130話
秋も終わりか近づき、それに伴い冬の到来が迫る日頃。近頃はいきなり気温が下がり寒くなる日も珍しくなく、カフェ・センゴクに訪れる客も厚着をしてくる者が大半となってきた。
そんな寒空の下で激しく打ち合う音が聞こえる。店の裏で鴻大が英に稽古をつけていた。店の店長とバイトの関係だけではなく、この二人は師弟でもある。
「それで、信繁はお前と黒金の合体技で倒したんだってな?――ハァ!」
「ッ!はい、土壇場で何とか連携して……カッ!」
英と鴻大は模擬刀として長い棒を使い、それを振り回しながら会話を続けている。本番のように激しいそのぶつかり合いは、傍から見れば口を開く余裕が無いと思ってしまうだろう。しかし両者しっかりと攻防を続け普通に言葉を投げかけていた。
詰め寄る英、鴻大の懐に潜り込み迫撃を叩きこんでいく。鴻大は気圧されながらもしっかりその太刀筋を虫の知らせで読み、決して崩れぬ防御陣を形成していた。
今まさに稽古の真っ最中、その中で繰り広げられる話題は先日倒した信繁のことだ。
「あの信繁って奴が、蟲術と槍を組み合わせていたのを見て思いついたそうです。何でも重技っていうやつで……ってのわ!?」
「そこ!脇が甘い!」
しかしだからといって鍛錬が甘くなるということはなく、僅かに見せた隙を突かれてしまう。一瞬態勢を崩した英だったが、すぐに目にも止まらぬ剣撃を繰り広げた。
信繁の「千鳥槍術」と「幸村式蟲術」が合わさった重技、二つの技術が合わさった技は強烈で甲虫武者たちに強い印象を与えた。だからこそ、自分たちもそうすればいいのだという考えが浮かんだのだろう。
「白塵の黒水晶」、英たちを仲間だと再確認した黒金とその仲間が生み出した連携技は、彼らの戦略を更に深く多様性のあるものにした。
「だから今、象さんと俺も何か考えてます――たりゃあ!!」
「成る程重技か……俺が甲虫武者になったばかりの時は他に武者も少なかったからな。その発想は――なかった!」
鴻大は同じ甲虫武者でありながら英たちと世代が違い、その分武者としての戦い方においてノウハウがあるからこうして英の師匠として務まっている。
そこで両者の棒が衝突した瞬間、鴻大の持つ方が綺麗に折れ吹っ飛んでいく。
「よし、ようやく七本目!」
「お前も大分強くなってきたな、その調子だ!」
そう言って鴻大は折れた棒を投げ捨てる。その先には同じように折られた棒が幾つも転がっていた。
最近この師弟が行っている鍛錬としては、既に基礎的な物から単純な試合形式となっていた。それによって求めるのは鴻大に勝つことではなく、その棒を折ること。今使われている棒が折れるまで同じものを使い続けるといった内容だ。
それも長く行われ、その本数は今のを含めて七本。そして棒を折る頻度が狭くなっている点から、英も着実に実力をつけていた。
「……そろそろ伊音が帰ってくる頃か」
「そうですね、いつも通りあの小峰君と一緒に」
鴻大の娘である鴻大は狙われている身、なので彼女の登下校の際には同級生の小峰が付き添い、いつでもコーカサスたちが襲ってきても連絡できるようにしている。
普通の人間に甲虫武者の魔の手から守るなんてことは無理と思われるが、かつて堕武者たちから命懸けで助けた実績もある。それで小峰忍にはある程度の信頼感が生まれていた。
「ところで英、伊音とあの小峰君……何か聞いてないか?」
「……何かって?」
突拍子も無い鴻大の質問に英は思わず手を止めてしまう。鴻大の表情は先ほどのような鍛錬をつける厳しい一面は見られず、何やらやり切れない、不安のようなものを感じている顔つきだった。
「ほら例えば……付き合ってる、とかさ」
「――付き合ってる!?あの二人が!?」
やがてその意図を理解した英は口を開けて大げさに驚いた。つまり父親として娘の交友関係が気になっているのだ。驚愕する英に対し、鴻大は気恥ずかしそうに頬を掻く。
「うーん……というより、あまりあの子と話したことがないんですよね」
「……まぁそうだな、俺たちが無意識のうちに距離を置いていたかもな」
小峰忍は普通の人間でありながら甲虫武者や鎧蟲のことなど、所謂こちら側の世界について知っている数少ない人物である。勿論鎧蟲やコーカサスたちと戦える力など持っているはずもないので、同じ伊音を守る者としては英たちと比べ頼りないかもしれない。
