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お父さんがゆく異世界旅物語  作者: はなまる
第九章 忌み地

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第二話 忌み地の謎 其ノ二

 俺はあくびに乗りふたりは馬で、あの日辿った途切れ途切れの細い道を行く。


 二時間程走ると、ロレンが「ヒロト! 止まって!」と叫んだ。


 見ると、ふたりの尻尾が見事にぶわっと逆立っている。


「どうした? なにかあるか?」


「動物も鳥も見当たらない。忌み地に入ったのかも知れない」


 にわかに緊張感が増す。俺はあくびから降り周囲を見回した。


「歩くのか?」


「馬が嫌だ、言ってる。置いていく」


 馬を立ち枯れた木につなぎ、「すまんな、ちょっと待っててくれ」と言いながら首を撫でる。


 馬はしきりに首を振っていたが、突然パクリと俺のポンチョを咥えた。そのまま、もっちゃもっちゃと咀嚼(そしゃく)し始める。


 うおい! 食うなよ!


 なんだろう。腹が減る時間でもない。ポンチョを咥えられた時は「行っちゃだめ! 危険なのよ!」とかそんな感じで止められているのかと思った。


 すまん。おまえの意図が、俺にはさっぱりわからない。


 一張羅(いっちょうら)の大切なポンチョだ。食われる訳にはいかない。(なだ)めすかして離してもらう。手拭いを物入から出し、(よだれ)(ぬぐ)いながら二人のところに戻ると、


「緊迫感が吹っ飛びますね」


 ロレンがクククと笑いながら言った。


「緊張大きいは良くない」


 年長者の威厳を(もっ)て言ってみた。今度はリュートが笑った。



 あくびをどうしようか迷う。見た感じは普段と何ら変わらない。ヤバイと思ったら逃がせば良いか? あくびは笛を吹けばすぐに来る。


 油断しないよう慎重に進む。二人の尻尾は逆立ったままだ。


「ヒロト、音が聞こえる。キーンって、どんどん大きくなる」


 リュートが言い、ロレンも頷く。


 俺にはさっぱり聞こえない。何だろう、モスキート音というヤツだろうか。


 生き物には耳の性能により、可聴域(かちょういき)というものがある。犬笛や象の鳴き声の話が有名だ。犬笛は高い周波数で鳴り、象は低い周波数で鳴き交わしているらしい。両方共人間には聞こえない。


 モスキート音というのは、蚊の羽音のような高い周波数の音の事だ。年寄りは耳の中の繊毛(せんもう)摩耗(まもう)して、高い周波数の音から聞こえなくなっていく。それを利用して、若者除けにモスキート音を店の前で流すコンビニがあるとかないとかで話題になった。


 けれど今、俺にさっぱり聞こえない音が、リュートとロレンに聞こえているのは、俺が年寄りだからという訳ではない。断じて違う。奴らの獣の耳が、俺の耳より高性能なだけだ。誰か、そうだと言ってくれ!


 モスキート音が鳴っているとしたら、さっき馬が俺のポンチョを噛んだのは、歯が浮くような感じが嫌だったのかも知れないな。気持ちはわかるが止めて欲しい。


「これは……」


 ロレンが顔をしかめ耳を折る。


 リュートが足を一歩踏み出し「あ……」と言い、ふっと身体の力を抜く。


「聞こえなくなった」


 ロレンがリュートのところまで歩いて行き頷く。


 俺も三歩進んだところで、身体を覆っていた薄い膜が、ふっと消えたような感じがした。



 ヤバイところまで、足を踏み入れ過ぎてしまったかも知れない。



 俺は何事もなかったかのように佇むあくびを呼ぶ。いつでもあくびに飛び乗れるよう身構える。二人が本気で走ったら、俺の全力疾走程度では足手まとい以外の何物でもない。


 ロレンが音の聞こえる場所と、聞こえなくなる場所を行ったり来たりして検証をはじめる。


「面白い。まるで、ここに見えない壁があるみたいです」


 俺はそれよりも気になる事があった。


 視界の先に、台地が広がっていた。シュメリルールの街がすっぽりと入ってしまうほどの広大さで、滑らかでまったく起伏のない台地は、俺には人工のものに見えた。


「ここで、待つ」


 二人に告げてからあくびに飛び乗り、あたりで一番高い岩山を目指した。


 途中であくびから降り、ほとんど崖のように切り立った岩山をよじ登る。


 あちこち擦りむいたり、スボンの裾を引っかけて破ったりしながら、どうにか頂上まで登りきる。


 頂上に立った俺の目に飛び込んできたのは、驚愕(きょうがく)としか言いようのない光景だった。


 地面には無数の線が走っている。直線と矢印、あれは線画だろうか。線画だとすれば、数百メートルに及ぶだろう。空から見る事を、想定されているとしか思えない大きさだ。鳥の人が描いたのだろうか。なんの為に? あんな巨大な絵をどうやって?


