第七話 大きな商会の小さなキャラバン
二、三日後にリュートが探して来てくれたのは、ラーザ以外にもあちこちに行商の旅をしている、割と大きな商会の、小さなキャラバンだった。護衛の数は二人だが、他のメンバーにも武闘派がいるらしい。このキャラバン、毎日の食事係を探していて、引き受ければ同行の費用を、大幅に割り引いてくれるらしい。
これは願ってもない条件だ。俺は料理が好きだし、得意だ。ナナミが看護師だったこともあり、台所仕事は日常だった。キャラバンの食事係ということは、野外料理になるのだろうか。材料の調達や解体なんかも俺の仕事になるのか?
リュートに付き添ってもらい、詳しい話を聞きに行くことにした。さすがに今回は、俺の異世界語レベルでは無理がある。
▽△▽
「シュメリルールから、ラーザまでは約二週間くらい、往復で約半季節(六十日でひとつの季節)の道のりですね。馬車は三台、護衛は二名ですが、私を含めて他のメンバーもいざという時は戦えます」
リュートと一緒に訪れた、商会の店舗部分の一角で、黒いネコ耳の店長っぽい人が対応してくれた。
ヤバイな、半分も聞きとれない。
(リュート、この人の話し方、他の人と違くねえ?)
こそっと日本語でリュートに聞いてみた。
(うん、丁寧な話し方。学校の先生に似てる)
なるほど。また異世界語のハードルが上がってしまったらしい。
「お願いしたいのは、毎日の食事のこと全般と、馬の世話ですね。狩りや獲物の解体は、メンバーに得意な者がいますので、こちらで引き受けます。力仕事や御者の人員もいますが、手伝ってもらえるなら助かります」
「すみません。彼は異国の人間で、この国の言葉があまり得意ではありません。少しゆっくり発音して頂けますか」
「日常会話も難しいのですか?」
「今は心もとないですが、辞書的な物を持っていますし、学ぶ意欲もあります」
リュートが肘で俺をつつく。何か言ってみろということだろう。
「料理、得意。馬、大丈夫。アルトゥーナ(がんばる)。マッセ、トーヤ(よろしく)」
言いながら頭を下げる。目の前の二人のように丁寧な言い回しなど、とても出来やしない。カタコトもいいところだ。
「事情があってラーザ行きを希望しています。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうか、よろしくお願いします」
リュートも丁寧な話し方をしているので、全ては聞き取れない。だが、俺のために頭を下げて、頼み込んでくれているのはわかる。たった一ヵ月前に、突然現れた厄介者のために一生懸命になりやがって。おまえ、お人よしが過ぎるだろう。
自分の不甲斐なさと、リュートの必死な様子に、つい悪態をつきたくなる。
『これは断られるかも知れないな』。そう思った。
「まあ、大丈夫でしょう。ただ、危険な場合、こちらの意図が伝わらないのは困ります。打ち合わせは必要ですね」
言葉を選びながら、ゆっくり発音してくれる。たぶん俺のために、簡単な単語で話してくれている。だが、丁寧な口調は変えないらしい。
独特の抑揚を持つその話し方は、ともすれば酷薄そうに見える、アーモンドの形の瞳を持つネコ耳の人に、とても似合っていると思った。
「子供を一緒に、ですか? 年は?」
ネコ耳店長が思案顔で言う。
「八歳、男。三歳、女」
「ラーザの街までは山越えもあり、危険があります。盗賊や獣に襲われることは、珍しいことではないんです」
さゆりさんが言っていたことは、特に大袈裟な話ではないらしい。
「八歳の男の子もダメですか? 我慢強く、我儘を言わない子です」
リュートが補足で説明してくれる。この世界の成人は十五歳だが、十歳くらいから働いている子供も多い。
「そうですね。でも三歳はちょっと無理でしょう。責任が持てません」
ハナは無理か。他を当たるか?
その後は、同行のための費用や日程、条件の話になる。ハナの同行を断られたことがショックで、どこか上の空になっていまう俺に代わり、リュートが細かく話を詰めてくれる。
後日改めて返事をすることを約束して、商会を後にした。




