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蠱毒の戦乱  作者: ZUNEZUNE
第十章:人にもあらず蟲にもあらず
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114話

「――オラァ!!」


振り下ろされるグラントシロカブトの白刀、しかし虹色に輝く刀身によって防がれ虚しい金属音を鳴らすだけであった。

それでも英は追撃を止めず何度も斬りかかるもその全てが躱され、受け止められていく。刃先が到達することは決して無かった。


「そんなガムシャラの太刀筋で、私が倒せると思っているのか!」


「うるさい!」


全く通用しないことに焦りを覚え、彩辻の挑発にも簡単に乗ってしまい更に動きが単調になっていく。先ほどまで甲虫武者の力を拒んでいた英、まだその嫌悪感は消えてない為少なからずそれが動きに影響を及ぼしていた。


何度振っても虚空を切り裂くだけ、そうしているうちに刀を上に弾かれがら空きとなった懐に二本目の刃を叩きこまれる。


「この――腰抜けがぁ!!!」


「うぐぁ!!」


そのまま間髪入れず、英は彩辻の二刀流に斬り裂かれた。鎧に深い傷は付いていないがその衝撃で追い込まれていく。


(落ち着け!あいつが近づくのを待つんだ!)


この状況を打開するためには冷静でいなければならない。荒ぶる心情を抑え標的が間合いの中に入る時を狙い始める。

そして英は防御に徹し、その意図を悟られないようわざと分かるよう隙を作った。そのまま彩辻が攻め入るため一歩踏み込んだその時、目を見開き瞬時に構えを取る。


「グラントシロカブトォ――浄竜巻ィ!!!」


大地を蹴って身を回しその流れに刃を乗せる、間合いに入ったものを巻き込む回転切りが炸裂し彩辻に迫った。


「――貴様如きの思惑、美しい私が気づかないとでも思ったのか?

花のような私の舞、その目に焼き付けろ!」


しかしその勢いに乗った剣撃は紫色に輝き始めた刀身によって受け止められ、その動きを止められてしまう。

そして彩辻は踊り始めた。妖艶な雰囲気を醸し出す色の刀を筆のように振り、優雅に体を回す。


その姿はまるで花が蕾を開くようであった。そんな美しい動きに見惚れている隙も無く、怒涛の剣撃が全身に叩きこまれていく。


「ニジイロクワガタ――紫電華やぎ」


「がっ……はぁ!?」


鎧を削り、肌を掠り、まるでかまいたちのように襲い掛かる刃。目まぐるしい激痛に英は倒れ、彩辻を前に伏してしまう。甲虫武者として圧倒的な力を持つ七魅彩辻、それに対し単独で挑むというのは些か無謀だろう。

しかし英以外の武者は街で暴れる巨大蟻の相手をしている。助っ人は期待できなかった。


「貴様の回転切りとは比べ物にならない、そこで大人しく寝ててもらおう」


「ッ……英さん!」


その戦いを傍から見ていた伊音、彼女を狙い彩辻がジリジリと歩み寄る。目的は伊音の誘拐、ただの人間が翅を持つ甲虫武者から逃げ延びることは難しく絶望的な状態であった。


「待、て……伊音ちゃんは、お前らなんかに……!!」


すると彩辻を食い止めようと英がボロボロの体で立ち上がり、震える手で柄を握り直す。そして後ろから彩辻に斬りかかる――が。


ドス、首に痛みが走る。背を向けたままの彩辻が後ろに向かって刀を向け、その刃先が英の喉に突き刺さり貫通する。


「あ、がぁ……!?」


「しつこいぞ、醜男」


呆れる声に伴い、喉から抜かれる虹色の刀。それによって穴ができドバドバと血が溢れ出ていく。痛みと出血により英は膝から崩れ、血を抑えるように傷口に手を当てた。


「ふっ……ひゃ、はぁ……おえッ!」


血と共に穴から空気が漏れ、間抜けな音が出る。力も大量の鮮血が吐き出されていき白い鎧が真っ赤に染まっていく。

しかしそれは短い時間の内であった。喉に開いた穴は見る見る内に塞がり、いつしか何事も無かったように元通りとなる。


「ほう、小さかったとはいえ風穴の再生に数秒。口ではああ言っていたが貴様の言う『人間』にどんどんかけ離れているではないか」


「な、何だと……!?」


喉の刺し傷を即座に直したその再生力に、彩辻が一言申す。人間からかけ離れているという言葉に英は過剰に反応した。心臓がドクリと鳴りたちまち汗が流れ出ていく。


「先の戦いで左腕を喪失した際、それがきっかけになったのだろう。貴様の鋼臓が、激戦にも耐えられるよう再生力を高めたのだ。

即ち、()()()()()()()()()()()()ということ」


「そ、そんなの……嘘だ!」


その言葉が受け入れ難く、しかし説得力のあることに焦慮し英は闇雲に刀を振り回す。否定するように、耳の中に入らないように、ただ体を止めることなく攻撃し続けた。しかしその刃が彩辻を捉えることは全く無い。


