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蠱毒の戦乱  作者: ZUNEZUNE
第十章:人にもあらず蟲にもあらず
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115話

「うっ……ガハッ!」


目が覚めた途端、押し寄せる吐き気に襲われ血反吐を漏らす鴻大。巨大蟻の槍に殴られた影響で気絶していたのだろう、すぐに体を起こし状況を確認していく。

彼が気を失っていたのは短い時間であったが、それでもその前とは明らかに街の被害が広がっているのは分かる。


勿論その犯人である巨大蟻を見逃すはずもなく、どう抗っても隠し切れない巨体はすぐ横に存在していた。鴻大には気づいていない、寧ろその手で握っている何かに注目し眼中にもなかった。

一体何をしているのか?その手に囚われているのは黒い影、それを口に運んでいく。


「――黒金!」


それが黒金であると気づいた時には、既にビルの屋上から跳躍していた。翅で加速しその手元まで一気に飛び、渾身の力を込めた一太刀を振り下ろす。

放たれた剣撃は蟻の指を切断し、捕まっていた黒金を助け出した。そのまま身柄を確保し急いで離れていく。


ビルの谷間を飛ぶ鴻大、それを巨大蟻が鬼の形相で追い始めた。足を動かすたびに地面が陥没し地震が起きる、圧倒的な大きさを持つ相手に追われるという恐ろしい状況であった。


「大丈夫か!?まだ動けるか?」


「な、何とか……すいません助けてもらって」


鴻大に抱えられた黒金も意識を取り戻し、自分の力で飛び始める。巨大蟻に追われる2人、時折巨大な刃先による刺突が迫るも虫の知らせで躱していく。


「象山先生と合流するぞ!」


「はい!」


取り敢えず今は状況を立て直すのが先決だ、鴻大たちはそのままビルを飛び越え隣の街道に移動する。豪牙はあの槍で突かれここまで吹っ飛ばされている。

その衝撃で建造物にめり込むその巨体の元に駆けつけ、傷の具合を見た。3人の中であの槍の攻撃が一番炸裂した豪牙であったが、意識もあるし体も動けている。


「先生も無事だったようですね」


「うぐ……そちらも同じようで安心しました」


無事というが全員が血を流し鎧の所々に亀裂が走っている、満身創痍というわけでもないが全身傷だらけであった。再生力にも限界がありすぐに治るわけでもないのでこれ以上の痛手は辛くなっていくだろう。


その時、眼前のマンションが破裂するように崩壊する。向こう側の道にいた巨大蟻が鴻大たちを追い無理やりこちらへ突っ込んで来たのだ。多くの人が住んでいただろうその建物は、瓦礫の山と成り果てた。

視界を埋め尽くす体、こちらを見下す頭部、そして塔のように長い槍。地球上最大の生き物として上がるのは鯨だが、地上の生物としての記録はこの鎧蟲によって上書きされる。


「いや、もしかしたら鯨よりもデカいかも。どうやって倒すこんな奴?」


「これ以上被害を拡大させるわけにもいかない、指は切れたが他が硬いな」


「……何か弱点でもあれば」


そうこう話しているうちに、巨大蟻は空中の3人を狙いを槍を突く。別方向に展開し躱した甲虫武者は、なるべくその頭上を取るかのように高く飛び上から巨大蟻の全貌を見渡した。

上から見る程実感できる大きさ、そこから弱点はどこかと黒金が探っていく。


(必ずあるはずだ、どこだ!)


その瞬間、巨大蟻の前足が踏み出され頭上にいる鴻大たちに槍の刺突が炸裂していく。執拗に狙われ虫の知らせでその間を掻い潜る。

真下から生えるように襲い掛かる槍、その怒涛の突きにも怯まず豪牙が先行した。


「片っ端から試すしかねぇな!エレファスゾウカブト、猛牙撃ッ!!!」


そして強烈な一発が巨大蟻の頭部に命中、大槌が肉を叩き凄まじい衝撃で頭を潰そうとする。

流石の巨大蟻も頭部を力強く殴られれば応える、しかし弱点とは言えず未だその巨体が崩れることはない。


そんな豪牙を掴み取ろうと、蟻は手を伸ばし追い掛け回すも全く捕まらない。巨大蟻にとって翅で飛び回る甲虫武者は鬱陶しい以外の何物でもないだろう。

その後も蟻の周囲を飛び交い、隙あらば大槌を打ち込んでいく。


(それにしてもタフな野郎だ、象山の大槌を食らってピンピンしている。あの重量の体を崩すのは難しいな)


全くもって倒れることのない巨大蟻の風貌に、黒金は力で抑えつけるのは不可能だと確信する。確かに甲虫武者とはいえあの大きさの相手を打ち負かすには骨が折れる、体重も数万トンは言っているだろう。

ならばどこを狙うか?こうなれば連携して即死させるしかない。


「よし首だ!首を狙うぞ!」


「「おう!!」」


そう言って黒金の合図の元、3人の甲虫武者は集結した上で急降下し巨大蟻の首元に向かう。狙うはその太い首、それを切断し頭部と胴体を切り離そうとした。

当然それに抵抗しないはずもなく、接近する鴻大たちを槍で迎え撃つ。振り回される刃先を躱しつつ、その懐に潜り込んだ。


(俺と鴻大さんが首を斬り――)


(俺が思いっきりそこを殴る!)


