閑話 なんの言い訳にもならない
「ねえ、ばーちゃん。ここは異世界なのに魔法はないの? 」
ある日、どうしても魔法が使いたいらしいハルが聞いた。台所でジャムがくつくつと煮える、穏やかなある日の午後のはなしだ。
「火とか氷とか出したり、空を飛んだりする魔法?」
「うん、魔法使いはいないの?」
「そうねぇ、サラサスーンにはいないみたいよ? でも鳥の人なら空を飛べるんじゃないかしら」
ふうん、とハルが言う。鳥の人では不満らしい。人型の知的生命体が鳥に変身して空を飛ぶ。充分過ぎるほどの不思議現象だと思うが?
「スーパーサイヤ人とかカメハメ波とかは?」
おお、具体的だな。
「サイヤ人はいないけど、スーパーな感じにはなれるわよ! カメハメ波は武術の達人だとできるみたい」
「ほんと? すごい! どーやるの?」
マジで!? 著作権とか大丈夫?
「あのね、私は耳が良くなるの。耳のつけ根あたりにうーんってチカラを集めるの。そうするといつもより遠くの音が聞こえるのよ」
能力強化か? それはすごいな。
「ハルくんたちがこの家に初めて来た夜ね、私が何となく聴力強化を使ったら、ハナちゃんの泣き声が聴こえたのよ」
その節はお世話になりました。いや、今も世話になってるけど。
「ずっとはできないから、ブーストかける感じかしら。人それぞれでね、リュートは早く走れるようになるし、カドゥーンは高く跳べるようになるのよ」
ハルが興奮して立ち上がる。
「それ、ぼくもできるようになりたい!」
ハル、気持ちはわかるし、そりゃあお父さんだって、できるようになりたい。でも、それ耳とか羽根とか生えてからじゃないか?
「あ、そうかも知れないわね。耳生えてからだった気がするわ」
「ばあちゃん、耳、どうやったら生えてくるの? 結婚しないとダメ?」
「え、あの、どうだったかしら。結婚する前だったと思うけど。どうして耳生えてきたのかしら。私もわからないのよ。ごめんなさいね」
「ぼくがんばってみる! 耳なくてもできるかも知れないから! あと耳が生えてくるようにがんばる!」
えっ! 積極的に生やす方向!? ハルくん待って! それ人生に関わることだから!
さゆりさんとハルで、話が盛り上がる。チカラの集中のやり方とか、カメハメ波が出せる人の話とか、ハルの目は輝きっぱなしだ。ヤバイ。このままだと、修行がはじまってしまうかも知れない。
「ハル、まずは身体を鍛えることからはじめよう。地力がないとブーストもなにもないだろう?」
さゆりさんに目で合図しながら言う。
「そ、そうよハルくん。まだ子供なんだから、無理しちゃだめよ」
「ぼくはもう八さいだから、子供じゃない。それに、子供だからなんて、なんの言いわけにもならない」
ハル、八歳は充分子供だ。あと、そのカッコイイの、誰のセリフ!?
案の定、ハルの修行ははじまってしまった。毎朝毎晩、集中力を高めるために正座している。座禅は組めなかったらしい。カメハメ波が出るようになるまで頑張るそうだ。お父さん、その前に第三の目が開きそうで心配だよ。サラサスーンに滝がなくて、ホント良かった。
ハルのこの習慣は、大人たちが理由を忘れたその後も、ずっと続けられた。ハルの、この諦めの悪い感じは誰に似たのだろう。
――ああ。間違いなく、俺だな。