「だったら今度は――その片目で試してみるか!?」


「ッ――!?」


その瞬間、虹色の刃先が文字通り眼前まで迫る。突然の目潰しに対し英は本能的の虫の知らせを発動、紙一重で頭を後ろに引き、その剣撃の軌道を弾いて逸らした。後もう少し遅ければ今度は右目が串刺しにされていただろう。


「何をそんなに恐れる?この再生力に貴様は幾度も助けられたのだろう?先ほどだって本来なら息絶えるはずの命だった!」


「そうだけど……そんなのは化け物だ!」


「化け物で何が悪い!私が美しいことには変わりない!」


すると彩辻はその全てを否定するかのように自分の力を見せつける。英を華麗な動きで執拗に攻め続け、その身のこなしとスピードで翻弄していく。

くるりと回り背後を取って後ろから斬りかかる。英は咄嗟にそれを振り返ると同時に受け止め突き飛ばした。


「糞ッ!猛吹雪ィ!!!」


距離を置き、大量の斬撃を放って近づけないようにする。しかし彩辻は真正面から走り出し、その間をアクロバティックな動きで掻い潜っていく。その動きは宛らプロの体操選手のようだ。


その際、彩辻の刀はまたもや色を変える。今度は夕日のような橙色であった。


「――琥珀絡め」


そうして同じ色の斬撃が二つ放たれる。これぐらいだったら受け止め切れると思った英は鎧の硬さでそれを受け止めようとした。しかしその斬撃は、思いもよらない効果を発揮することとなる。


(斬撃が……固まった!?)


その斬撃は鎧に弾かれるどころか物すら斬り裂かない、その代わり着弾点が名前の通り琥珀で固められたようになってしまった。蜂蜜のようなものが英の腕を覆う。


腕はまだいいだろう、しかしそれに驚いたことで動きと虫の知らせが遅れ第二陣の琥珀絡めが左足に当てられてしまう。それにより片足と地面が完全にくっ付けられ身動きが取れなくなる。


「しまッ――!」


「――輝黄雷・雷獣ッ!!!」


そして刀は橙色から黄色へ変色、稲妻のような強い光を帯びながら彩辻と共に上から振り下ろされた。高い跳躍から着地と共に炸裂する剣撃、途轍もない威力で英の鎧を砕きその体まで斬り裂いた。


「あがッ……!?」


英はその強烈な一撃に白目を剥き、気絶しかける。そのまま前から倒れるも固められた左足がそれを妨げ、膝を付く形にした。


両肩から入れられた袈裟斬りの刃、重くそして深く突き刺さり尋常じゃない程の血を流していく。英はそんな地面に広がる真っ赤な血を、鎧蟲のような緑色に錯覚した。


「――ッ!!」


この傷にこんな大量の出血などすれば、常人ならば気絶し死に至るのが当然だろう。しかし今も意識がハッキリし徐々に再生をしていく自分の体、それが甲虫武者への拒絶感を再発させる。

激しくなる動悸、狭まる視界――怪我による影響ではない。どうしようもない、決して逃げられない恐怖が押し寄せた。


「そこで大人しくしていろ」


「ハァ……ハァ……!」


その横を通り過ぎる彩辻を他所に、俯き動揺する英。伊音に歩み寄る奴を止めることができない、それは片足が動かないからでもあるがそれ以前にそんな余裕が無い。

ただジッと、血溜りを見つめるしかなかった。


「さぁ神童伊音、共に来てもらおうか」


「……!」


近づいてくる彩辻に伊音は前を見ながら後ろへ引き下がるも、いつしか塀の隅にまで追い詰められ逃げ場が無くなってしまう。ただの人間に甲虫武者から逃げ延びる力は無い、もうここまで来たら捕まるしかなかった。


(やばい伊音ちゃんが!)(俺が助けないと)(俺の馬鹿野郎!)(俺のせいだ)


脳内を駆け巡る嫌悪感の中、彼女を助けなければという使命がポツンと現れていく。このままだと自分が情けないせいで彼女が攫われてしまう、急いで片足をどうにかして助けに行かないと!

しかし後ろを振り向くこともできず、ただ己を攻めることしかできない。


一方彩辻に詰め寄られている伊音はガタガタと震え、恐怖に呑み込まれながら壁に身を寄せる。


「どうした?貴様も人の身ではない我らが恐ろしいのか?」


「……そうよ、貴方たちなんて化け物だわ!」


彩辻の問いに怯えながら反論する伊音、その言葉は背を向けながら聞いていた英に突き刺さる。何よりも冷たく感じられ、今まで抱いていた嫌悪すらも上回る。


(やっぱりそうか、そうだよな……俺らみたいな化け物なんて)


怒りなど込み上げてこない、当然のことだ。人でも虫でもない存在など誰が受け入れるだろうか。彼女にも拒絶される覚悟はしていた英であったが、それでもショックを受けずにはいられなかった。それにより、自分が人間じゃないという悲しみとその恐ろしさが増していく。


