閑話 俺がもらったもの
教会で教えてもらった海辺の街は、全部で五つ。その中で茜岩谷から一番近いのは『ラーザ』という名前の街だった。幸いなことに、この街とシュメリルールは貿易が盛んで、行商人やキャラバンの往き来があるらしい。探せば同行させてくれるキャラバンが見つかるかも知れない。
問題は子供たちなのだが、俺は連れて行くつもりでいた。ラーザまでは山越えがあり、時折り盗賊の被害もあるらしい。危険はあるだろう。でも、さすがに旅の間ずっと、二人を大岩の家に預けておくわけにはいかない。
何よりも俺は、子供たちと長い期間離れる事が、どうしようもなく不安だった。手を離した瞬間にどこかに行ってしまったナナミのように、ハルやハナが目の前から消えてしまったら、俺はどうしたらいいのだろう。そのことを考える度に、まるで地面が透明なガラス板になってしまったようで、不安感に圧し潰されそうになる。
「ダメよ! 絶対にダメ! ヒロトさんはこの世界がどんなに危険か、全然わかってないわ! 日本で旅行に行くのとはわけが違うのよ?」
さゆりさんは大反対だった。キャラバンには護衛がいることが多いらしいが、道中の危険を思うと子連れでの旅など、絶対にやめて欲しいと声を荒らげた。
おっとりしたさゆりさんのその様子に驚いたが、それだけ子供たちのことを思ってくれているのだろう。ありがたいとしか言いようがない。
「「俺が一緒に行くから、大丈夫だ」」
さゆりさんの意外な剣幕に、まるでタイミングを合わせたみたいに、リュートと爺さんが申し出てくれる。
全員似た者親子だ。お人好しで暖かい。この人たちに出会えただけで、この世界に飛ばされて来た事が、全くの悲劇じゃないと思えてくる。
とりあえず、この件に関しては保留にしてもらった。まずは、ラーザまで行くキャラバンか行商人を探すのが先だ。これは、シュメリルールの街に住んでいるリュートが引き受けてくれた。料金の兼ね合いもあるが、なるべくしっかりした護衛のいる事を条件にさせてもらった。
例えば、俺が護衛を雇い、馬車を借りてラーザまで旅をした場合、どのくらいの金貨が必要なのだろう。
まず命を預けるに足りる護衛を雇うのに、だいたい一人につき金貨二十枚。馬車と馬を借りるのに金貨三十枚、食料などの経費で金貨十枚。俺の似顔絵屋の稼ぎだと、三、四か月分くらいだろうか。その間の大岩の家での生活費なども考えると、旅に出るのが半年先になってしまう。そんなに、ナナミを待たせるわけにはいかない。
例えば俺ひとりで旅にでる場合。ハルとハナを大岩の家に預け、リュートか爺さんに護衛を頼み、馬だけ貸し馬屋で借りる。だが、そこまで世話になってしまっては、今の関係ではいられなくなってしまう気がする。第一、旅は一度で済むとは限らないのだ。
それにリュートや爺さんに、金貨を渡してついてきてもらうのは、どうかと思ってしまう。俺は大岩の誰かが必要とするなら、腎臓のひとつや角膜の片方くらい、喜んで差し出す。でもいつか、金や物なんて無粋なものじゃなくて、違う何かを返したいと思っている。
出来れば俺が貰ったみたいな、暖かい何かを。




