107話
「人でもなければ虫でもない……?何意味わかんないこと言ってやがる!」
彩辻の口から語れる甲虫武者の正体、その意味を理解しきれない英は戸惑うしかなかった。いきなり人ではないと言われても信じられるはずもなく、下らない戯言だと一蹴し刀を構える。
自分の言葉を受け入れようとしない英に彩辻は鼻で笑い、その語りを再開した。
「人にあって我らに無い物、それは甲虫武者の心臓である鋼臓だ。それが武者の力の源、全てのエネルギーを作り出す。私やお前たちの体にも確実にそれはある」
「コウゾウ?それが甲虫武者の力の秘密だというのか……」
「信じるな黒金!難しい言葉言って嘘ついているんだコイツ!」
「私がお前たち如きのために虚偽を言うと思うか?そんな意味の無い嘘はつかん」
黒金はその内容に警戒しながらも興味を示している、対する英は一向に信じようとはせず顔をしかめて否定を続けている。一方豪牙はまだ甲虫武者になったばかりなのであまり話の流れについてこれずにいたが、何か感じるものがあるのか眉をしかめている。
「そしてその鋼臓、ドクター曰く……どうやら鎧蟲共とほぼ同じ遺伝子配列だという」
「が、鎧蟲と同じ……!?」
しかしその驚愕の真実に、英は驚かずにはいられない。自分たちの心臓、それが人と違って尚且つ鎧蟲の体と同じということを知らされれば無理もないだろう。
激しく動揺し息遣いが荒くなる英、彩辻が何を言いたいのかようやく理解できたからだ。
「つまり、俺たちの体の一部は鎧蟲と同じというわけだ」
「そ、そんなわけ……ないだろ!俺たちは鎧蟲なんかじゃない!」
その事実を受け入れられない英は必死になってそれを打ち消すように声を荒げて否定を続ける。自分の体が鎧蟲かもしれない、その恐怖が徐々に心を呑み込んでいた。今ドクドクと脈を打っている心臓が人の物ではない、冷や汗が溢れ動悸が激しくなっていく。
「その通り、一部がそうなっているというだけで完全な鎧蟲ではない。しかしそんな生物を果たして人と言えるか?
人でもなければ鎧蟲でもない、これはそういう意味だ!」
「……ふざけんな!そんなこと信じられるわけないだろ、俺は人間だ!こいつらも、お前やコーカサスだって人間に決まっている!」
自分たちの想像を遥かに超えた真実に動揺を隠しきれない英たち。その中でも一番狼狽えているのは英、警戒心と共に突きつけていた視線は困惑によって泳ぎ情報を処理しきれない脳は眩暈にも似た不快さを生んでいる。
そんなの嘘に決まっている、こちらを動揺させるつもりだ。事実を受け止め切れない英は加速する動悸を抑える為左手で必死に抑えるが、勿論それで静まるわけはない。
寧ろそれによって、人ではないという証拠ともいえる物が目に入ってしまう。彩辻は透かさずそれを指して言葉の追撃をしてきた。
「じゃあその左腕はどう説明する!?肩からバッサリ斬られていたはずの腕が生えている、人間離れしたその再生力が全てを物語っているぞ!」
「そ、それは……!」
コーカサスによって斬り落とされた左腕、普通の人間ならこれからの人生を隻腕として過ごす覚悟を強いられるはずが、こうして完璧に治り障害も無く以前と同じように使われている。
左腕だけではない、いつかの戦いでは薙刀が喉に刺さり体に穴だって開いたことも少なくはない。その度に再生し治っていった。
(人間じゃない……俺が、俺たちが……!?)
(そうか、やっぱり甲虫武者はそういう存在だったか……!)
