第二話 土産話とお土産と
「頰の、その傷どーしたの?」
「このユキヒョウの子は、もしかして」
俺とさゆりさんが、ほぼ同時に言った。
お互い顔を見合わせて黙る。
「そのビークニャが、ナナミさんかしら?」
「ハナですか? この子?」
また被った!
「さゆりばーちゃん、クーはドルンゾ山でケガして動けなくなってたの。おかーさんは教会にはいなかったよ。ねぇ、その子、ハナちゃんなの?」
ハルがうまく間に入ってくれた。良かった、お父さんもう、何がなんだか! ふと腕の中の重さがズンと増し、見るとスッポンポンのハナがニコニコと笑っていた。
頭には先だけが黒い、丸みを帯びた耳が、尻には黒い斑点模様のある太く長い尻尾がある。
「とーたん、おきゃーり(おかえり)! ハナちゃんもふもふ、できるよーになったよ!」
得意そうに尻尾を振って見せる。あ、ああ、ただいまハナ。すごいな、上手だな、でもお父さん、気が遠くなりそう。
▽△▽
さゆりさんがハナを受け取り、持っていた服を着せてくれる。とりあえず落ち着こうと言う話になり、部屋に入って荷物を降ろす。
ハルは爺さんに旅の話をしながら、二人でクーの世話をしに出て行った。リュートは馬を家畜小屋に入れて世話をしてくれている。
さゆりさんがお茶を入れてくれて、椅子に座りながら言った。
「三日前に、朝起きたらこうだったの。びっくりしたわ」言いながらハナの頭を撫でる。
よく見るとハナの目は、きれいなアイスブルーに変わっている。
「獣の姿になるのが楽しくて仕方ないみたい。ほとんど一日中その姿で走り回っているのよ」
さゆりさんは目を細めて、ふふふと笑った後、
あ、ごめんなさい。あなたにとっては困った事になったのよね? と、少しバツの悪そうな顔をした。
確かに日本に帰る方法が見つかった場合、又は突発的に戻ってしまった場合、この姿ではまさに珍獣扱いだろう。
だが、俺は、もし家族の誰かに耳が生えてきたら、無条件で受け入れようと決めていた。少しも困ったことだなどと、思ってはいけない。それが、この世界と、この世界の全ての人に対する礼儀のようなものだと思っていた。
それに、この姿の圧倒的な可愛らしさに、否定的な言葉が出ない。可愛いは正義、とはこういう事を言うのか! 尻尾を撫でる手が止まらない。ユキヒョウの尻尾は、寒い時は首に巻いてマフラー代わりにするらしい。それほどに長く、太くてふわふわだ。
ハナは留守番の間中、概ね楽しく元気に過ごしていたそうだ。最初の頃は寝入りばなに泣いたり、朝起きて俺の姿を探して『とーたん、とーたん』と泣いたりしたそうだ。切なさに胸が苦しくなる。
ハナの件は、起きてしまった事は仕方ない、という方向で棚上げされた。今更どうにもならないし、何か問題が起きたら、その都度対処して行くしかないだろう。何しろ、ユキヒョウの父親は、やったことがない。
気を取り直して全員集めての、お土産大会開催だ!
さゆりさんにはラーザの日除け布付きの帽子と、ハルが海岸で拾った貝殻で作ったブレスレット。ラーザの貝は透き通っている上に、色のグラデーションがついていて、とてもきれいだ。さゆりさんが腕につけると、シャラシャラと軽い音を立てた。
爺さんにはラーザのサンダル。植物の蔓で編あんであり、軽くてしなやかだ。あとは同じ蔓で編んだ、四角い蓋ふたつきのカゴ。蓋を開けると、ひとまわり小さい同じカゴが入っていて、その蓋を開けるとーーと、マトリョーシカのようでとても楽しい。
ハナには、さゆりさんとお揃いのラーザの帽子と、こちらもお揃いの貝のブレスレット。ハナは『ばーばとおとろーい、おとろーい』と言いながらぴょんぴょんと跳ねて喜んだ。ブレスレットがシャラシャラと音を立てるのが楽しいらしい。
リュートには、チョマ族の毛織り物と、指の先だけ出せる手袋。手のひら部分に鞣なめし革が貼ってある職人仕様だ。
リュートの嫁さんにはチョマ族の、フェルトの小さな可愛い箱と貝のブレスレット。
あとは素材や食材だな。干物や塩漬けの魚、塩、スパイス類、米と芋の酒、トゲトゲ魚のトゲ、ひまわりの種、ビクーニャの毛糸、チョマ族のラグマット、山猫と灰色狼の毛皮を一匹分ずつ。
お土産を渡しながら、旅での出来事を話す。リュートは今日は泊まって行くそうだ。
途中で日が暮れたので、さゆりさんと並んで晩メシの支度をした。俺の包丁捌きを見て『あら! 腕を上げたじゃない!』と言ってくれたのが、やけに嬉しかった。
一ヶ月ぶりの和食と、お土産の酒を呑みながら、たいそう騒がしく楽しい夜を過ごした。
山猫に襲われた話、灰色狼との攻防戦、クーを助けて崖を登ったアンガーの話、チョマ族との宴会の話。ハルとハナも夜更かしをして、たくさん食べてたくさん笑った。
『ヒロトもハルも、一端の男の顔になった』と爺さんが言ったのが、照れ臭くも嬉しかった。




