や汗を掻きながらも右手の包帯を解いてクワガタの痣を晒した。

準備はできた、後は――彼らのように叫ぶだけだ。


「――()()!」


こうやって堂々と変態するのは初めてだが、やはり自分を覆うとする糸には慣れない。びくつきながらも大人しく身を任した。

そうしてできたクワガタの痣は、他の者と比べ小さく弱々しいイメージしかない。しかし着実に新たな甲虫武者がその中で生まれ変わっていく。


やがて蛹が内側から何度も斬られ、細かい斬撃によって崩壊する。

武者としての小峰が、今ここに現れた。


「……よし」


その鎧は、英たちのような全身を守るようには見えない。肩や胸当て、必要最低限の甲冑により守られ、強く猛々しい印象など全く無かった。武器も二つの小刀と乏しく思えてしまう。


しかし腕や首に巻かれている布が風に靡かれる度に、颯爽としたイメージが沸き起こる。少し大きい口当てが隙間を作りながらも彼の口を隠し、小峰の小柄な体形を守っているようにも見える。


まるでサイズの合わない鎧と装束を着ている少年のようだったが、確かに覚悟を決めた一人の男だった。

――小さな小さな甲虫武者、その姿は武者というより、()()()()()だろう。


()()()()()――それがその鎧の名だった。


(上手く飛べるか不安だけど……やるしかない!)


覚醒した日に試しにと甲虫武者となったのが最初、今は二回目だ。当然背に付いている翅を自由自在に扱えるはずもなく、そもそも飛ぶという事自体に慣れていない。


それでも小峰は、沸き起こる本能に従い翅を広げ地面から足を離す。最初はフラフラと碌に一直線へ飛ぶこともできなかったが、次第に上手くなっていき、それなりに速く飛べるようになった。


「おっとっと……取り敢えず、あの人たちを助けないと!」


しかし今は練習する暇も無い、あの蜘蛛の巣に捕らわれた人たちを助けねばならない。低空飛行から更に高所へ行くのは緊張したがそうも言ってられなかった。


覚えたての飛び方でビルへ真っ直ぐ向かい、数十名の人間を確認する。

どう助けたものか?一人一人糸を斬って地上に降ろしては時間がかかるし、それをあの蜘蛛たちが黙って見ているとは思えない。


やはり、最初にあの蜘蛛たちを倒す必要がある。果たして成り立ての自分が勝てるかどうか、不安で仕方ないがやるしかないだろう。

やってやるぞ、と意気込んだその時――()()()()()()()


「痛っ!?」


勢いよく顔をぶつけ、顔を抑えて悶絶する小峰。目を開けば見覚えのある木葉模様の壁が行く手を阻んでいた。

そしてその壁の向こう側で何かの人影がこちらに突っ込んでくる。それは壁ごと蹴り、小峰を地面に叩き落とした。


「あがッ――!?」


勢いよく墜落した小峰は、初めて経験する戦いによる痛みに苦しむ。これが甲虫武者と鎧蟲の戦いか、と再確認しながら自分を落とした敵を見た。


「――悪居(イドコロ)ノ巣界は地形が広いがその分 力を使う。だからこそこの蟲術を使おう……!」


その武将、千代女は森ノ隅学校の襲撃にも参加したが、小峰がその姿を見たことはない。だからこそ初めて見る敵に困惑と警戒しかなかった。


するとその瞬間、先ほどの壁と同じようなものが自分を包み込む。かつて学校を覆った巣界と比べて小さいが、それでも()()()()()()()()()()()程の面積はある。


「これは……!?」


「蟲術、(ムシ)有利(イイ)巣界。それにしても初めて見る武者だ。どうする半蔵よ」


初めて見る蟲術に動揺を隠せない小峰、見る見るうちに巣界が外から遮断され完全に閉じ込められてしまう。

そして千代女は、もう一人の武将に問いかける。その返答がすぐ側から聞こえた。


「これは良い、釣ったのは憎たらしい毒魚ではなく珍魚だったか」


そしてその中にいるのは自分だけではないことに気づいた小峰は、声のした方向に振り返る。そして再び大きく動揺することになる。

その黒光りする体、大半の人間が毛嫌いするゴキブリの顔、彼こそが自分をこの世界に引きずり込んだきっかけと言っても過言ではない。


(こいつは、あの時の……!)


「何だそのみすぼらしい鎧は、我らの真似事か?」


千代女の巣界にて小峰と対峙する武将半蔵。向こうはこちらの顔など覚えてはいないが、小峰のトラウマにはしっかりと刻まれていた。

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