第一話 海辺の街ラーザ
馬車が街道を走る。この世界の街道は石畳だ。石の大きさはそれぞれで、サラサスーン近辺では比較的大きく赤っぽい。サラサスーンからドルンゾ山へ向かう途中で、灰色の丸みを帯びた小さな石になった。このラーザへと続く街道は、青い。大人の掌くらいの、平くうす水色の石が敷き詰められたこの街道は、まさに海へと至る道に相応しい。
ドルンゾ山の渓谷から続く川は、太さを増しラーザの手前で二つに分かれている。ひとつは海へと流れ込み、もうひとつは街道と沿うように伸び森へ消えている。ラーザの街は海へ流れ込んでいる方の川から、なだらかな丘へと這うように広がっている。
俺とハルは御者を務めるトプルの隣に座って、午後の日差しがキラキラと反射する海と、外国の絵葉書のような街並み眺めていた。
ハルが、スリング・ショットを弄びながら、
「シュメリルールの白い家もかわいいけど、ラーザの家もすごくきれいだね」と言った。
真っ白い壁に、街道と同じうす水色の石が敷き詰められたトンガリ帽子のような屋根。てっぺんが煙突になっていて、煙が上がっている。どの家の壁にも、大きな青い木枠の開き窓が嵌っている。白と、みず色と、青。そして海の青。
「ちょっと写真、撮って来るな」
俺はハルに断りを入れてから、幌の骨組みに手を掛け、逆上がりをするように幌の上に上がった。朝晩の筋トレの成果は出ているようで、こんな事も出来るようになった。
もっともアンガーなら、ひとっ飛びで飛び上がれるし、ハザンなら片手でハルを抱えても出来るだろう。
スマホのカメラで五、六枚写真を撮る。引きこもりだと言っていた、さゆりさんと爺さんに見せたら、きっと喜ぶに違いない。
ハルも幌の上によじ登ってきた。二人で並んで潮風に吹かれていると、下からトプルに『幌が痛むから降りて来い』と怒られた。
ハルが舌を出して笑った。ハルは内弁慶で、家の外では表情の変化をあまり見せない子供だったが、旅に出てからは外でもよく笑うようになった。ハザンといるときは、よく怒ったりもしている。
そして泣かなくなった。転移初日に谷狼に襲われた時が最後だったと思う。山猫に襲われた夜も、雷に怯えていた時も、渓谷を渡るブランコから降りた後も、さゆりさんと爺さんに行ってきますと言った時も。
ぐっと歯を食いしばって、目を精一杯見開いて涙を堪えていた。俺はそんなハルに、その度に『泣いてもいいんだぞ』と言いそうになったが、敬意を表して見ないふりをした。
馬車が街道を外れてラーザの街へと入る。このまま馬車道を通って、ロレンの商会で荷物を下ろす。その後は三日間自由行動だ。ハザンとトプルは剣術道場に顔を出すそうだ。ヤーモとガンザは、海へ釣りに行くと言っていた。アンガーは元々ラーザの街の人なので、家へ帰るそうだ。ロレンは色々忙しいらしい。
倉庫街の前で馬車が止まる。荷物の木箱や麻袋がどんどん降ろされていく。俺はハルと一緒に馬を厩へと連れて行く。
水をたっぷり飲ませて、新しい藁を敷き桶に飼葉を入れる。硬く絞った布で体を拭いてやる。今回の旅で1番頑張ったのは、間違いなくコイツらだろう。労いを込めてブラッシングもする。
『お疲れさん、ゆっくり休んでくれよ』と首をポンポンと叩くと『飼葉食べてんだから邪魔しないでよ』とでも言うように、ブルルっと首を振り鼻水を飛ばしてきた。
コイツら全然懐いてくれねぇのな! 毎日下僕のようにお世話してんのに!
馬の世話を終えて馬車のところへ戻ると、粗方荷物は下ろし終わっていた。ロレンのところに行き『お疲れさん』と声をかける。
「そんなに疲れてないから大丈夫ですよ」
と言われた。挨拶としては一般的ではないのか? さゆりさん家族はふつうに挨拶として使ってたんだけどな。まあ、あそこの一家は、ちょっと日本人過ぎるのかもな。
宿の地図をもらい、自分たちの荷物をまとめていると、ロレンが来て、
「今晩、一緒に食事に行きましょう。ラーザの案内は任せて下さい」と言われた。
「ラーザの名物料理をご馳走しますよ」
うむ。どうやら奢ってくれるらしい。しかも、あとで宿まで迎えに来てくれると言う。
エスコート付きかよ! 俺、口説かれんのかな!
まあはじめての街だしな。心配してくれてるんだろう。
荷物を担ぎ、手を軽く挙げて別れる。
とりあえず宿に荷物を置きに行こうと歩き出すと、ハザンに声をかけられた。
「ヒロト! 今晩呑みに行こうぜ!」と、コップを傾ける仕草をする。あんたホントは日本の昭和おっさんだろ。
「ラーザの夜の街を案内しちゃうからよ!」
ハルが寝ちゃってからな、とウインクして言う。
お、おう。
ラーザの街、到着初日からイベント盛りだくさんだな!
次話、いよいよ教会へ向かいます。




