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第一話 似顔絵屋はじめました

 ナナミを探しに行くために路銀を稼ごうと思った時、やはり俺には絵を描くことしか思いつかなかった。俺はこの世界に飛ばされる前、日本ではイラストを描く仕事をしていた。特に売れっ子というわけではないが、絵本の挿絵さしえや小説の表紙、ゲームのキャラクターデザインの仕事が途切れずにあった。


 幸いなことに、仕事道具である七十二色の色鉛筆とスケッチブックは常に持ち歩いていた。色鉛筆さえあれば、どこでも絵を描くことができる。俺はシュメリルールの街で『似顔絵屋』をやってみることにした。


 ▽△▽



 広場の木や風車小屋の壁に、あらかじめ用意してあった見本の似顔絵を何枚か飾る。シュメリルールの風景画やナナミの絵も飾る。俺の座る箱と、対面に客の座る椅子を用意して『似顔絵描きます。銀貨一枚~』と書いた看板を正面に立てかける。


 似顔絵屋の、開店準備完了だ。


 客とのやり取りに必要な言葉は、リュートにこの世界の文字でスケッチブックに書いてもらった。『似顔絵を描きますか?』から『料金は銀貨一枚です』までを順番に見せればいい。いざという時のために『私は言葉が話せません』も用意した。


 まずはリュートにさくら役をやってもらう。俺が目で合図すると、リュートが頷いて客の席に座る。


 この世界のこういう所作しょさは驚くほど日本と同じだ。頭を下げて感謝、頷くと肯定や了解、左右に振ると否定。首を傾げると疑問、呼ぶ時は手の平でおいでおいで。言葉の話せない俺にしてみると、ものすごく助かる。


 リュートを輪郭から描いていく。俺は人物スケッチが割と好きではあるが、向かい合って描く機会はあまり多くはない。


 リュートはなかなかキリっとした精悍せいかんな顔立ちをしている。耳や尻尾はさゆりさんのものだが、髪の色は爺さん譲りの薄い茶色だ。日本人よりも若干彫りが深く、目の色も薄い。細身だがしなやかな身体も爺さんに似ている。


「ヒロトにそんなに見られると、なんか照れる」


 そういうこと言われると、こっちも恥ずかしくなるんだって。大の男が二人、照れながら向かい合う異様な光景じゃあ、客が寄り付かないだろう!


 この世界に来てからというもの、自分の役立たずっぷりにはへこみっぱなしだ。仕事道具の画用紙ひとつとっても、無一文の俺はリュートに買ってもらう。リュートの護衛なしではシュメリルールまで来ることすらできない。そのたびに俺のメンタルはガリガリと削られまくる。


 たいして親しくもない男性に奢ってもらって平気な顔をしている、日本の娘さんたちの精神構造はどれだけ強靭きょうじんなのだろう。


 絵は俺の最後の砦だ。


 リュートの似顔絵が完成に近づくにつれ、どんどん自信が持てなくなってくる。誰も興味を持ってくれなかったら? 銀貨一枚は高すぎるか? そもそも似顔絵を描いて欲しい人など、いないんじゃないか? 果ては、自分の絵の才能にまで疑問が湧いてくる。




 胃が痛くなってきた頃、ひと組の親子連れが立ち止まってくれた。ハルくらいの年頃のうさ耳少女が、俺の手元を覗き込む。


「うわー! おじちゃん、絵上手だねぇ。あのお兄ちゃんそっくりだよ。(リュート訳)」


 母親らしきうさ耳さん手をくいくいと引く。


「ねーねー、お母さん、似顔絵屋さんみたいだよ。描いてもらおうよ!(リュート訳)」


 リュートが席を立ち、親子連れに座るように促すと、母親のうさ耳さんは少し恥ずかしそうにしながらも、椅子に座ってくれた。うさ耳少女は膝の上だ。俺はぎこちない営業用スマイルを浮かべて、二人の前に座る。


 似顔絵を描く時のコツは、まずは服装や髪形、小物をしっかり描くこと。それから顔の特徴的な部分を三割マイルドにして描く。女性のシワは見なかったことにしてふわっと表現する。本人に渡す場合と、それ以外の用途では多少違ってくるのだが。この世界の場合、あとは耳と尻尾さえきっちり押さえておけば、割といい感じに仕上がってくれる。

 

 記念すべき最初のお客さんだ。つい気合が入ってしまい、隅の方に三頭身のキャラ絵を書き足す。描き上がった絵を二人に渡すと、うさ耳母さんは満更でもなさそうに、うさ耳少女はぴょんぴょんと飛び上がって喜んでくれた。


 見物していた何人かが、親子の絵を覗き込んで口々になにか言っている。リュートが小声で教えてくれた。


「褒めてるよ、似てるって。美人に書いてもらって良かったなって、からかってる」


 その、からかっていたらしい男が、ドスンと客用の椅子に腰を下ろし、ニヤリと笑って言った。


「俺も書いてくれ。男前オトコマエに頼む(リュート訳)」


 その後も途切れ途切れではあるが客が座ってくれて、夕方までに八枚の似顔絵を描いた。


 ▽△▽



 夕方の人気がなくなっていく広場で、椅子や看板を片付けて、俺は大きく伸びをした。風が麦わら帽子を飛ばしそうになる。慌てて抑え、風の行方を目で追う。サラサスーンの風は、ナナミのいる街まで吹いてゆくだろうか。


 似顔絵を大事そうに持ち帰る人たちの後ろ姿は、俺の胸に暖かいものを灯してくれた。この世界でもできることがある。今日もわからないことや、できないことばかりの一日だったが、最後はなかなかの気分で暮れてゆく。


 そういえば、大学を出て就職もせずに絵を描いていた頃、初めて俺の絵に金を払ってくれた人がいた。俺はその金を握りしめて、親父を誘って呑みに行った。


 電車が通るとガタガタ揺れるような安い居酒屋で、その中でも一番安い日本酒を注文した。親父はいつもの仏頂面が嘘みたいに上機嫌で、俺の絵が売れたことを恥ずかしくなるくらい喜んでくれた。そして酔っぱらった頃、俺はお前の絵がけっこう好きだ、と照れながら言った。


 あの日呑んだ安い酒を、俺はその後も良く注文した。あの日があったから、俺は今も絵を描いているんだと思う。そして絵は、ずいぶん遠くへ来てしまったこの世界でも、俺を助けてくれている。


 今日は少し大岩の家へ帰るのが遅くなっても、リュートを誘って安くて不味い酒でも呑みに行こう。それくらいは、ハルやハナも、きっと許してくれるだろう。

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