12話
突如として俺たちの前に現れた3匹の鎧蟲、その中の1匹は今までに見たことが無い蜂の姿をしており、弓を構えてこちらに視線を向けている。
黄色と黒の警告色が夕日の空と重なり擬態しているようにも見えたが、その存在感は決して消えない。虫特有の鋏の口、そして何より蜂の恐怖の顔面、全てにおいてこちらを威嚇していた。
顔や色的にスズメバチだろうか?まぁそれ以外に俺が知っている蜂の種類といえばミツバチかクマバチぐらいだし、そもそもこんなに大きいスズメバチは見たことが無い。
他の2匹の蟻に対しこいつは弓、矢を飛ばして攻撃してくるのだろう。警戒してなければならない。それよりも俺の背後には鎧蟲を見たショックで気絶した伊音ちゃんだ、このままだと無防備なところを狙われてしまう。
「彼女に指一本……指?とにかく触れてみろ!バラバラにしてやるからな!」
俺がそう威嚇すると2匹の蟻は甲高い鳴き声を上げながら突撃してきた。2本の槍を躱しながらその間を潜り抜け、背後から鎧蟲を斬りつける。伊音ちゃんより俺を注目させるためだ。
予想通り蟻は背中を斬られたことで憤慨しその視界から完全に彼女が外れる。蜂はともかくただの蟻2匹なら俺でも倒せるだろう。
「修行の成果を見せてやるよ!……まだ1日目だけどな!」
「キキッ!」
そして更に迫り来た槍を体全体で避けていき1匹の横に回り込み、もう一度体を切り裂く。すると反撃として自分の槍を振り下ろしてきたので刀を横にし防御、そのまま蟻の体を蹴飛ばして距離を取った。
続いてもう1匹の方の突撃を確認、そのまま槍の先端を刀で弾いた後その体を踏み台にし、さっき蹴り飛ばした蟻の方へと跳びかかる。
「せいやぁーー!!」
「ギッ!?」
着地と同時に刀を降ろし、蟻を斜めに切り裂いた。濁った悲鳴がその口から漏れ蟻が大きく態勢を崩すと、踏み台にした方の蟻が後ろから迫ってくる。それを回転斬りで蹴散らした後、左右に分かれている2匹を同じ視界にいれるため後ろに下がった。
「強くなってる……おやつに食ったパンケーキのおかげかやっぱり!」
この間よりも自分の体が強化されていることに気づく俺、その理由は3時に食ったあのパンケーキタワー、あれでかなりの糖分が俺の体に備蓄されその分強くなったのだ。
師匠はあまり糖分強化に頼るなと言っていたが、こんなにも強くなれるなら別にいいじゃないか。少なくともチマチマと修行をやるよりかはマシに思う。
「よーし、このままパパっと倒してやる――ゼッ!?」
このまま勢いに乗って蟻たちを倒そうと走り出すが、その瞬間肩に衝撃が走り後ろの引いてしまう。見れば鎧に何かが当たった痕があり凹んでいる、そして地面に落ちている1本の矢、これを見て誰の仕業かは分かった。
「蜂の鎧蟲……!」
2匹の蟻の向こう側を良く見れば弓を構えている蜂の鎧蟲の姿、奴が俺に向かって矢を放ったのだろう。警戒していたはずなのに蟻に夢中ですっかり忘れていた。
そして問題なのは矢の威力、糖分で強化していたため俺の鎧に穴が開くことはなかったがそれでも深く陥没している。その衝撃も弓というよりかはまるで銃弾を撃ち込まれたようなものであった。
――あの矢は、数回受ければ貫通してくるだろう。
「キキッ――!!」
「のわッ!?このッ――!」
俺が蜂に注意を払っている間に蟻たちが突撃、俺が必死に蟻の方と斬り合っていると再び鋭い矢を放ち狙撃してくる。蟻に集中すれば蜂の矢を受け、かといって蜂に集中していれば蟻に襲われる、近接と遠距離の魔の手が同時に襲い掛かってた。
「まずは――お前からだッ!」
このままだとジリジリと追い詰められて負けてしまう、それを危惧した俺は蟻の間を潜り抜けて無視し、そのまま蜂の下へと走っていく。蜂を仕留め蟻だけに集中するためだ。
接近を狙えば当然向こうもそれを阻止するために矢を幾つか放ってくるも、弓兵さえ見えていれば甲虫武者の身体能力で十分躱せた。そして蜂は俺の接近を許してしまう。
すぐに刀でその頭を斬り落とそうするも蜂は背中の翅で空へと避難、高所から矢を発射してきた。さっきも言った通り見えてさえいればその軌道は読める、刀で飛んで来た矢を弾いていく。
「おっと、空を飛べるのはお前だけじゃ――って!」
「ギッーー!!」
このままだと空から一方的な戦いが始まる。なので俺も自分の翅で空を飛び追撃しようとするも、放っておいた蟻に襲われ邪魔された。
再び蟻とのバトルが開始され、蜂は頭上から弓で狙ってくる。何本も弓が俺の鎧に命中し、射抜かれた衝撃で態勢を崩している間に蟻にも突かれ、いつしか俺は傷だらけの状態になっていた。
(ああもう!蜂の弓兵がうざすぎる!)
