閑話 アルバムの中の日本
「ねえ、ヒロトさんの携帯、見せてくれない? ほぼ全面液晶ってすごいわね」
異世界語の授業中に、俺がスマホのメモ機能を使っていると、さゆりさんが興味津々で言ってきた。
「スマートフォンっていうんですよ。略してスマホ。さゆりさんのケイタイは今はガラケーって呼ばれてますね」
「ガラケー?」
「ガラパゴス諸島並みに世界基準から外れて、独自の進化を遂げた、って意味らしいです。ガラパゴス携帯、略してガラケー」
「ああ! その何でも略すの、懐かしいわ!」
「液晶画面はタッチセンサーになっていて、こんな感じで操作します」
「すごく薄いのね。すごいわ」
「インターネットがあれば、ナビ機能とか音声入力もできます」
「ほんと? ドラえもんみたいね。未来人に会った気分だわ」
さゆりさんは2004年にこの世界に飛ばされてきたらしい。この世界で過ごした時間は三十年以上だと言っていたので、時間の経過がかみ合っていない。まあ、転移自体が理解できない不思議現象なので、考えてもわかるはずがない。
「充電とかどうしてるの? 私の携帯、三日くらいで充電切れちゃったのよ」
「ソーラーパネル付きの充電アダプターがあります。ナナミも持っているはず。何かあった時のために必ず持ち歩く約束をしています」
まさに何かあったわけだが、電話会社も基地局もない事態はさすがに想定外だった。謎電波さんだけが頼りなのだが、二度の奇跡以来なかなか働いてくれない。
そういえば、スマホのアルバムの中に、秩父夜祭に行った時の写真があったはずだ。スマホを渡すと、ぎこちなくスクロールしながら歓声を上げる。さゆりさんは埼玉県出身だ。
「懐かしい――。日本の風景ね。これ荒川かしら? 武甲山――」
言葉に詰まり、うつむいてしまう。涙がハタハタと落ちる。
「さゆりさん、ゆっくり見て下さい。アルバムの中は全部見て大丈夫です。あ、エロ画像とかあったら見なかったふりして下さい。俺は席を外します」
努めて明るく言い、ドアを閉めた。
『帰る方法は探さなかった』と言っていた。この世界で生きてゆこうと決めたから――と。だが、帰りたいと思わなかったはずがない。俺たちの存在は、思い出させてしまっただろうか。楽しく穏やかに暮らしていた大岩の家族に、余計な波風を立たせてしまうのかも知れない。『今更』という波を。
そして本当にエロい画像が数枚あることに気づいた。今すぐ部屋に戻って説明させてもらいたい。それは仕事の資料ですから!