彩辻の言葉を認めるしかなく、自分の正体にどんどん青ざめていく英。それとは裏腹にそれを薄々勘付いていたのか、豪牙だけは息を呑んでそれを受け止められている。
左腕の再生、それを客観的に見ていた豪牙は甲虫武者という存在に疑念を持ち始めていた。その予感は的中しおかげでショックを受けるのを英よりかは免れたことができたわけだ。
一方黒金は驚いた様子を見せているが2人のように精神的な衝撃はそこまで受けておらず、今更それがどうしたと言わんばかりに彩辻を睨みつけている。
そして自分たちが人間ではない、そんな恐ろしいことを語る彩辻にも変わった素振りは見られない。元々その事実を知っているのだから当然だろうが、その姿は異様にも思えた。
「どうした、自分が人の身でないことがそんなにショックか?そんな脆い心で我らを止めるとは……笑わせるな!」
「お前は……何とも思わないのかよ!」
「自分の正体などどうでもいい。例えこの虹色の鎧が鎧蟲の肉でできていようが、私の力であることには変わりない!!」
その瞬間、彩辻は戦いを再開させ緑色の大量斬撃、「麗緑」を前触れも無く放つ。その語りが始まってからここまで数分と掛かっていない、しかし英たちにとっては数時間の沈黙から突然彩辻が動き出したように感じた程長く時の流れを味わっていた。
「――のわッ!?」
甲虫武者の真実、その恐ろしさに呑み込まれかけていた英たちがそれに対応できるはずもなく刃の嵐を真正面から受けてしまう。咄嗟に両腕を盾にし防御策を練るも、その隙を狙って彩辻が懐に潜り込んでくる。
斬撃が飛び交う中、鎧に守られた英は即座に刀を構えそれと衝突。唾競り合いで押し合うも彩辻の方が優勢だ。それは単純にパワーの問題だけではなく、気負けしている部分も含めてだろう。
「この鎧も、貴様の純白の鎧も、全てが奴らと同じだ!だがそれがなんだというのだ!」
「ッ――!?」
詰め寄ってくる彩辻の言葉に、英はゾッとし鳥肌を立たせる。自分の体だけではない、今纏っているこの鎧も鎧蟲と同じ遺伝子でできていると改めて知りおぞましく思えてきた。
今まで自分を守ってきたグラントシロカブトの鎧、その硬い装甲を頼もしく感じていたが今は違う。まるで蟻の足軽が何匹も体にへばり付き包まれているように錯覚してしまう。
「ひっ……ぐあぁ!?」
その隙を狙われ、英は二刀の連続攻撃により突き飛ばされる。さっきまでの激戦が嘘のように簡単に競り負け、その勢いで尻もちをついてしまう。
崩れる英に刀を突きつけ見下す彩辻、それに対し英はすぐに起き上がろうとせず怯えるように振るえながら自分の鎧を眺めていた。
「ハァ……ハァ……ウゥ、アァ……!」
今見たのは幻覚、恐怖が勝手に作り出した映像というのは分かっていた。しかし人外への拒絶が強く前に出てまるで金縛りのように体を動けないようにしている。完全に心が折れ、酷い過呼吸状態に陥ってしまう。
その姿を見た彩辻は、呆れた様子で溜息を吐き捨て刀を下ろした。
「真実を知っただけでその様か。醜い上に戦う意思すら失せるとは……呆れてものも言えない。お前如き、この刀の錆にする価値も無い」
「英!うおおおおッ!!」
「あの馬鹿――!」
そこに黒金と豪牙が駆けつけ、英を守るために彩辻に攻撃を仕掛ける。しかし黒刀の剣撃も大槌の打撃も踊るように躱されてしまい、そのまま離れた距離まで後退していく。英が戦意喪失している最中、この2人だけは武器を構え彩辻と対峙していた。
「今のでお前たちのことは理解できた。やはり気に掛ける程でもなかったようだな……醜男共が、無駄な時間を過ごした」
勝負を仕掛けてきたのは彩辻の方だというのに何とも身勝手な言い分だが、そのまま前翅を広げあっと言う間に空の彼方へと飛び去っていく。
「ま、待てこの野郎!」
「追うな!今こいつらの保護を優先だ!」
豪牙も自分の翅でその後を追おうとするも、黒金に止められる。自分たちが倒した元堕武者の被害者たち、攫われ無理やり異形の武者に変えられた彼らの安全を確保することが重要であった。
黒金が携帯電話で救急車を呼び、豪牙が気絶している男たちをソッと道の端に寄せていく。そんな中、普段なら一番最初に動く男だけがその場に座り込んだままだった。
「英……お前、大丈夫か?」
「う……あぁ……!」
グラントシロカブトの鎧もその拒絶を受け入れるように自然に溶け、鎧武者の姿から戻る英。しかしその動揺はまだ続いており、風邪をひいたように振るえ青ざめていた。
その怯えように豪牙は心配し、黒金は傍観する。平然としているように見えるが、彼らも十分影響を受けている。自分が人間ではない真実――それはまるで異物のように心の奥底で存在感を放ち、気にせずにはいられない。
こうして彩辻との戦いはとてもじゃないが無事である事を喜べない雰囲気で終わった。その原因は数の差で有利だったのに敗北を喫したのもあるだろうが、それ以上に甲虫武者の正体が主な理由だろう。
それを通して、武者たちは何を想うか。揺れる心で自分の痣を眺め続ける――