まずは黒金と鴻大の刀コンビが動き出す。黒刀と太刀による同時斬りは蟻の胸を抉ることができた、ならば首にも効くはずだ。


「オオクワガタ、金剛砕きッ!!!」


「ヘラクレスオオカブト、猪牙(ちょき)大断ちッ!!!」


炸裂する2つの刃、完全に切断するまではいかなかったがそれでも蟻の首元を大きく裂くことには成功する。

黒金の「金剛砕き」は凄まじい切れ味を誇る技、そして鴻大の「猪牙大断ち」は自分よりも大きな敵を斬ることを前提とした技だった。


「今だデカブツ!」


「よし!エレファスゾウカブト――!?」


ここまで深く刃が到達すれば後は殴るだけで深くなり首の切断が完了するだろう、最後のトドメとして豪牙が大槌を力強く振りかざす。

しかし巨大蟻はそれが打ち込まれる瞬間、体を器用に翻すことによって回避。そのまま槍で豪牙を地面に打ち落とした。


「アガ――ッ!!」


「象山先生!くっ!」


あと一歩のところで作戦が失敗、豪牙は地面に叩きつけられ撃沈する。なので2人がもう一度首を斬り裂こうとするも、同じ手はもう食らわんと言わんばかりに暴れそれに抵抗した。


そして巨大蟻は体の向きを変え、先ほど自分が叩き落とした豪牙に向かって足を上げる。その挙動で何をするのか分かる、寧ろあの体の大きさと重さを活かす攻撃としてあれ以上のものはないだろう。


「ッ……あいつを踏み潰すつもりか!」


「させるかぁ!!」


あんな巨体に踏まれでもしたらどうなるのかは目に見える。目の色を変えた鴻大が翅で急降下し慌ててその確保に向かった。

しかし間に合わず、巨大蟻の巨木のように太い足が豪牙に落とされる。ズシン、と重く鈍い音が響き静寂を呼ぶ。


こんなデカい怪物に踏まれて無事なわけがない、鎧も肉も圧し潰れ内臓がぐちゃぐちゃになるはずだ。しかしそれによって広がる血は無い、それどころか蟻の足がジリジリと持ち上げられていく。


「――ぬおおおおおおおおおおお、だらぁああああ!!!!」


何とその大きな足裏を大槌で支え、豪牙が姿を現す。まるで獣のような雄叫びと共に全身の筋肉が覚醒し、自分よりも数千倍重いはずの巨大蟻の足を持ち上げていた。


そしてそのまま打ち上げるように大槌を振りその足を振り払う。そうしてできた僅かな時間で足元から脱出、もう踏まれないよう空を飛び距離を置く。


「な、なんて馬鹿力だ……!無茶苦茶にも程があるぞ」


「兎に角潰されてなくて良かった!」


その怪力に黒金と鴻大は驚き、讃え、安堵するしかなかった。

一方足を持ち上げられた巨大蟻は豪牙の後を追うのかと思いきや、そのせいでバランスを崩しすぐそこのビルに倒れ込んでしまう。ガラガラと身を寄せられた建物が崩れていき、益々被害が広がった。


その光景を見た黒金は悟る、巨大形態の蟻の弱点を。


(そうか……()だ!あの大きさ、重量の全てを支える四肢。鎧蟲と言えど蟻は昆虫、だから巨大化してもそれを支える物は6本しかない!そしてその内2本を腕として使うから4本!

つまり奴の数万トンという重さはたったのそれでしか分担できない、あれが奴の生命線なんだ!)


言わばその巨体は諸刃の剣でもあった。確かにそれから発せられるパワーは強烈で人間如きが建てたものなど簡単に壊せる。しかしそれを担うのは僅か4本の足、それは数万トンを支えるにはあまりにも少なすぎる。


故に、その内のどれかが1本でも支え役から外れれば均等に分けられたバランスは狂い、耐えきれなくなって姿勢を崩す。

だからこそ素早く動けない、もし考えも無しに暴れたら自分で転ぶこととなるからだ。


「あー死ぬかと思った……流石にそろそろ限界が来そうだ」


するとそこで豪牙が戻ってくる。確かにその力は素晴らしいものだがそれでもあの巨体に踏まれ全くダメージが無いというのはあるわけがない。エレファスゾウカブトの鎧はもう全身に亀裂が走り、何かの弾みで崩壊してもおかしくはなかった。


「それでどうするんだ?また首を狙うのか?」


「いや……まず足だ、足さえ削れば奴は動けなくなる」


「成る程、確かにあの足は大事そうだな……!」


そして黒金はどこを狙うかだけを歌えるが、2人はそれだけで黒金の意図を理解する。その視線は巨大蟻のそこに集中していき、各々の脳内には足が綺麗に斬り落とされたイメージが再生されていく。

