閑話 挙動不審 其ノ一
ハルが『おとーさん、あれがラーザの街なの?』と、遠くかすかに見える街並みを指差して言った。
「ああ、そうだな」
「おかーさんに会えるかなぁ」
「会えるといいな!」
『あまり期待するなよ』と言おうとしたが『案外あっさり見つかるかも』とも思う。ナナミに会えたらまず何と言おうとか、会えなかったら、ハルを何と言って慰めようかとか。
つまりは俺に、色々余裕がないってことだ。
ロレンに聞いたら、ラーザの街まであと三日くらいだと言う。あと三日も、こんなモヤモヤした気持ちでいなければならないのか。
仕事があることは有り難かった。やらなければならないことに集中していれば、少しは気が紛れる。
俺はアホみたいに筋トレをして、わき腹が攣り悶え苦しみ、クッソ手の込んだ料理を山ほど作って、ロレンに材料を使い過ぎだと怒られ、ハルに話しかけられても気づかないほど、のめり込んで絵を描いた。気づいたら鍋の底の絵を描いていた。
馬車の中でにんじんの飾り切りを作っていたら、アンガーに『これ、いくつか持って帰ってもいいか?』と聞かれ、我に帰ったら馬車はとっくに止まっていたこともあった。
挙動不審にもほどがある。
次の日は色々反省して、一日中ハルと折り紙を折って過ごした。ロレンにメシを作れと怒られた。
ますます挙動不審だった。
そうしていよいよ、明日はラーザの街という夜。二日間の寝不足が祟って、晩メシを作り終えると、俺は倒れるように眠り込んだ。
▽△▽
挿話 ハザンが見る『ヒロト』という男
「ごめん、手伝い、ハザン」
ハルが、すまなそうに言う。
ヒロトがぶっ倒れるように寝ちまったので、俺とハルで晩メシの後片付けをしていた。
「なあハル、お前の父ちゃん、どーしちまったんだ?」
ハルとヒロトは嫁さんを探して、遠い異国から旅をして来たと言う。その割には旅慣れていないし、子供でも知っている常識に疎いくせに、妙な事に詳しい。異国人というだけでは、説明がつかないことが数多くあった。
俺は最初、苦労知らずのボンボンが、何かから逃げているのかと思った。ヒロトは明らかに何か隠かくしている。
悪人にしては間が抜けているし、隙があり過ぎる。しかも弱い。あれで弱い振りをしているのなら、大した役者だと思う。
「おとーさんは、おかーさんがだいすき」
考え込んでいたハルが言った。俺の質問に答えているのか?
「ラーザ、おかーさん、いない。どうしよう。それで、変なおとーさん」
うーん、嫁さんに会えなかった時の事を考えて、あんな挙動不審になってるって事か? いい歳をしたおっさんが? 二人も子供作った嫁さんに対して?
初恋にとち狂ったガキじゃあるまいし。
俺がついプッと吹き出してしまうと、ハルが少しムッとして、
「おかーさんの事がだいすきなおとーさんが、ぼくはだいすき」
と、やけにハッキリと発音した。
すまんすまんと頭を撫なでると、ハルが『しんぱい』と、ポツリと言った。
全く、子供にこんな心配かけてんじゃねぇよ! しょうがねぇ父ちゃんだな。
明日嫁さんに会えなかったら、酒でも奢てやるか! ついでに隠しごとも全部聞き出してやる!
俺はどうやら、自分で思っていたより、こいつら親子を気に入っているらしい。何か事情があるなら、助けてやりたいと思う程度には。
俺はもう一度、ハル頭をフードの上から撫でた。そして、鍋の底をゴシゴシと擦りながら思った。
それにしてもハルは可愛い、と。




