第六話 麓の村にて
ドルンゾ山に入る前に、麓にある小さな村に立ち寄った。ハザンの話だと、ラーザへの旅では行きと帰りに必ず寄るらしい。ネコ科の人が多い村で、ラーザの魚の干物をとても楽しみにしているらしい。
小さな村なので、当然宿屋はなかったが、村の人がそれぞれに寝床を提供してくれた。俺とハルは、ロレンと一緒に村長さんの家でお世話になる。
ロレンは村長さんから、ドルンゾ山脈の情報を色々仕入れているらしい。最近の天気とか、山の動物の話をしているようだ。
村長さんは多分ネズミの人だ。片眼鏡をかけて早口で話す。ネズミの人たちは赤い目をしている人が多く、目を悪くしやすいらしい。シュメリルールの本屋のトリノさんとかな。
ロレンはネコの人なわけで、絵面的に少し心配になる組み合わせだ。古今東西、地球では猫はネズミを追い回すものとして描写される。
大きな徳利を傾けて、親しげに話すその素振りからは、トムとジェリー的なものは感じられない。狼とうさぎの夫婦も普通にいるからな。
この世界の人たちは、もしかして動物じゃなくて、人がベースになっているのかも知れないな。
そんなことをちらりと考えたが、この時の俺は村長の奥さんの対応でそれどころではなかった。早口でしきりに話しかけられ、ハルと一緒に必死で単語帳をめくった。
そして、俺がそのことについて次に考えるのは、随分と後になってからになる。
朝になり、村長の家のキッチンを借りて朝食を作る。村長の奥さんがモツと根菜の煮物を大鍋で提供してくれたので、おにぎりとピクルスだけ用意する。お茶は大岩の家産、柿の葉茶。美肌と貧血に効果があるらしい。
熱々でパワフルな朝食は、みんなの目をイッキに覚ましたようだ。荷物の積み下ろし作業の掛け声が、軽快に響く。
さて、今日はいよいよドルンゾ山に入る。村長の話だと、灰色狼の大きな群れが出来ているそうだ。ハザンとトプルが少し深刻な顔で、何か話し合っている。夜番の話や武器の話をしているようだ。
対照的に、ヤーモとガンザは非常に楽しそうだ。ドルンゾ山で採れる、旬の木の実や獲物の話をしている。
ドルンゾ山脈は茜岩谷側はゴツゴツとした岩山が多いが、ラーザ側は豊かな自然に恵まれているらしい。
大人のこぶしほどの大きな豆や、各種の木苺、野生の芋類などが実りの季節を迎えているという。それは楽しみだな!
俺とハルは、みんなが話している言葉を聞いてから単語帳をめくる。なんとなく意味を把握した時には、その話は終わってしまっている。
少し残念な気持ちにもなるが、宇宙語に聞こえていた頃に比べたら格段の進歩だ。それに、俺たちに話しかける時は、みんな待ってくれる。
ロレンが『アッセラ・マセーナ!(出発)』と声を上げ、ガンザが『ほうほう、ほう、やー』と、歌うように応える。
馬車が走りはじめる時、必ず繰り返されるやり取りだ。
「おとーさん、あれかっこいいよね! ぼくも言ってみたいな」
「へぇ、どっちがやりたいんだ?」
『ほうほう、ほう、やー!』
ハルがガンザの真似をして、唱える。
先頭の馬車から『お! ハル坊うまいもんだな! 次から替わるか?』とガンザの声が飛んでくる。
ガンザのピンと尖った三角耳は、さずが高性能だった。ハルが『やる! そのうち大きくなったら!』と、顔を赤くしながらも言った。
ロレンが『それは楽しみですねぇ』と言い、馬車が走り出す。ドルンゾ山から吹き下ろす強烈な風で、幌がバタバタと音を立てる。向かい風をものともせず、馬車は一路、ドルンゾ山をめざす。




