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お父さんがゆく異世界旅物語  作者: はなまる
第四章 ニセ耳とビークニャ

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第九話 灰色狼の群れ 其ノ二

 ハザンは数歩前に出ていて、狼を誘うように立ち、隙と見て跳び掛かってくるやつを危なげなく倒して行く。


 トプル、アンガー、ヤーモはそれぞれ馬を守っていて、やはり跳び掛かってくるやつに対処する。同時攻撃を仕掛けてくるやつには、ロレンとガンザが弓矢を放つ。俺とハルは遠巻きにしている奴らを追い払う。



 そんな奇妙な均衡が(やぶ)れた。


 アンガーの鉤爪にかかった狼が、幌の骨組みに大きく体当たりした。木枠が大きくしなり、バキリと折れた。バフンと大きな音を立てて幌がつぶれる。


 俺はハルを抱えて落下に備えた。


「ハル! スリング離すなよ!」


 俺がそう叫んだのと同時に、幌から飛び降りたロレンが、上着を脱ぎ捨てながら走ってくるのが見えた。


 アンガーの隙をついた数頭が、俺とハルに踊りかかってきた。顔に熱いものを押し当てられたような感触が走る。狼の大きな足で抑え付けられているようだ。ギリギリと、爪が食い込んでくる。痛え!


 視界が封じられてしまって、ハルの無事を確認出来ない。


「ハル! 無事なら起き上がれ! 起き上がって走れ!」


 俺は叫んでスリングのゴムを極限きょくげんまで引き絞り、狼の鼻づらに叩き込んだ。喰らいやがれ!ゴムパッチンだ!


  狼が「キャイン」と吠えて身をよじるのと同時に、灰色の塊がそいつを弾き飛ばした。


 大きな美しい灰色の山猫だった。新手の敵か!? とハルを背にして身構えるが、山猫は俺とハルを背に守り、背中の毛を盛大に逆立さかだてた。


「おとーさん、ロレンだよ!」


「ワフ!」という鳴き声と共に、上からモップが降ってきた。毛足の長いモップにしか見えない、大きな垂れ耳の犬はヤーモだろう。見るからに防御力の高そうな毛の塊は、大きく吠えながら狼を追い回しはじめる。


 灰色の山猫はしなやかに狼に跳び掛かり、首の後ろに牙を立て、頭を振って振り回す。


 しばらくして崖の上から大きな遠吠えが響いた。狼たちはその場で遠吠えを交わし、踵を返して走り去って行った。


 なんとかしのぎ切ったのか?


 山猫ロレンとモップヤーモが、脱ぎ捨てた自分の服を咥えて馬車の陰に隠れる。服を着ているのだろう。


 ようやく緊張がほぐれると、途端にほおの傷がズキズキと痛みだした。ハルが顔の側面を真っ赤に染めている俺を見て、青くなって叫んだ。


「おとーさんが死んじゃう!」


「大丈夫だ、ハル。顔は毛細血管が集まってるから、切れるとたくさん血が出るんだ」


 そんな事をナナミが言っていた気がする。


 ハルの声に驚いたロレンがシャツに袖を通しながら走ってくる。ヤーモはズボンの片方に両足を入れて走ろうとして、途中で転んだ。


▽△▽


「これはった方が良いですね」


 傷口の様子を見ていたロレンが言った。


 動物の爪や牙での傷はバイ菌が入りやすい。ちゃんと消毒しても、腫れたり膿んでしまう事がある。


 俺の薬草の知識なんて微々たるものだが、今手元にあるもので言うと、止血がヨモギ、アロエが傷薬、ドクダミが化膿かのう止め。消毒薬や抗生剤がないこの世界では、自然治癒力がモノを言う。


 しかし縫うのか。そうだよな割とパックリ切れてるもんな。そうか縫うのか。麻酔的なものとかは? ああそうか、ないよな。それでも縫うんだよな。


 俺が平静を装いながら心の中で、ああああ! こんな時こそナナミがいてくれたらとか、この中でお医者さまはいませんかー!? とか思っているうちに、テキパキとロレンとトプルが処置しょちの準備を進めている。


「待つ! ハル、連れて行け」


 俺はハルにだけは無様ぶざまさらしたくない。笑うがいいさ! 父親という生き物は、見栄と強がりで出来ている。


 ハザンがハルを連れてその場を離れてくれた。すまんな、助かるよハザン。


「だれ、う?」と聞いたら、ロレンが、


「私が縫いますよ、人が痛がるのを見るのは嫌いではありません」と少しも表情を変えずに言った。


 こえーよ! ロレン、おまえ属性盛り過ぎなんだよ!




 そして俺は、目を閉じても見える花火を、何度となく見る羽目になった。


☆あとがき外伝☆


 片方の耳が半分しかない『千切れ』と呼ばれる、それは大きな灰色狼がいた。千切れが群れのボスになってから、もう幾つの季節が巡っただろう。春には子供が生まれ、夏は山頂付近まで狩りの範囲を広げる。秋は熊に注意が必要だ。冬は山裾まで降りて春を待つ。


 ある時、ボスを失った群れが合流した。千切れは受け入れたが、新しいボスが育ち次第、自分たちの縄張りへと戻るように仕向けるつもりだった。千切れは大きくなり過ぎた群れの危険性を知っていた。


 気付いた時には、群れの半分が動いていた。膨らみ過ぎた群れは、いつのまにか、千切れ以外の命令系統を持つヤツがいたらしい。『人を襲うのは割に合わない』。それを徹底する事すら出来ていなかった。魚の匂いに誘われた若い狼たちが、小さなキャラバンを襲った。


 宵闇の迫る森をひた走り、ようやく崖の上から撤退を命じる遠吠えをしたのは、千切れの一番若い子供が、刃物で切り捨てられた直後だった。


 間に合わなかった。沢山の同胞が倒れる中、悪鬼のように佇む人族の狼がいた。おまえが俺の同胞を刃物で倒すのか! その耳は、尻尾は、狼の物なのに!


 焼け付くような怒りに身を任せそうになる。崖を駆け下り、喉笛に食らいついてやりたい。


 だが千切れは思い留まる。子を失った怒りに任せるより、ボスとして拾える命を導かなければならなかった。


 人族の狼は、真っ直ぐに千切れを見ていた。その眼は『俺は俺の群れを守った。おまえと同じだ』と言っているようだった。


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