第六話 初めてのおつかいクエスト
ナナミが『海辺の街の教会』にいるとわかってはいても、街の名前や地名といった情報がない。あれ以来、謎電波さんは沈黙を続け、電話もメールも不通のままだ。手をこまねいていても仕方ないので、俺は情報を集めはじめることにした。
まずはシュメリルールの教会へ行ってみた。ナナミが世話になっている場所に関係がある神様だ。ついでに、手のひとつも合わせておこう。
この世界の宗教はギリシャ神話に似ている、ような気がする。太陽神がトップで、月や星や水や風など様々な神様がいるらしい。教会はそれぞれの神様に感謝する場所であり、病院や養護施設としての一面もあるそうだ。日本で看護師だったナナミが教会に駆け込んだ事は、渡りに船なのかも知れない。
教会の門をくぐる。宗教の気配というのは、どこの国でも似通っていると思っていたが、この世界でも同様のものを感じる。とりあえず壺は買わないように気をつけよう。
「ティラ・カラシン(こんにちは)」
挨拶をすると、ピンと背筋の伸びた、三角耳の女性が出て来てくれた。ちなみに、この世界のこんにちはにあたる挨拶は『太陽が笑う(カラシン)』という意味だ。
「探す、人、海、街、教会、教える、お願い」
「は?」
俺のとんでもないカタコトに、思いっきり聞き返されてしまう。
「カーニャ・ラザーナ(ごめんなさい)、言葉、下手、です」
「ああ、異国の方ですか。こちらこそ、カーニャ・ラザーナ」
『この人を探しています』とこちらの文字で書いてある、ナナミの似顔絵を見せる。
教会の女性はフルフルと首を振る。知らないらしい。
「教会、海の街。探す、街の名前」
女性が困ったように微笑む。ダメだ、全然伝わらねぇ!
俺は仕方なしにスケッチブックを取り出し、絵を描いてみた。男がキョロキョロと何かを探している絵を描き、自分を指さす。次に海と砂浜を描き、街と教会の絵を描く。教会の中に女を描き、ナナミの似顔絵を指さす。女性はうんうん、と頷いてくれた。
「海のある街にいる、その絵の女性に、会いに行きたいんですね?」
「いるか、わからない。探す、海の街、全部」
「どこの教会にいるか、わからないのかしら? 教会のある、海辺の街の名前が知りたい?」
そう! それ!
俺が頷くと、女性はほっとしたように笑い、地図を持ってきて、指さしながら街の名前をスケッチブックに書いてくれた。そして街に丸印をつけた地図を渡そうとしてくれる。
いやいや、地図貴重品だから! 貰うわけにはいかない。俺はスケッチブックの一番後ろのページに挟んであった、トレーシングペーパーを取り出し、手早く地図を映した。
女性が少し驚いていたので、この世界にトレーシングペーパーみたいな薄い紙はないのかも知れない。やっちまったか? とも思ったが、俺は遠い異国から来た旅の絵描きなので、多少変わったものを持っていても、大丈夫だろう。たぶん、きっと。
俺は丁重にお礼を言い、教会を後にした。といっても、お礼の言葉など『タカーサ(ありがとう)』しか、知らないのだが。
教えてもらった海辺の街は全部で五つ。当座の目標としてはこれで充分だ。目標が定まったこともある。だが俺はリュートの力を借りずにひと仕事終えたことが、何よりも嬉しかった。いい年をしたおっさんが、初めてのお使いが成功してニヤニヤしているなんて、我ながらかなりキモイ。
『教会へ行く』→『教会のある、海辺の街の名前を聞いてくる』。たったこれだけのクエストだ。この世界の住人ならば、それこそ、子供だって簡単にできることに、必死になって、汗も恥もかいて、おまけに絵まで描いた。
その上、ようやく成功した達成感で、口元がニヤつくのを抑えられないなんて、とてもハルには見せられない姿だ。リュートになんか見られた日には、動揺して逆ギレしてしまうかも知れない。
だが、悪くないな。うん、なかなか、悪くない。




