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お父さんがゆく異世界旅物語  作者: はなまる
第一章 スローライフと似顔絵屋さん

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第五話 それが罪だというのなら

 この世界の言葉を勉強しはじめて一週間くらいたった頃だろうか、さゆりさんが納戸の整理をしながら俺を呼んだ。


「ヒロトさん、いいもの見つけたわ! コレ使えるわよ~」


 渡してくれたのは、単語帳だった。てか、単語帳ですよね?


「そう。この単語帳、私が異世界語を覚えるのに使っていたのよ」


 パラパラとめくると、表に日本語での意味、裏に片仮名で異世界語の発音、その下にこの世界の文字が書いてある。『動詞』と『名詞』と『形容詞』の三冊があり、名詞には簡単なイラスト付き。


「これ、凄いですよさゆりさん! もっと早く見せて欲しかったです」


「ごめんなさいね。三十年以上も昔のことよ? 忘れちゃってたの」


 ほほほ、と誤魔化ごまかすように笑った。さゆりさんは三十年以上、といつも言う。実際三十年と何年なのか教えてくれない。リュートやパラヤさん(リュートの姉ちゃん)の年齢を考えると、三十五年以上だと思う。決して踏み込んではいけない気がして、聞いたことはない。


 単語帳に添えられたイラストは、ハナの描く絵に似ていた。




 実際さゆりさんの単語帳を使うようになると、シュメリルールの街で言葉の苦労することが格段に少なくなった。そして、似顔絵屋をやっている時、買い物をしている時、俺がパラパラと単語帳を捲っているのを珍しそうに見る人はいても、怒ったりかしたりする人がいなかった。


「にいさん、異国の人かい?」とか「どうりで変わった絵を描くと思ったよ」とか言いながら、辛抱強く待ってくれる。これはサラサスーンの人たちがのんびりしているせいなのか、それとも俺があまりに危なっかしく見えるのか。ありがたく、そしてなんとも暖かい。


 単語帳のページは日々増えていく。慣用句的な使い方を付け足したり、イラストを書き直したものと差し替えたりもする。元のさゆりさんのページは大切にしまっておく。


 これはさゆりさんがたったひとり、この世界と戦った記録であり足跡だ。俺にはとても、ないがしろになんてできなかった。



 単語帳とは別に、図鑑も作りはじめた。主に植物図鑑と動物図鑑。旅には、毒のある植物や食べられる木の実、危険な生物の知識は必須だろう。スマホのカメラとメモ機能を使ってサラサスーン動植物を片っ端から写真に収めた。


 植物なら毒の有無と薬効、動物なら危険度と主な習性。あとは食べられるとか、美味しいとか、料理法とか、どんなところに生えている(住んでいる)とか。


 スマホが壊れた時のことを、考えると心もとないのだが、この世界では本は非常に高い。乾燥地帯で木の極端に少ないサラサスーンでは、紙は高級品なのだ。一度本屋で見せてもらったら、金貨三枚という、とんでもない値段だった。俺が似顔絵屋で稼ぐ五日分くらい。しかも大きくて重いので旅には不向なシロモノだ。そのうち時間があれば自分で描いてみたいなと思っている。


 シュメリルールの街の図書館にも行ってみた。大変な蔵書家だった大きな商店のご隠居いんきょが建てたもので、今は商人の組合が管理しているそうだ。


 ▽△▽



 受付で料金を払い中に入ると、小学校の教室くらいの広さだった。背の高い本棚が列をなして並び、窓際にテーブルと椅子がある、なかなか立派な図書館だ。貸し出しはしていなくて、閲覧えつらんのみ。書き写すのは問題ないそうだ。


 まずは地図を探す。ここは『パスティア・ラカーナ』という大陸らしいが、その他の情報がイマイチはっきりしなかった。俺は一応『子連れで旅をしている異国の画家』という設定なので、その異国がどの辺なのか調べておこうと思ったのだ。


 地図のコーナーへ行き、適当にパラパラとめくってみる。うーん、世界地図のようなものが見当たらない。この大陸と周辺の島々、あとは隣接する大陸の一部が記載されているのみ。これは思ったより人の移動が少ないのかも知れない。


 世界観はどうなっているのだろう。天動説や地動説を口にしてもいいのだろうか。そもそもここが惑星だという保証がない。もしかして俺の思いもよらないファンタジー世界なのかも知れない。亀の背中だとか、神々の箱庭だとか。


 考えたら足元がスース―してきた。あとでリュートに聞いてみよう。


 とりあえずシャッター音が聞こえないように、こっそりとスマホのカメラを使う。大陸の地図の他にも、街道などの道や、街や村の名前が見て取れる地図を中心に、片っ端から撮っていく。本屋で見せてもらった地図も、シャレにならない値段だった。


 めぼしい地図を撮り終わったので、図鑑のコーナーへ移動する。


 植物図鑑と動物図鑑らしきモノを探し、こちらも写真に収める。特に悪いことをしているわけではないのに、何となく気がとがめる。スマホやカメラなんて、この世界ではオーバーテクノロジー以外の何物でもない。


 だが、言葉を覚えるのも、危険に対処できる手段を身につけるのも、この世界のことを知ることも、どうしても必要なことだ。そのために多少のチートアイテムくらい使わせてもらう。スリングショットを作ったことも、地球の知識を使うことも、この世界に後々影響があるのかも知れない。


 そのことが罪だというのなら、俺は罰でもなんでも受けようと思う。ナナミの元へ辿り着くためなら、俺は4WDのジープだろうが、飛行機だろうが、どこでもドアだろうが、作ってしまうだろう。


 残念ながら、作れないけどな。



 必ず迎えに行く。だからナナミ、ひとりでも負けないでくれ。俺が行くまで、どうかつぶれないでくれ。

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