本来なら蟻2匹相手にここまで手こずるはずはない、しかし蜂の援護が地味に俺の動きを妨害しており牽制となっている。俺のグラントシロカブトの鎧もどんどん削られていき、徐々に疲労感が押し寄せてきた。
「アガッ――!?」
やがて槍も矢もボロボロの鎧を貫通し俺に傷をつけていく。白い鎧が血に染まっていき、体中を痛みが襲う。次第に槍を受け止めるのにも体のバランスを崩してしまいどんどん追い詰められていった。
このままだと力負けして殺される、そうなる前にここは無理にでも数を減らさなければならなかった。
「ぬおおおおおおおおおおおおおッ!!!」
「ギッ――!?」
そこで俺は何も考えずに1匹の蟻の方へ突撃する。槍で刺されようが立ち止まることはせずその懐に入り、両手で強く握った刀を滑り込ませる。
そしてそのまま、鎧蟲の体を2つに断つ――!
「キ……ギギ……」
「しゃあ!まずは1匹!」
その1匹を仕留めるのに結構な痛手を負ってしまったがこれで1対2となる。これで少しはマシになるだろう、上から撃たれる矢を躱しながら退避していった。
残るは蟻と蜂の1匹ずつ、それでも数の有利が向こうにあるが3匹よりかはまだ楽だ。勝機はまだある、そんなことを考えていると蟻が次の行動に入った。
「なッ――共食いするつもりか!」
その蟻の鎧蟲が今さっき斬った奴の死骸に歩み寄っているのを確認し何を企んでいるかを察知、すぐに止めようと思うも蜂の矢にそれを邪魔されてしまう。そしてその死骸を蟻に食われてしまった。
鎧蟲は仲間の死骸を体に取り入れる、つまり共食いで自身を強化することができる。前に2匹分の死骸を食った蟻と戦ったがその強さは通常時と比べ物にならない。
そして同じようにその蟻も巨大化、流石に食べてのは1匹分だけなのでこの間の奴よりかは小さいがそれでも劇的な変化であった。筋肉も膨れ上がりガタイの良い肉体で俺の前に立ちはだかる。
そして敵はこの共食い蟻だけじゃない、まだ弓兵の蜂は健在。さっよりも最悪な展開にことが進んでしまった。
「このッ――ぐあぁ!?」
強化がどうした、暴れる前にすぐに倒そうとするも槍を振るわれそのまま後ろの木へと激突する。さっきの戦いで消耗した俺にとって例え1匹分の共食い鎧蟲でも強敵であり、今のパワーを防ぐ術も無い。
更に今の一撃で更に深手を負ってしまった、血が傷から噴き出し意識も朦朧としてくる。それでも何とか立ち上がろうとするも数本の矢で体を射抜かれてしまった。
「うっぐ……!蜂の奴め……!」
弓兵ぐらい何とかなると思っていたが、死角からの弓矢に対し俺はそれを避ける術を持っていない――いや持っているが、まだそれを使いこなせていなかった。
虫の知らせ、甲虫武者特有の第六感を駆使すれば四方八方からの矢にも対応できただろう。こうなるんだったらもっと真面目に師匠の修行を受けていればよかった。
今はそんな後悔をしている暇は無い、早いところこの傷を治さないと本当に殺されてしまう。だけど俺は回復アイテムになりそうな甘味を今は持ち合わせていない。俺の馬鹿!
