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お父さんがゆく異世界旅物語  作者: はなまる
第三章 海辺の町ラーザ

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第六話 酒の残る朝

 翌朝は久し振りに少し寝坊した。特に自分では深酒したつもりはなかったが、薄い膜が全身を覆っているような感覚の鈍さを感じる。無理のかない年齢へ差し掛かった事を、思い出すのはこんな時だ。


 異世界効果で若返ったりしねぇのかな。ちぇ。


 ハルはもう起きてスリング・ショットの練習をしていた。部屋の隅にまとを置き、対面にうつ伏せで寝転び丸めた紙を打っている。タン、タン、と小気味良い音が耳に心地いい。


 おはようと挨拶を交わし、手ぬぐいと歯ブラシを持って二人で宿の井戸へと向かう。顔をしかめて歩く俺にハルが、おとーさん、のみすぎなんじゃないの? なんて、誰かを思い出す口調で言った。


 冷たい井戸の水で顔を洗うと、少しずつ身体の感覚が戻ってくる。歯を磨きながら、


「ハル、お父さん、馬の世話しに行くけど一緒に行くか?」と聞くと、うん、と頷いた。


 軽くストレッチしてから、宿を出る。


 朝の煮炊きの煙が、あちこちの家のトンガリ屋根から上がっている。荷物を積んだ荷車を引くネコ耳の男が忙しそうに通り過ぎると、干物の匂いが取り残されたようにプンと漂った。


 どこの世界も、どこの街も、朝の空気は似ているな。みんな目的を持って動いていて、どこかせわしない。


「おとーさん、ぼくまた海に行きたい」


 ああ、良いな。でもお父さん、腹減ったよ。さっさと用事済ませて、宿で朝メシ食べよう。


 十五分ほど歩き、ロレンの商会の倉庫へと着く。一旦いったん表へと回り、店の方に声を掛けたが返事はなかった。井戸で水をんでから、うまやへと向かう。ハルにも一回り小さな木桶を持ってもらったら、ヨロヨロとしながら顔を赤くしてついて来る。がんばれハルくん、ころぶなよ!


 飼葉かいばの桶も持って馬のところまで行くと、まるで『遅いのよ、何やってんのよ、腹減ったわ!』とでも言うように、歯を剥き出された。


 すまんすまんと、手早く飼葉を補充する。水をやり、身体を拭いてやってからヒヅメの点検をする。軽く削ってやるから、蹴らないでくれよ! 死ぬからな!


 大岩の家で『馬』と呼ばれている『シャーハ』という動物は、実際には地球の馬とはだいぶ違ったりする。馬よりも二回りほど大きく横幅も広い。全体的にがっしりと、そしてずんぐりとしている。


 たてがみと尻尾は馬のものとよく似ていて、サラサラとしているが、背中と足の先に生えている毛はゴワゴワと硬い。もともとは草原に住む動物なので、茜岩谷サラサスーンでは貴重かつ高価な動物だ。


 辛抱強くブラッシングして、毛の生えていない腹や首をもう一度濡れた布でぬぐう。


 ハルはもつれた背中の毛に四苦八苦していたが、馬はなぜか穏やかな目で見つめ、時々顔をハルの頭にすり寄せたりしている。


 なんか俺への態度と、違い過ぎないですかね?


 馬の世話が終わったので、もう一度店に声をかけると、ロレンが眠そうに出てきた。シャツのボタンを二つも外し、落ちた前髪をかきあげる仕草が、壮絶な色気をかもし出している。おはようございます、という少しかすれた声に、俺でも顔が赤くなりそうだ。


 ハル! 見るな! アレはお前には毒だ!


 ナナミが見つかっても、ロレンには絶対に合わせないようにしようと心に決める。ああ、ハザンには紹介しよう。うん。きっと気が合うはずだ。


 二日後の出発までに、食材を買って来るように頼まれた。なまものを買い過ぎないようにと注意され、金を渡される。


「ああ、荷物持ちが必要ですね。アンガーを呼んでおきますので、いつ行きますか?」


 アンガーはロレンの親戚なのだそうだ。ネコ科繋がりなのか?


「明日、昼、過ぎたら」と答えておおよその時間を決め店を後にする。


 少し遠回りだが、海岸沿いを通って帰る。石を積み上げた低い防波堤ぼうはていの上をハルが走る。足場の悪いゴツゴツとした岩の上。危なっかしいこと、この上ない。転んだら酷く擦りむいてしまうだろうに、子供はこういうの好きだよな。


 波の音が、静けさを連れて、寄せては返す。耳に、ほんの僅かに残る昨夜の酒場の喧騒が、波の音にさらわれていく。


 潮の満ち引きは、この世界に月があり、重力が正しく働いている証拠だ。地球のものとそう変わらない大きさの月は、今は白く頼りなげに雲間に見え隠れしている。


 随分ずいぶん先まで行ってしまったハルが、


「おとーさーん!」と手を振って呼んでいる。




 今日俺は、人通りの多い場所を探して似顔絵屋さんをやろうと思っている。ナナミの絵をなるべく沢山の人に見てもらいたい。教会ではなんの情報もなかったが、もしかしてナナミを知っている人がいるかも知れない。


 宿にも似顔絵を貼ってもらえるよう、頼んでみようと思う。本人、または居場所を知っている人が来たら茜岩谷サラサスーンまでの地図を書いた手紙を渡してもらう。教会にも、同じような手紙を預けて来た。


「おとーさん、おなかすいたよー!」


ハルにもう一度呼ばれる。酒も抜けてきたし、俺も少し走るとするか。



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