第十一話 夕焼け空の二重虹
「おとーさん、虹が出てるんだよ! すごくきれいだよ!」
雨は上がったらしく、洞窟の入り口から光が差し込んでいる。ハルと二人、洞窟から出てうーん、と伸びをする。まだ少し寝惚けている頭を振る。洞窟の外には雨上がりの埃っぽい匂いが漂っていた。
雲の切れ間へと沈んでゆく夕陽と、仄かに茜色を帯びはじめた空。大きな二重の虹の橋が、くっきりと半円形を描いていた。
見応みごたえのある光景に、思わず『おおー!』と声が出る。
「ハル、二重の虹を見ると良いことがあるらしいぞ」
ハワイではダブルレインボーは、祝福と再会の象徴だそうだ。
「へぇー! じゃあ、きっとおかーさんにラーザで会えるんだよ」
俺はハルの言葉に『そうだといいな』なんて曖昧に応えながら、なんとなく虹のをこと考えていた。
虹は空中に漂う水滴の大きさで、色の濃さに違いが出るという。二重の虹の、内側の濃い色の虹を主虹、外側の淡くうっすらと見えるのが副虹。副虹は主虹とは色の並びが反対だ。確か光の反射の数と屈折の数がなんたらという、難しい説明文を読んだことがある。
空中の水滴に光が反射することによって虹が出来る。『大気光学現象』というそうだ。大きな巻貝が吐き出している、綺麗な煙ではないし、妖精が杖を振ったら出るものでもない。何かの不思議現象ではないのだ。この世界の虹も、地球の虹と変わらない。太陽とじょうろがあれば、魔法を使えない俺でも簡単に作ることができる。
雷も同じだ。この世界の雷は、龍が操っているものでも、雷神が太鼓を叩くとできるものでもなく、大気中の放電現象として発生している。地球と同じだ。
この世界は、ファンタジーではない。
動物や植物が喋ったり、魔法使いが炎と氷の魔法を自由に操ったり、あっと言う間に傷が治る薬があったり、俺が勇者の能力に目覚めたり、そんな荒唐無稽がないのだ。植物の種を残すための進化も、動物の身体の構造も、俺が知っている地球の知識で説明できる。
『異世界』というのが、地球の理を超えた場所だとするならば、ここはは異世界ではないだろう。
どこか他の惑星なのだろうか。
この世界において、訳のわからない不思議な現象は、ほぼ『獣の人』に集中している。
彼らは耳と尻尾が生えているだけではなく、動物にその身を変える事が出来ると言う。気のような力を操り、聴力や脚力など身体能力を強化出来るらしい。
この現象を科学的に説明できるのだろうか。考えられるとしたら、遺伝子操作だろうか。人間と動物の遺伝子を組み合わせる実験は、禁断の科学と呼ばれながらも、世界中で行われはじめていたはずだ。
そして俺たちと同じように、地球から来たさゆりさんは、耳と尻尾が生えてこの世界の人たちと同化している。理由も原因もわからない、摩訶不思議現象だ。これは遺伝子操作では説明がつかないな。
ああ、もうひとつあったな、不思議現象。地球からこの世界へと飛ばされてくる人がいる。少なくとも二度。俺たちとさゆりさんに起きた転移だ。
「おとーさん?」
ハルに声をかけられて我に帰る。
気がつけば夕焼けが辺りを赤く染め、虹はその赤色に溶けるように消えてゆく。
後ろからロレンが声をかけて来た。
「ヒロト、今日はこの洞窟で野営する事になりました。そろそろ夕食の準備をお願いします」
ロレンの言葉で、現実に引き戻される。
俺は軽く手をあげて『了解』と応える。
異世界で、ネコ耳の人に現実に引き戻されるのも、不思議な気分ではあるが。




