第四話 聖剣・バトミントンラケット 其ノ二
〈2018年 8月9日 午後8時15分〉
先手必勝。まずはネズミ花火を投げる。シュルシュルと音がして、暗闇に火花が踊る。敵は怯んで四方に散るが、静かになるとまたすぐに戻って来る。慎重で執念深く、優秀な狩人だ。
ハルがハナを抱きしめて、ブルブル震えながらも、順番に手持ち花火に火を点けていく。ネズミ花火は終わってしまったらしい。火薬の臭いがあたりに漂っている。鼻の良いイヌ科の動物なら、この臭いを嫌って近寄らないだろう。頑張れ、頑張れよハル!
ハナが無邪気に花火に歓声をあげる。場違いさに一瞬気が緩みかけるが、それどころではない。
ロケット花火を暗闇に向かって放つ。
ヒューーー、パン! パパン!
小気味良い音と共に『ギャウン!』という鳴き声が聞こえた。やはりイヌ科の動物のようだ。
次の瞬間、花火の破裂音に急かされたように、大きな黒い固まりが暗闇から飛び出して来た。
「ハル、花火、離すなよ!」
飛びかかって来た大きな影は、犬と呼ぶにはずいぶんと精悍な姿をしていた。
コレ犬じゃないだろ! デカすぎるぞ! マジで狼なのか?
思い切りラケットを振り下ろす。にくを撃つ嫌な感触が手に残る。
「キャイン!」
俺が暴力を振るった事と、犬の悲鳴を聞いてびっくりしたハナが『ひっ』っと息を飲んだ後、火が点いたように泣き出した。
反対側から飛びかかって来る犬の腹に、ラケットを横なぎに叩き込む。
「ハル、ロケット花火、全部打て!」
俺も残ったロケット花火に全部火を点けて持ち、暗闇に向けて打ち出した。
パン! パパン!
パパパン!
いくつかの悲鳴が聞こえたが、波状攻撃は収まらなかった。ハルとハナを抱き抱えて、闇雲にラケットを振り回す。最後には、火気厳禁の防虫スプレーを噴射しながら、ライターで火を点けた。我ながら無茶をしたものだ。
走り去る足音が聞こえて、辺りからハナの泣き声以外の音が聞こえなくなってから、ようやく詰まっていた息を吐く。風に乗って、火薬のツンとした臭いが流れてゆく。
泣き続けるハナを宥めながら、ハルを呼ぶ。
ハルはヨロヨロと歩いて来て、俺の背中にしがみつくと『おとーさん、こ、こわかったよー』と声を殺して泣いた。
「バーカ、当たり前だ。お父さんだって、めちゃくちゃ怖かったぞ」
いやー。俺たちけっこう頑張ったよな!