 この世界の人々にとっては、明らかにオーパーツではないのか?



 耳なしの『空飛ぶ船』に関係が、あるのだろうか。



「ヒロト、いいところに連れて行ってやる」からはじまる閑話シリーズ。


第五弾 『トプル』



「ヒロト、いいところに連れてってやる」


 ある日の夕方、トプルが大岩の家のドアを開けるなり言った。


「もう日が暮れる。危険が心配」


「シュメリルールまで行くだけだ。今夜は俺の家に泊まればいい」


 おお、夜のシュメリルールか。それはちょっと楽しみだ。俺はいつも暗くなるまでには、大岩の家に着くようにしていたから、夜のシュメリルールには縁がなかったのだ。酒場がいくつかあるのは知っていたけどな。


 となると、子供たちは留守番か?


「ああ、すまんな。子供は連れて行けない場所なんだ」


 その代わり、と言って、トプルが取り出した箱には、色とりどりの飴細工がたくさん詰まっていた。


「「「わあーい!」」」


 ハルとハナ、そしてクルミが口々に同じ歓声を上げる。


 シュメリルールの飴は色々なスパイスが使われていて、味も色も豊富だ。細工もガラス職人が片手間で作るので、時々とてつもなく凝った品もある。今回トプルが持って来たのは、祝い事に贈られるような上等なものだった。


 透通った赤い谷ウサギは、甘酸っぱい果汁の匂い、乳白色の谷カラスはシナモン、エメラルドグリーンの谷子猫からは、さわやかなミントの香りがした。


「あらあら、食べちゃうのがもったいないくらい、きれいねぇ」


「なかなか腕のいい職人の品だな。動物に動きがある」


 爺さんが珍しく前のめりに評する。細工をしげしげと眺めている。


 子供たちも手に取って、匂いを嗅いだり陽に透かしたりしている。ハナはさっそく一番大きな谷角牛にかぶりついている。ガリガリ噛んでしまい、ハルがあーあもったいない、とため息をついた。


 うん。でもお父さんは、ハナのその思い切りのいいところも嫌いじゃないぞ!


 それにしてもトプルは奮発したな。大丈夫なのか?


「ああ、今日はイケる気がする。大丈夫だ」


 え? なにが?


「ハナとクルミにお願いがある」


 トプルが真剣な顔をして言った。


「ふたりともひたいにさわらせてくれ」


 ちょっと、トプルさん? 事案になる前に説明してね?


「ああ、乙女の額には月神サーヤの恵みが宿るんだ」


 ゲン担ぎか! トプルがどこに案内してくれるのか、わかった気がする。


 トプルは神妙な顔をしてクルミとハナの額を撫でたあと、意気揚々と大岩の家を出た。


 おい! 俺を連れてい行くの忘れてるぞ。



 シュメリルールに日が暮れるギリギリで到着し、酒場で軽く一杯ひっかける。その後に連れて行かれたのは、案の定裏路地にある賭場とばだった。


 シュメリルールはちょっと人口が多いだけの田舎街だ。俺は昼間の呑気な顔しか知らなかったから、こんなアンダーグラウンドな場所があるとは驚きだった。そして漂うちょっといかがわしい空気が、なんとなく懐かしかった。


 うん。俺はちょっとストイックが過ぎたかも知れないな。たまにはこんな雰囲気もいいもんだ。シマは花札のような絵札のカードゲームと、八面のサイコロを使った丁半博打。トプルにルールを説明してもらいながら、まずは見物してみる。


 カードゲームはやくを覚えないといけないらしい。丁半博打は掛け声に独特のリズムがあり、勝負が単純なこともあって見ているだけで楽しい。トプルはカードゲームが好きらしい。


「熱くなりすぎる、ダメだぞ」と声をかけると、大丈夫だと笑いながらテーブル席へと向かって行った。


 俺はどうしようかと少し悩んだが、荷物入れからスケッチブックを取り出した。ギャンブルもいいが、シュメリルールの夜の顔を描く方が面白そうだ。


 トプルは意外にも、銅貨(日本円にして一枚百円くらい)数枚しか賭けずに、カードゲーム自体を楽しんでいるようだ。身を持ち崩すような勝負師じゃなくてほっとした。途中で振り返ったトプルが、


「ヒロト、なんだよ、絵かいてるのか? 勝負しないのか?」と、呆れ顔で聞いた。


「ああ、一枚だけ。あとで遊ぶ」と答えると、しょうがねぇなと呟いていた。



 けっきょくその夜の勝負で、トプルは飴細工代を取り戻したらしく、上機嫌だった。俺は丁半博打に何度か挑戦して、銀貨二枚分くらい負け越したが、久しぶりの大人の夜を楽しませてもらった。


 たまには父親業をお休みするのも、なかなかいいもんだな!


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