第三話 例えこの手が血にまみれても
シュメリルールの街へ日常的に出かけるようになって、わかった事がある。
この世界の常識と大岩の家は、かなりかけ離れている。
さゆりさんは日本にいる時スローライフに憧れていて、自給自足に必要な知識を調べるのが趣味だったらしい。そんな人が三十年以上に渡って、労力を惜しま試行錯誤を繰り返したのだ。
しかもネイティブの万能アドバイザー兼スーパークリエイターの爺さんが一緒だ。大岩の壁の中は、適度な便利さと絶妙なもどかしさを兼ね備えた、手作り感溢れる寛ぎ空間と化している。
こんなペンションがあったら、ナチュラル志向のOLとかに受けるのではないだろうか。食事は全て庭の畑で採れる、完全有機農法の野菜とジビエのみ。毎朝のパンやベーコンだけでなく、味噌や醤油も手作り。庭の野菜を使ったピクルスや、手作りジャムも絶品だ。
もてなしてくれるのは、ぶっきらぼうな枯れイケメン爺さんと、あらあらうふの可愛いお婆さん。今なら天真爛漫幼女と、ショタ垂涎の純粋系はにかみ少年の笑顔にも会える。予約殺到間違いなしだろう。
ただし『注)二度と帰れないかも知れません』と、注釈が付く。
うん、途端にホラーっぽくなったな。都市伝説のようだ。
閑話休題。
サラサスーンの人たちは、ドラム缶風呂もピーラーも、ハンモックも使わない。醤油や味噌はもちろんのこと、豆腐や梅干しや肉まんも知らない。蚊取り線香、木製の竹トンボ(サラサスーンには竹は自生していない)、洗濯バサミ付き物干し、泡だて器、大きなヘビの革を使った畑用のホース。数え上げればキリがない。
大発明というよりは、主婦の知恵袋的なものが多いのが、いかにもさゆりさんらしい。
それらは全て、さゆりさんと爺さんが似たような材料を探すところからはじめて、長い試行錯誤の末作り上げた地球の知識チートの賜物なのだ。
さゆりさんに、なぜ内緒にしているのか聞いてみたことがある。
「だって誰にも聞かれなかったわ。特に内緒にしてないのよ? カドゥーンも子供たちも、ほとんど友だち連れて来ないし、近所には誰も住んでいないんだもの」
と、ぶーたれて言っていた。荒野の一軒家という立地条件と、忌み地に住む変わり者として過ごすうちに、気づいたら三十年以上たっていたらしい。そして爺さんと二人、自重しないで趣味に勤しんだ結果、大岩の家は独自の発展を遂げてしまった。
まるでガラパゴス諸島のようだ。
大岩の家にはあって、他で全く見かけないものの中に『ゴム』がある。台所にはゴムパッキン付きの瓶があるし、下着や子供用の帽子、靴の底にも使われている。
「ゴム? ゴムは大変だったのよ~。サラサスーン中の木の樹液を片っ端から試したんだけど、上手くいかなくてね。もともとサラサスーンには木が少ないから、諦めてたの。二十年くらい前かしら? シュメリルールでイチジクに似た果物を見かけたから、ダメモトで栽培してみたのよ。そしたら大成功だったの! それでね――」
さゆりさんはこの手の話をはじめると、非常に長くなる。それにしても、ゴムのために木の栽培からはじめたのか。凄まじいな。ちなみにゴムの木の一部はイチジク属なのだそうだ。
大岩産のゴムは伸縮性も良く劣化にも強い。手作りとは思えない程、ゴムとしての性能か高い。
これならイケるかも知れない。
俺はある日、武器をひとつ作ってみる事にした。
▽△▽
『スリングショット』。玩具としての名前はゴムパチンコ。ウソップの使ってるアレだ。ゴムがあるならきっと作れるはずだ。俺は設計図を書き、爺さんと相談をはじめた。
材料や部品、打ち出す玉について話し合う。やべぇ、めっちゃ楽しい。
まずは試作品としてシンプルなモノを作る。本体は木で定番のYの字形、ゴムに革を固定して、この部分で石や玉を掴んで打ち出す。ハルの夏休みの自由研究で作れるくらい簡単だった。
庭に出て試し打ちをする。そこら辺に転がっている、石や木の実なんかを撃ち飛ばしてみる。思ったよりずっと簡単で、しかもけっこう飛距離が出る。ハルにもすぐに出来た。爺さんは意外なほどの威力に目を見開いて、ニヤリと笑った。この顔は何回か見たことがある。面白いことを思いついた時の顔だ。
俺は爺さんと相談しながら、ラフ画を何枚か描いた。大きさや形状、素材なんかを改良すれば、殺傷能力が上がるかも知れない。より強く、正確に玉を打ち出すために、有効そうなアイデアを絵に描いた。そして、描きながら少し怖くなった。
爺さんとリュートの協力があれば、強い武器が作れてしまうかも知れない。
殺傷能力が高い武器――。身を守るため、狩りのために必要だ。牙や爪を持たない俺とハルには、なおさら必要だろう。だが俺は未だに、狩りで獲物の命を奪うのに慣れることができない。日本での生活で持っていた倫理観は、ここでは邪魔にしかならないというのに。この世界では、動物は可愛いだけのペットではなく、食料であり脅威なのだ。
例えば、ハナが腹を減らして泣いていたとしたら。ハルが猛獣に襲われていたとしたら。
俺はためらうことなく殺すだろう。力が足りなかったら、もっと強い武器を望むだろう。ハナに美味い肉を食べさせるために。ハルの脅威となる存在を退けるために。
ナナミを探す旅には、殺傷能力の高い武器と、この手を血塗れにする覚悟が必要だ。
スリングショットの改良は、リュートと爺さんの合わせ技で急ピッチで進んだ。気がつくと、そげキング並みの等身大巨大パチンコまで出来上がっていた。あんたたち、何と戦おうとしてるんだよ!
俺とハル用の手頃なサイズのモノも、かなり本格的だ。本体はリュートが鍛治仕事の合間に作ってくれた。撃つ時にブレないように腕に固定するアームカバーも金属製。持ち手部分は革紐で巻いてあり、はっきり言ってカッコイイ! 分解すればコンパクトにまとまるのも嬉しい。大小様々な金属の玉もたくさん作ってくれた。スリングショット最大の魅力は、打ち出す玉によって威力を調節できることだ。
俺の腕前は、実用レベルまであと少しというところ。飛んでいる鳥にはまだ当たらないが、十メートル先の的に七割くらいは当てられるようになった。改良により、威力も上がっている。的にしたサボテンは弾けて飛んだ。
あとは俺が、覚悟を決めるだけだ。