第十三話 地球出身者による秘密会議
この世界のことを受け入れた。大岩の家でお世話になることで、生活の基盤も整った。そしてどうやら遠い場所にいるナナミを探しに行くには、旅に出なくてはいけないこともわかった。そのために、まずはこの世界のことを、知ることからはじめる。
講師は、この世界で三十年以上を過ごしてきた大先輩、さゆりさんだ。聴講生は俺とハル。ハルは折り紙を折りながらの、ながら聴講だ。
▽△▽
「なにから話そうかしら」
「そうですね、じゃあ、お金のことから」
さゆりさんは頷いてお財布と思われる小さな袋を持ってくる。
「紙幣はなくて、硬貨のみよ」
金、銀、銅貨が丸くて中央部分に穴が開いていて、それぞれ同じ種類ごとに分けて紐が通してある。日本の五十円玉みたいな感じだ。
「銭形平次みたいですね」
あら良く知ってるのね、と笑われた。
あとは親指の爪くらいの大きさの、四角く薄い小貨があるそうだ。こちらはシャラシャラと小さな袋に入っている。
「小貨が日本の十円くらい、銅貨が百円、銀貨が千円、金貨が一万円くらいの感覚でいいと思うわ。」
わかりやすくて助かるな。出掛ける時は、紐を腰にぶら下げるそうだ。まさに銭形。
「十進法ですか?」
「そう。この世界の人の指が十本で良かったわ」
商売をやっている人くらいしか使わないが、ソロバンがあるそうだ。
「時間は? シュメリルールで時計を見かけなかった気がします」
「うーん。この世界の人は時間にとってもアバウトなの。私は料理するのに必要だったから砂時計を作ったけど、シュメリルールでは『朝、お昼、夕方』に鐘が鳴るだけ。その鐘も『太陽があの辺まできたら』とか、そんな感じだと思うわ。みんな気にしないのよ」
それはなんとものんびりしているな。南の島の大王のようだ。
「暦や季節は?」
「一年が六つに分かれていて、春、初夏、夏、秋、初冬、冬。それぞれが六十日。雇われ人なんかは五日働いて一日お休みね。商売をしている人なんかだと、もう少し細かく分かれているみたい。でも、サラサスーンにはあんまりはっきりとした四季はないのよ」
カレンダーだという、六十個の玉を通した棒を見せてくれた。十個ずづ色が変えてある。なるほど玉を毎日移動させるわけだ。この世界の数字が書いてある。
その後はほとんど雑談になった。
この世界には、多種多様な動物の特徴を持った人たちが暮らしている。地方ごとに『猫科の人が多い地方』や『鳥の人の集落』といった偏りはあるが、ある程度の大きな街には色々な種族が住んでいる。異種族でも結婚は普通にするし子供も作れる。子供は両親のどちらかの種族を受け継ぐそうだ。ちなみにサラサスーンはイヌ科や鳥の人が多い地方なのだとか。
俺たち家族に耳と尻尾がないことについて、他の人たちはどう思うのだろう。
「この世界の人たちは、よほど親しくならないとその人の種族について詮索しないの。だいたい見ればわかるからってのもあるんだけど、礼儀みたいな感じね。だから帽子を被ってポンチョを着てれば、わからない種族の人もいる。耳の小さいネズミの人とか、尻尾の小さい熊の人とかね」
親しくなったら聞かれるかも知れないから、何か考えた方がいいかも知れないな。
面白かったのが、プロポーズの方法だ。それにも動物の特徴が強く現れていて、強さをアピールして決闘するとか、ひたすら食べ物をプレゼントするとか、まず家を建ててしまうとか。鳥の人などは踊るそうだ。求愛ダンスを。
俺、耳生えてこないで、羽生えてきたらどうしよう。愛のダンスを踊るとか、絶対無理。あ、嫁もういるから平気だ。良かった。イヤまじで。ナナミ、ありがとう! 踊らないでも結婚してくれて!
政府や自治体はどうなっているのだろう。
それぞれの街や村が自治する以上の、国レベルの大きな組織は存在しない。大き過ぎる群れを作ることを嫌うのは、獣の本能だろうか。シュメリルールの街などでは、商人や農家、職人、教会のまとめ役がいて、話し合いをして街の運営をしているそうだ。金を出し合って、街道の整備などの公共事業をすることもある。自警団もあるらしい。
街では貧富の差もあるが、自給自足が成り立つ環境なので、罪人でもない限り生活に困ることはないらしい。王様も貴族も奴隷もいなくて、身分もない。良かった! 虐しいたげられたケモ耳少年少女とかいたら、どうしようかと思っていたのだ。怒りに我を忘れて、近代兵器を開発してしまったかも知れない。作り方わからんけどな!
転移当日、俺たちは茜岩谷で、動物を見かけなかった。谷狼に襲われるまで、本当に一匹もだ。これは何故なのだろう。
さゆりさんが、少し困ったように苦笑する。大岩の家から先は『忌いみ地』と呼ばれ、動物も鳥も何故か近づかない。神聖な場所とも、呪われた土地とも言われているらしい。もちろん住んでいる人もなく、旅人も避けて通る。
ちなみに、そんな場所に住んでいるさゆりさん達一家は、変わり者扱いなんだとか。
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「ヒロトさん、カドゥーンとリュートに絶対に教えないで欲しい物があるの」
さゆりさんが真顔になって言った。何だろう。爆弾やマルチ商法みたいな、この世界に持ち込んでは危険な知識だろうか。
「ピタゴラスイッチとカラクリ人形」
「は?」
思わず聞き返す。
「私、カラクリ人形怖いのよ。絶対夢に見るわ」
わかる気はする。あのお盆にお茶を乗せてカタカタ歩くヤツ、めっちゃ怖い。
「ピタゴラスイッチは、収拾がつかなくなる気がするの。ホントは私も好きなんだけど」
ああ、なるほどな。爺さんもリュートも好きそうだ。きっと作りまくるな。
「わかりました。時が来るまで、内緒にしましょう」
第一回、地球出身者による、秘密会議はこうして閉幕した。ちなみにこの会議は、割と頻繁に開催されることになる。