しかし、彼女の言葉にはまだ続きがあった。いつしか彼女は対峙する彩辻も恐れず大声で叫び始める。


()()()()は、罪も無い人を巻き込みそして殺す。鎧蟲の細胞を植え付けるなんて人間のすることじゃない!」


「……伊音ちゃん?」


そこで英は、彼女の言う「貴方たち」が自分たちも含めた甲虫武者全体を指しているのではなく、コーカサスたちを限定にしていることに気づいた。何故ならあんな罵倒が突き刺さるのは、奴らしかいない。


「だけどお父さんたちや……英さんは違う!皆優しくて絶対に人を助けてきた!その為に何度も戦って辛い思いをしてきた、大怪我だってしている!そして――私を守ってくれた!」


「伊音ちゃん……!」


「人間じゃないって言うけど……貴方たちなんかよりよっぽど人間らしいわ!」


彼女の言葉が、何よりも英の心に染みわたる。本当は声なんか出せない程怖いはずだ、それなのに彩辻への言い返しだけじゃなく、()()()()()()も込められている。それが何よりも有難くて、そして嬉しかった。

人間じゃない、尚且つこんな情けないのにまだ頼りにしてくれている。それを想うと自然と涙が溢れてきた。


そして気づく――例え人の身でなくとも、()()()()()()()ことに。


(そうだ……確かに体は人間じゃない、だけど俺自身が人じゃないわけじゃない!)


――あの日店を訪れた青年は言った、「今感じているのが自分自身」だと。

今彼女の期待に応えようとしているのも、自分や彩辻に対して怒りの感情を抱いているのも、自分が人間だったじゃなかったのどちらだったとしてもそれが変わることは無い。


まず何を志にしていて戦っていたか?黒金のような復讐心、豪牙の生徒を守るという立派な気持ち、雄白英は――鎧蟲から、そしてコーカサスたちから人々を守るために戦ってきた。

それが、間違っていないことだと信じ込んで――


(俺は俺だ!例え人じゃなかったとしても……俺が俺じゃなくなることは絶対にない!!)


今まで心に掛かっていた暗雲が嘘のように晴れていく。それまで悩んでいた自分が恥ずかしくなり、それでいてスッキリした爽やかさを取り戻す。

覚悟は決まった――いや、元から変わっていなかったのだろう。今までもこれからも、雄白英という人間が失われることは決して無い。


「長々と訳の分からないこと言う女だ。喉を潰し、手足を削げば運びやすくなるだろう」


「――ッ!」


一方その頃、彩辻はその美しい鎧姿とは裏腹に残酷なことを口走る。伊音の発言はこう言う意味でも的を得ていた。その言葉が冗談や脅しでもないことは、キラリと光る刃先を突きつけられている時点で分かっていた。

息を呑み、迫りくる奴に対し怯える伊音。そうして振りかざされる刀に、そっと目を閉じた。


「――オラァアッ!!」


――が、その瞼は響く金属音によって開けられる。そしてそこには、何度も見守ってきた、何度も助けられてきた背中と白い髪があった。

英だ、彼女と彩辻の前に割り込みその一太刀を防ぎそのまま蹴飛ばして彼女から引き離す。


英は彩辻の「琥珀絡め」によって足が固定され動けなくなっていたはずだ。何故こうして彼女の窮地に駆けつけられたのか?その答えはすぐに分かる。


(鎧を解除し、それでできた隙間で抜け出したか)


どうやって抜け出したか、一旦全身の鎧を脱ぎ跡形も無くすことによって固められていた琥珀と足の間に隙間が生じたのだ。つまり今の英は普通の姿に戻っている。


「は、英さん……!」


「待たせてゴメン、本当にゴメン!だけどもう大丈夫!」


伊音の前に立ち彩辻から庇う英、その風貌と声からは以前の彼のような爽やかさが感じられ、それに思わず伊音は破顔してしまう。自分を安心させるために笑顔を見せる彼の優しさ、それこそが普段の雄白英であった。

そしてその笑顔は、敵意に満ちた顔となり彩辻に向けられる。


「……俺は馬鹿だ、なのに下らないことで悩んだりしたから駄目だった。

もう俺は迷わない、自分を見失わない!」


「どうやら吹っ切れたようだな醜男……だが私に勝てると思っているのか?貴様では絶対に無理だ」


「いや、俺は勝つ!お前を倒す!絶対にだ!」


そう言って英は、自分の右手を躊躇も無く翳す。最早拒絶感など無い、カブトムシの痣も堂々と曝け出すことができた。

深く息を吸い、そして吐く。深呼吸を繰り返し、長らく眠っていた自分という戦士を呼び起こしていく。


そして、大声で言い放つ一言。それで雄白英の完全復活が告げられた。


「――出陣ッ!!!」


優しく包み込む糸、全身を蛹で囲いその内部で純白の鎧を装着していく。

兜、胴、籠手、足、全てが英の性格を表すかのような純潔さ。曇りなき白を纏い、同じように形成された刀で蛹を一刀両断した。


パカッ、と割れる蛹から現れたのは白武者。並々ならぬ雰囲気を醸し出し彩辻を睨みつける。そして刀を構え、歌舞伎役者のように堂々と名乗った。



「我こそは――グラントシロカブトォ!!!!」

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