だからか、甲虫武者たちは小峰とあまり接してこなかった。それは小峰忍という存在を役立たずと思っている訳ではなく、単に必要以上に接する理由が無かったのだ。
「取り敢えず親父の俺がそんなことを聞いてもうざったいだけだ。かといって黒金や象山先生に頼むのもどうかと思うし……お前があいつに聞いてくれないか?オブラートに包んでな」
「俺がですか……分かりました!ちょっと聞いてみますね」
兎にも角にも鴻大の娘に関する杞憂を代わりに英が解決することとなったが、これは鴻大の人選ミスとしか言いようがないだろう。
あの伊音が父に対し反抗期のような態度はしないと思うが、要するにこちらの意図に気づかれないよう小峰との交友関係に関して聞き出せばいい。
そんな難しいことを、英ができるはずがない。
「あ、やっぱり裏だった。ただいま」
「お、おう伊音!帰ったか」
すると噂をすれば何とやら、話題の伊音が帰宅し店の入り口側から顔を出している。彼女が急に現れたことにより、鴻大が分かりやすく動揺してしまう。
「ところで小峰君はどうした?」
「小峰君?私を見送った後帰ったけど……どうしたのお父さん、何か変だよ」
普段落ち着いた雰囲気の鴻大を知っている身としては、所々声の高さを外し慌ただしい今の姿は違和感しかない。そんな父親を見て伊音は疑問と呆れが入り混じった視線を向けて首を傾げた。
「いやなんでもない、俺たちはまだちょっと続けるからそれまで店番頼む」
「……分かった」
そして伊音はやり切れない顔で家の中に入っていき、何とか誤魔化すことができた。冷や汗をどっぷりと流した鴻大は一安心と溜息を吐くが、どう見ても隠しきれていない。少なくとも様子が変なことは悟られている。
「――兎に角頼んだぞ、上手くやれよ!」
「了解です!」
そして今の流れを見ても英は鴻大の頼みを断ろうとしない。所謂娘への心配性が過度過ぎるという、周囲からしたら何にも関係の無い面倒くさいことだが、英はその頭の足りなさと純粋さ故に何にも思っていない。それどころか自分も上手くやらねばと奮起していた。
するとそんな緩んだ雰囲気に水を差すように、二人の虫の知らせが反応した。突然の痛みに、僅かながら顔をしかめる。
「ッ……鎧蟲か!」
「これくらいなら俺一人でも十分です!師匠は伊音ちゃんを!」
鎧蟲との戦闘中に伊音を攫われた、そんな事例があるため彼女は単独にできない。だから英だけがその場に向かっていく。
虫の知らせは鎧蟲の出現だけではなく、近ければ近い程その場所や数、強さが分かる。今回は武将のような手練れが現れたわけではなく、足軽程度が少しの群れを成しているだけ。英だけでも十分対処が可能だった。
「――出陣!我こそは、グラントシロカブト!」
数分も足らず出現場所へと現着、大通りから少し離れた住宅街にて数匹の蟻が逃げ遅れた人たちを襲っていた。
到着すると同時にグラントシロカブトの鎧姿へと変態、一般人を庇いながら蟻と対面する。
「真昼間から現れやがって!」
愚痴を零しながら刀を振るい、次々と鎧蟲たちを切り裂いていく。槍の刺突も当然のように受け止め、まだ戦闘が始まって数秒も経っていないというのにどちらが勝つか一目瞭然だった。
甲虫武者の登場に蟻たちは一瞬慄くも声を上げながら群がり始める。数で挑んでくる鎧蟲に対し、英は近づいてくる者を片っ端から斬り落としていった。殆どが一撃で終わり、次第に蟻は数を減っていく。
四方を囲めば勝機はあると思ったのだろう、一斉に跳びかかり数の暴力で攻めてくる。
「グラントシロカブト――浄竜巻ィ!!」
しかし白い線を引く回転切りによって、蟻たちはほぼ同時に斬られた。緑色の血が円を描き、バタバタと倒れていく。
僅か数分の内に、人間の世界に現れた鎧蟲の殆どはそこから姿を消す。しかし今の回転切りから逃れた一匹が、逃げ遅れた一人に迫っていた。
「ッ――この!」
大分距離があることを見越し英は刀を――投擲、槍投げのように刃を飛ばす。白い刀は見事蟻の頭部に命中し貫通した。
これで最後の鎧蟲は討伐完了、血を吐き出しながら一般人の前で倒れる。
「よし……大丈夫ですか!?」
しっかりとその絶命を確認した上で、今しがた襲われていた者の元へ駆け出す。
小柄の体格は蟻が貪るには丁度いいサイズだろう、だからこそ助けられて良かった。そして近づいたところで、その正体に気づく。
「君は……小峰君」
「あ、ありがとうございます……」
今さっき鴻大と話していたもう一つの話題、小峰忍が深々と英に礼を言った。




