第八話 暗闇からの襲撃者 其ノ一
動物を殺すシーンがあります。
ドルンゾ山へと馬車を進めた最初の晩、道沿いの開けた場所を見つけ野営の準備をする。水が使える川などがある場所が望ましいのだが、今はまだ水の心配はいらない。崩れかけた石を組んだかまどがあるので、ときおり野営地として使われている場所のようだ。
ヘビ肉は真蒸入りのあんかけスープと、香草に漬けこんでからバターで焼いたもの、二種類を作ってみた。ロレンが『これがヘビですか!? なんて柔らかい。このトロトロしたスープがまた――』と、食レポのようなことを言っていた。
ガンザは『これなら歯の弱ったうちの年寄りにも食えるな』と笑い、アンガーは無言で五回もおかわりをした。概ね好評だったが、ハザンだけは『柔らか過ぎて食いでがねぇ』と言って、バター焼きにかぶりついていた。
その後は、特に問題もなく後片付けを済ませ、のんびりと昇る月を眺めてお茶を飲む。今夜から夜番は二人体制。初日はトプルとヤーモが担当するようだ。
夜が更け、随分と冷え込んできた。俺とハルは厚手のシャツを着込み、靴下も履いたまま寝袋に入った。
ケケケケと鳴く夜鳴き鳥や、シャンシャンと小さな鈴を鳴らすような虫の声が、あちこちから聞こえる。賑やかで、それでいて穏やかな夜が更けていく。俺は夢の入り口へと続く結び目を、手繰り寄せるように目を閉じた。
その時。
鳥と、虫の声がピタリと止んだ。嫌な記憶が頭をよぎり、ハルを抱いたまま身を起こす。
「山猫だ!!! 群れで来やがったぞ!」
トプルの叫び声が静寂を破る。
争う音が聞こえ、馬車から人が飛び出していく。『山』『猫』。山に住む猫という意味だろうか。
『ウァーオーン』というネコ科の動物の、威嚇の声が複数聞こえてくる。暗闇から躍り出た、黒くしなやかなその獣は山猫という可愛い名前とは、不釣り合いなほど大きかった。
ライオンくらいデカイじゃねぇか! あんなのと戦うのか?!
『おとーさん――』と不安そうに俺を見上げるハルに靴を履かせ、どこが一番安全か考える。『俺のそばにいれば安心だ』と言ってあげられたら、どんなにいいだろう。だがハルを見えないところに隠す決断ができない。
俺はハルをポンチョの中に入れ、強く抱きしめて『大丈夫だ』とだけ言った。
二匹の山猫が唸りながら、円を描くようにトプルとヤーモの周りをゆっくりと歩いている。他にも威嚇の鳴き声が複数聞こえてくる。隣の馬車からキリキリと弓のしなる音と『ヒュッ』という風切り音が聞こえる。ガンザが馬車の幌の上から射っているようだ。
俺もスリング・ショットを握りしめる。
暗闇から黒い影がトプルに飛びかかり、腕を爪がかすめる。ヤーモが剣を振り下ろして退け、ガンザの矢が追い討ちをかける。ハザンとアンガーが走ってきて合流した。ハザンは十文字槍を持ち、アンガーは長い鉤爪を両手に握り込んでいる。アレで戦うのか!
ハザンが負傷したトプルを背に、腰を低くして構えて、飛びかかってきた山猫の首を十文字槍の横の刃で切りつける。流れるように返す刃でもう一匹の頭を刺し貫く。躊躇うことのない殺傷に、思わず息をのむ。ハザンの動きは危なげなく、そしてどこか美しかった。




