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お父さんがゆく異世界旅物語  作者: はなまる
第一章 スローライフと似顔絵屋さん

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第十三話 そして、旅立ちの朝へ

 シュメリルールの街へ着き、リュートの家のうまやに大岩の家の馬をつなぐ。馬を返しに行ってもらわなければならないのだが、できればリュートに気づかれないうちに、キャラバンの集合場所へと向かいたい。コソコソと置手紙を書いていると、後ろから声をかけられた。


「ヒロト、黙って行くつもり?」


 やっべぇ、見つかった。


 リュート相手に湿っぽくなるのが嫌だったのだが、見つかると気まずさが半端ない。


「まったく、泣き虫なんだから」


 泣いてねえ! ハルくん、お父さん泣いてないから!


 仕方ないので書きかけの置手紙を渡す。


『リュート、この二か月、色々世話になった。帰って来たらまたよろしく頼む』


 声に出して読みやがった。この性悪め。 


 黙って革ひもに通した金貨の束を差し出す。


 リュートには本当に世話になった。俺が一人でシュメリルールまでの来られるようになるまで、往復の護衛を引き受けてくれた。金が稼げるようになるまでは、画材代からメシ代、図書館への入館料まで、すべて立て替えてもらった。下積みの若手芸人を支える、学生時代からの彼女のようだ。


 なんとか似顔絵屋で金が稼げるようになった頃、何度か金を渡そうとした。今まではぐらかされて、受け取ってもらえないままだったのだ。


 受け取れないと言うリュートの手に無理やり握らせる。大阪のオバチャンの強引さを参考に、なんとかねじ込む。リュートは少し困ったように笑い、ちょっと待っててと言い家へと戻り、すぐに何かを持って戻って来た。


 餞別せんべつにと渡されたのは、リュートがいつも腰に下げているのより、ひと回り小振りのナイフだった。リュートはサラサスーンの街で、鍛冶屋を営んでいる。最近親方から独り立ちのお墨付きをもらって、自分の工房を立ち上げたばかりだ。


「こんなの貰ったら、渡した金が意味ないだろ。それに俺は刃物では、たぶん戦えない」


「これは俺の一番の自信作だ。ヒロトに持っていて欲しい」


 コイツはこういう奴だった。こんな風に言われたら、受け取らない訳にはいかないじゃないか。


 ありがとう(タカーサ)。大切にする、と言うと、絶対に無事に戻ってとハグして来た。外人かよ!


 いや、異世界人だった。




 街の入り口で見送ると言うリュートを、どうにか振り切って歩き出す。ハルが俺の顔をうかがうように見上げてくる。


 だから泣いてないって!


 コイツめ! と思い、頭を掴みガシガシと左右に振ってやる。キャハハと声を上げて笑うハルと並んで、広場を横切る。


 俺がいつも似顔絵屋を開いていた広場だ。この世界の文字で『しばらく休業します 似顔絵屋』と書いた張り紙が、風にヒラヒラと揺れている。


 ようやく旅立てるという、実感が胸に迫ってくる。


 そろそろハナが起きだす時間だ。俺とハルがいないことに気づいて、泣いているだろうか。



 ハルの口数が少なくなっている。元々ハルは、引っ込み思案で内弁慶だ。この世界に来てからも極端に限られた人としか接していない。これから一ヵ月、ほぼ初対面の大人に囲まれて暮らす。緊張するのも無理のない話だ。


 大岩ファミリーにはあっという間になついたが、あの三人は特別だろう。俺もあっという間に、普段は躊躇ためらうような領域まで明け渡してしまった。人誑ひとたらし、というのは、ああいう人たちなのかも知れない。


 待ち合わせ場所まで来ると、馬車が三台止まっていた。荷物を積む人が忙しそうに行き交い、ネコ耳店長が書類を持って走り回っている。俺はハルの背中を軽く叩いて、ネコ耳店長のところまで歩いた。



 このキャラバンのメンバーは全部で八人。護衛が二人に狩人が二人、ネコ耳店長とその助手。それに俺とハルだ。


 護衛は黒い縁取りがある、白耳のハザン、その弟だと言うトプル。同じく縁取り耳だ。ふさふさの尻尾からして、たぶん狼だな。ハザンは俺と同じくらいの年齢だ。


 モップのようなドレッドヘアに、大きな垂れ耳のヤーモ。ハンガリーだかの牧羊犬にあんな感じのがいたな。山育ちで食べられる植物やキノコに詳しいらしいので、色々教えてもらおうと思っている。


 ふわふわ巻き毛に小さな立ち耳のおっさんは、みんなにガンザと呼ばれて慕われている、キャラバンで一番の年長者。本当の名前はガンザール、弓の名手でベテランの狩人だ。


 猫科の人特有の瞳が、クールな印象のアンガー。小さな耳と細い尻尾は豹柄だ。骨格にまだ少年の面影があるので、もしかして十代かもしれない。


 そして、ネコ耳店長こと、ロレン。見るからにキレ者でやり手の商人だが、意外と人情家っぽいな、と俺は思っている。


 これから一ヵ月余り、寝食を共にして、命まで預かってもらう旅をする。


 手を軽く上げてロレンを呼ぶ。


「チャルジオ(おはよう)、マッセトーヤ(よろしく)」と挨拶をし、手伝うか? と聞いてみた。


「チャルジオ・ランダ(おはようございます)。もうすぐ終わるから、そしたらすぐに出発ですよ」


 ハルが俺の後ろで、うつむきながら、日本語で『おはよございます』と小さな声で言った。そのあと、意を決したように顔を上げたと思っていたら、『チャルジオ・ランダ! マッセトーヤ!』と大きな声で言いながら、勢いよく頭を下げた。


 そして慌てて単語帳をパラパラとめくる。


「ロンチャは、あとちょっと。アッサラ・マセーナは、行くぞ! とか、出かけるって意味」


 驚いた。どうやらハルは、俺の補佐をしてくれるつもりのようだ。苦手な初対面の大人に、大きな声で挨拶をして、俺のわからない単語を調べてくれた。自分がこの旅について行くことを、ちゃんと意味のあるものにしようとしている。


 ちょっと、本気で感動した。こんな大切な時にナナミがいないなんて! つまびらかに報告して、その瞬間を見逃したことを悔しがらせて、ふたりで夜にこっそり乾杯したい。ハルは健やかに、自分の決めた方向に、成長しようとしている。


 ハルと二人、邪魔にならない場所に移動して、着々と旅の準備が整っていくのを眺める。威勢のいい声が飛び交い、大きな木箱を持った男が行き交う。


 ハルは楽しそうに見物していたが、俺はぼんやりと感動の余韻に浸っていた。



 考え事をしているうちに、準備が整ったらしい。護衛のハザンが近寄ってきて、ハルを荷物ごとひょいと持ち上げた。びっくりしてジタバタと暴れているハルを肩車して「坊主、出発だ!」と、大きな声で言って馬車に乗り込んで行く。もうひとりの護衛のトプルも来て、俺の荷物を持ってくれた。


 いよいよ出発らしい。



 先頭の馬車でガンザが『ほうほう、ほうー、ヤー!』と歌うように掛け声をかけ、ロレンが『アッサラ・マセーナ!』と、よく通る声で叫んだ。荷物満載の馬車が、馬車道をゆっくりと走り出す。


 天気は上々! 風が強くポンチョを巻き上げる。馬車の乗り心地も悪くない。なかなかに上等な旅立ちだ。


 もっとも、茜岩谷の天気はいつもこんな感じなのだが。



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