そんな時、意外な人物が俺の側に駆け寄ってきた。
「……伊音ちゃん!?」
「大丈夫ですか英さん!これを……!」
「チョコバー……俺のことはいいから逃げろ!」
何といつの間にか目を覚ましていた伊音ちゃんが俺の為に甲虫武者専用のチョコバーを持って駆けつけてくれたのだ。確かにこれを食べれば俺は全回復するだろう、しかし伊音ちゃんが危険に晒されてしまった。
その綺麗な目は涙で濡れており足も震えている。見ただけで気絶するほど鎧蟲が怖いはずなのに、こうして俺にチョコバーを届けてくれたのだ。文さえ見れば間抜けかもしれないが、彼女にとってどれほどの勇気を振り絞っての行動だろうか。
しかしそれで鎧蟲の視線に再び彼女が入ってしまった。その視線は俺から伊音ちゃんへと移り、殺意も隠さず歩み寄ってくる。このままだと彼女諸共無残に殺されてしまう、俺が未熟なせいで……
「伊音ちゃん危ないッ!!」
「キャッ――!?」
ここで彼女を見殺しにしてしまったら恩を仇で返すどころではない。呑気にチョコバーを食べている暇はない、俺は彼女を後ろに押し出して避難させ庇うようにその前に出る。
ここで俺が代わりに死ねば彼女に逃げる時間を与えられる。やがて蟻の槍がすぐそこまで迫ってきた。伊音ちゃんに無理をさせた心ばかりの償いだ、そのまま盾になろうと覚悟を決めたその時――
「――させるかッ!」
「ギッ!?」
突如として金属音が鳴り響く。閉じていた目をゆっくりと開けるとそこには見覚えのある黄色い鎧が映った。長い太刀で刃を受け止め、そのまま共食い蟻を無理やり押し出した。
強化された鎧蟲を簡単に弾き返すこの強さ、黄色に輝くヘラクレスオオカブトの鎧。間違いなくあの人だ。
「師匠!」
「お父さん!帰ってきてたの!?」
「ああ今さっきな、間に合って良かったぜ!」
俺の師匠でもあり伊音ちゃんの父親でもある鴻大さんが、俺と彼女を鎧蟲から守ってくれたのだ。奴らも突然参入してきた甲虫武者に驚きを隠せていない。
「英、こいつを守ってくれてありがとう。後は俺に任せてくれ!」
「い、いえ……俺は別に……」
守ってくれてといくが、逆に俺は彼女に救われた。しかしそれを弁解する暇などなく、伊音ちゃんのチョコバーを受け取りそのまま口で頬張った。
するとどうしたことだろうか、体の数や鎧の亀裂が見る見るうちに塞がっていき、痛みも消えて何事もなかったかのように治った。このチョコバーが回復アイテムであることは本当だったらしい。
取り敢えず戦えるようになったのなら立ち上がろう、師匠は俺に任せろと言ったが向こうには弓兵の蜂がいる。いくらあの人でも単独であのコンビの相手は厳しいだろう。
だがそれは要らぬ心配であった、その攻防を見て俺は思わず息を飲んでしまう。
「すげぇ……飛んでくる矢を見ずに躱している」
鎧蟲たちは俺にしてみせたように蜂が遠くから狙撃、蟻が近接攻撃というコンビネーションで師匠に挑んでいるが、対する師匠は余裕でそれを真正面から受け止めていた。
強化蟻の猛攻に劣勢となる様子も見せず、蜂の矢も一切視界に入れないまま避けたり太刀で弾いている。
あれが虫の知らせの本来の使い方……攻撃が当たる気配が全くしない。まるでこうなることが決めたかられているかのように。
「よくも俺の娘と弟子を虐めてくれたな……生きて帰れると思うなよッ!!」
そしてその気迫はいつもの穏やかで明るい時の彼の面影など残しておらず、まるで鬼神の如く恐ろしい表情で鎧蟲を睨みつける。
そんな師匠と真正面から向かい合っていた共食い蟻はその実力と怒りを本能的に感じ取ったのか、後ろに後ずさり背中を向けて逃げ出す。しかしもう遅い――
「ヘラクレスオオカブト――獅子首落としッ!!!」
「ガッ――!?」
その名の通り、師匠が鞘に納めた太刀を一気に引く抜いたと同時にその首は切断され、緑色の鮮血と共に頭部が地面に転がった。一瞬の出来事であった、光のように速い斬撃が蟻の首へ走り、この通り頭を切断したのだ。
それを見た蜂は一気に畏怖し急いでこの場から逃げようと翅を羽ばたかせさせる。しかし師匠も翅で空を飛びその目前に回り込んだ。
「水蛇滅多斬りィ!!!」
師匠のたった一振りによって蜂の体はバラバラに引き裂かれボトボトと下に降っていく。俺が苦戦していた鎧蟲コンビはあっと言う間に師匠に倒され、奴らの死骸だけが残った。
そしてその死骸も師匠の痣によって吸収されていき、ここで鎧蟲が暴れたという証拠は一切無くなる。
「……やっぱすげぇな、なぁ伊音ちゃん?」
「……」
「伊音ちゃん?」
鎧蟲の恐怖に震えているであろう伊音ちゃんに戦いが終わったことを伝えるも一向に返答が来ない。一体どうしたのかと焦ってその顔を確認すると、彼女はまた気絶しており俺の腕の中で眠っていた。
「多分疲れて寝ちまったんだ、すまんがそいつを運んでくれないか」
「あ、はい!」
そう言って自分の鎧を溶かして元に戻った師匠の顔にはさっきの気迫など一切残っていない。いつも通りの優しそうな顔で俺に伊音ちゃんを任せた。
またこの人に助けられて、それに彼女を危険な目に遭わせてしまった。自分の情けなさが嫌になり、憂鬱な状態で伊音ちゃんを抱えて共にカフェへと帰っていく。




