第七話 ガタガタ道とヘビ料理
馬車はすぐに山道に差し掛かった。道は狭くなり、スピードを落としても揺れは大きくなった。この後五~七日ほどかけて、山を越えて海側へと抜ける。道はドルンゾ山のそれほど高くない場所に通っているが、それでも標高が上がれば気温が下がる。野営はキツイものになりそうだ。
茜岩谷は、朝と夜の気温差が大きい。昼間は暑く二十~三十度くらい。陽が沈むと急に寒くなるが、それでも十度を下まわることは滅多になかった。だがドルンゾ山では、この季節でも山頂付近での夜は、氷点下にもなるのだそうだ。防寒具の用意はしてきたけれど、気をつけないと『朝になったらカチンと冷たくなっている』なんてことになりかねない。
茜岩谷地方、ドルンゾ地方の季節は、春から夏に向かっている。日本ならば絶好の旅日和、ゴールデンウイークの頃なのだが、茜岩谷は年がら年中、乾いた風ばかり吹いて、ドルンゾ山脈は過酷だ。日本の穏やかに巡る四季が懐かしい。
もっとも、俺たちがこの世界に飛ばされる直前は、うだるような猛暑とゲリラ豪雨を繰り返す、穏やかとはいい難い八月ではあったのだが。
ドルンゾ山の緩い傾斜のある道を、ガラガラと大きな音をさせながら馬車がゆく。最初は『舌を噛みそうだ』と思うほどだったが、慣れてしまえば夕食の下ごしらえくらいはできそうだ。
午前中の休憩時に、ガンザが大人の腕くらいの太さのある、大きなヘビを狩ってきた。ハザンがペロンと皮を剥いてくれたので、どうやらこれが今夜の食材のようだ。ヘビはさすがに料理したことがない。
独特臭みがあるので、とりあえず香草に漬けてみる。ガンザが言うには、熱を加えるとかなり硬くなるらしい。硬いならミンチにするか。よし、ハザンに手伝わせよう。
他の馬車からナイフを借りてきて、俺とハザンで二本ずつ持つ。まな板替わりの板にヘビ肉を乗せ、ドラムロールの要領で『ダダダダダダダダ』と見本を見せる。
「小さい、小さい、する。たのむ」
「ヤー(了解)!」
ハザンは威勢よく応じると、鼻歌まじりでリズミカルにナイフを動かしはじめた。折り紙を折っている時は、不器用そうだった大きな手が、小気味よくナイフを振るう。馬車のリズムに合わせて、すごい勢いで量産されていくミンチ。これは任せても平気そうだな。俺は別のことをやろう。
ハンバーグを作ろうと思っていたが、ヤーモの採ってきてくれた小さな細い芋が、すりおろしたら山芋っぽい。これなら真蒸もどきができるかも知れない。ハザンのミンチはすり身に近い。
「ハル、生姜根すりおろしてくれ。手、気をつけてな」
ハルを呼び、大岩の家で生姜代わりに使われている木の根と、おろし金を渡す。ハザンが若干『なんだそりゃあ?』という顔をしておろし金を見ている。ほら、あれだ! 俺たち異国人だから!
実際、俺たちが多少変わった道具を持っていようが、一般常識に疎かろうが『誰も知らない異国から来た旅人』という設定は便利なことこの上ない。大抵のことは納得してもらえる。
ヘビミンチに、生姜根をまぜて臭みを消し、山芋っぽい芋もすりおろす。卵白とヘビミンチとかたくり粉、全部まとめて軽く混ぜ合わせる。あとは馬車が止まったらスープに落として熱を加えれば、ふわふわの真蒸入りのお吸い物の出来上がりだ。
こんな感じのものは、最近までハナの離乳食で山ほど作ってきた。はんぺんや豆腐を使えば、更に簡単だ。
下ごしらえが一段落したので、スケッチブックを取り出す。茜岩谷とは一変した、ドルンゾ山の風景を描かない手はない。
俺はガタガタと揺れる馬車に、四苦八苦しながら色鉛筆を走らせた。