そうこうしているうちに巨大蟻は起き上がり、再び見下ろす3人に向かって槍の刺突を繰り返した。


「まずは俺があいつを引きつける!ヘラクレスオオカブト――!」


怒涛の突きに対し黒金と豪牙は左右に分かれて退避するも、鴻大だけがその間合いの中に残り虫の知らせで槍を躱していく。

そうして刀を握った瞬間、その背後に複数の首を持つ蛇のような怪物の姿が浮かび上がった。


「水蛇――滅多切りッ!!!!」


それがすぐに消えるのと伴い、たったの一振りによって数えきれない程の斬撃による弾幕が展開される。街の上空は、あっと言う間に鴻大の斬撃で埋め尽くされた。


1つ1つの切れ味としてはたかが掠り傷を残すだけだろう、それでもその数の多さに蟻は圧倒され鬱陶しそうに槍で弾いていく。

これは目眩まし、奴の目が大量の斬撃に奪われている間に黒金と豪牙がその足元に潜り込む。


「スゲー斬撃……あれが神童さんの強さか」


「お前が見惚れてどうする!いいから合わせろよ!」


右前足に黒金、左前足には豪牙が対置し柱のように太い足を落とす準備をする。今の蟻に自分の足元を警戒する余裕は無い、これで失敗すればこちらの作戦が気づかれ二度目は狙いにくくなるだろう。


つまり許されるのは成功のみ――2人が息を合わせ、前足を断つ。


「オオクワガタ――金剛砕きッ!!!」


「エレファスゾウカブト――猛牙撃ィ!!!」


そうして炸裂する渾身の技、黒金の刃に右足は切断されると同時に吹き飛び、左足は豪牙の打撃によって抉られどこかへ弾け飛んでいく。


「「よしっ!」」


「ギガッ――!?」


前足を失った為その大きな体を支えることなど当然できず、巨大蟻は何が起こったのか理解できずに体の前部分を地に降ろした。

その瞬間周囲を振動が駆け抜け、たった今斬り落とされた足がどれ程重いものを持ち上げていたのかを物語る。これで蟻は歩くことができなくなった。


「よっしゃとっとと――!」


「寝やがれぇ!!」


最後の追い打ちとして、黒金と豪牙は斜めになった背中を攻撃。その衝撃により上半身は倒れ蟻はうつ伏せの形で地面に叩きつけられた。逆に腹部が上を向き、残った足がバタバタと空気を蹴っている。


すぐに体を起こそうとする巨大蟻、そうやって顔を上げるとそこには1人の甲虫武者――神童鴻大が立っていた。


「ヘラクレスオオカブト――猪牙大断ち」


気づけば力強い一振りが静かに振り下ろされ、巨大蟻の首を捉える。首元は先ほど黒金と鴻大によって斬られたため、その傷もあり簡単に太い首が斬り落とされた。


ドシン、と思い頭部が崩れ落ち倒れている体も糸が切れたように動かなくなる。スケールも激しさも凄まじかった戦いは、静寂な一撃によって終わった。


「フゥ……骨が折れる相手だったな」


肝心のトドメを刺した鴻大は安堵の一息をつき、まるで他人事のようにそう呟く。勝利の余韻に浸かろうとするも、切断面から飛び出る血が頭から被りそれを妨害した。


「鴻大さん、トドメありがとうございました」


「おうお疲れ、そっちも助かった」


「やっと倒せたぜ全く!」


黒金と豪牙もその場に集まり、甲虫武者の鎧を解いて体の傷をゆっくり治す。その再生力も流石に尽きかけてきたが、それを回復する手立てが目の前のドドンと鎮座していた。


「どうするんだこのデカいの、俺たちが食うの?これ俺たちもデカくなったりしない?」


「お前はもう十分にデカい」


体が大きい分始末が悪い、この見上げる程肥大した肉塊をどう吸収したものかと黒金たちが話し合っている途中、鴻大の携帯電話が鳴り始める。どうやらあの戦いで奇跡的に壊れずに済んだようだ。


「……伊音からだ。七魅彩辻という男に襲われたそうだ」


「なっ、あの男に!?」


そのメールの内容に、勝利によって緩くなった空気が再び緊迫したものとなる。彩辻が自分たちのいない間に彼女を襲ったという事実に息を呑む。

しかし父親である鴻大は然程焦っていない、この場で一番心配していたのはその担任教師である豪牙であった。


「それで!?あいつは無事なんですか!?」


もしや攫われたのではないか?そう危惧する黒金と豪牙に、鴻大は携帯電話の画面を見せながら()()()()()()()()()()






そしてそんな光景を、巨大蟻の死骸と共に見下ろす存在がビルの屋上に立っていた。鮮やかな黄緑色の着物に身を包み、両手を袖の中に隠している。顔は整った美男子、黒く艶のある長い髪を束ねていた。


「……白武者は姿を見せず、か」


白武者、つまり英がその場にいないことを落胆するかのようにその場を立ち去ろうとする。

その先には、終張国へ続く蜘蛛の巣が出現していた。

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