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お父さんがゆく異世界旅物語  作者: はなまる
第八章 茜岩谷に吹く風が

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第五話 猛特訓

「ヒロトのくせにやり返そうとかしてんじゃねぇ! 避けろ! 防げ! 守れ! 受け流せ! バカヤロウ! 目つぶるな! 」


 猛特訓中だ。


「切ろうとするな! 殴れ! 大振り過ぎる! 脇締めろ! そう! 隙が出来たら引け! 目を逸らすな! バカヤロウ! 背中向けてんじゃねぇ!」


 もう、ボロクソだ。そしてボロボロだ。


「ハザン、休憩、も、無理」


 仰向けに倒れる。ああ、空が青いな。



「とーたん、あい!」


 ハナが俺の顔を覗き込み、ビシャビシャに濡れた布を被せる。


 ああ、冷たくてめっちゃ気持ちいい。でもハナ、お父さん息が出来ないかも。


 どうにか上半身を起こし、ハナを抱く。



▽△▽


 あの日、なんとか大岩ファミリーに、旅立ちの承諾を得た。リュートは最後まで、俺はヒロトの家族だから一緒に行く、と言い張っていた。妊娠中のラーナを置いて行ける訳ねぇじゃねぇか。アホか。


 つぎはキャラバンの連中に話を通そうと、シュメリルールに行って全員集めた。ロレンの店の会議室っぽい部屋で、


『ナナミらしき耳なしがいる街、または確実に手紙が届いた街の教会』が特定出来次第、三人で旅立つつもりでいる事を伝えた。


 まぁ、多少は反対されるだろうとは思っていた。俺の戦闘力なんて、あいつらに比べたらない(チマ)みたいなもんだ。


 大反対だった。


「俺の大事なハルとハナを危険な目に合わすつもりか!」と、ハザンに言われた。


 誰がおまえのだよ。ハルもハナも俺のだ! それだけは譲らん!



 自分の嫁を迎えに行くのに護衛付きじゃ、格好つかねぇじゃねぇか。


 そんな風に言ってみた。


「今更ですね。ラーザも、ポーラポーラも、ちゃんと商売になりました。ザトバランガ地方は、おいしい匂いがします。ヒロトのためじゃありません」


 ロレンが言った。ツンデレ気味な応えになってるぞ。


「ハナを連れて行きたい。どうしても」


 商会の立場としては、許容出来ない話なのだ。ロレンが口籠(くちごも)る。


 ロレン、俺はおまえを言い負かしたい訳じゃないんだ。上手く説明出来ないけど、願掛け、とか大切な儀式、みたいな気持ちに近い。


 ナナミを家族揃って迎えに行く。この世界に飛ばされて来た日から、そうしたいとずっと思っていた。でも、それは余りにも、余りにも無謀が過ぎた。言葉もわからず、身を守る(すべ)もなく、移動の方法すらなかった。


 まだ万全には程遠い。だが、万全なんて、きっとずっと無理だ。無茶も危険も承知の上で、それでも俺は、三人で旅立つ事を望んでいた。


「まぁ、ヒロトの気持ちは、みんな本当はわかってるさ」


 ガンザが言った。


「おまえら、惚れた女を迎えに行くのに、誰かの手が借りたいか? 仕事のついでに迎えに行く、それでいいのか?」


 ヒロトの男の意地、通させてやれよ。今のヒロトなら、きっとハルとハナを守れるさ。信じてやれよ。



▽△▽




 そんなやり取りの後の、この特訓である。俺に拒否権はない。この後、アンガーによる武器を使わない徒手空拳(としゅくうけん)の特訓が待っている。その後は、トプルの防御術の為の足捌きの練習。


 まだまだ終わらない。ヤーモとガンザのサバイバル術の訓練、ロレンのこの世界の常識と詐欺師や拐かしへの対抗策の座学。


 繰り返し言うが、俺に拒否権はない。




 ああ、空が、本当に青い。


「ヒロト、いいところに連れて行ってやる」からはじまる閑話シリーズ。


第三弾 『アンガー』



「ヒロト、いいところに連れてってやる」


 ある日アンガーが大岩の家のドアを開けるなり言った。骨折がようやく完治したらしく、心なしか晴れ晴れとした表情に見えないこともない。アンガーの表情は相変わらず読みにくい。


「ハルとハナも連れていく。あとクルミも」


 またこのパターンか。


「どこ行く?」


「いいもの見せてやる」


 アンガーはそれだけ言うとふわりと笑った。


「ほわぁー」


 クルミちゃんが妙な声を上げた。


「あら、やだ」


 さゆりさんが口に手をあてて見惚れる。


 アンガーは本当に滅多に笑わない。その貴重な笑顔はキャラバン内で『シロヤマユリの花がほころぶよう』と称されるほど可憐だ。本人はどうやら笑うと幼くなり、女の子のような顔になることを気にしているらしい。


 二人の反応にアンガーが憮然とした表情になる。まったく、そういうところも可愛いんだから!


「ほらほら、行こう! クルミ、ちゃんとした靴履いて。ハル、ハナ行くぞ!」


 ぶーたれたアンガーも促して大岩の家を出る。



 ハルはクーに乗り、俺とクルミがあくび。ハナはまたユキヒョウ姿で俺の肩だ。長い尻尾をクルミがもふっている。


「ハナの尻尾はたまらんね~。あーたまらん。くぅ~」


 サウナの後にビール飲んだ時の、ナナミみたいなこと言ってる。クルミは最近、ようやく俺たちに対する敬語が抜けてきた。俺も意識的に気安く接する。家族ごっこも本気でやれば、けっこう本物っぽくなるものだ。クルミはまだ十二歳。異郷の地で他人に囲まれた暮らしが、平気な年齢ではない。


 俺が考えごとをしているうちに、目的地に着いたらしい。アンガーが馬から降りて、手綱を岩サボテンに繋ぐ。


 目の前には『ドーン!』とSEが聞こえそうな岩山がそびえている。もしやここを登れと言うのだろうか。


「着いた。登ろう」


 言った。


「大丈夫、ほら」


 アンガーが指差す方を見ると、縄バシゴがかけてある。


「クルミは俺が背負う。ハルはヒロト。ハナは大丈夫だな?」


 ハルが口を尖らせて言う。


「ぼく、自分で登れる」


「私は無理です! アンガー、マッセトーヤ(よろしくとかお願いねという意味)!」


 おお、潔いな! クルミは本当にためらわない子だ。決断が早い。


 ハナが俺の頭を蹴って、岩山の足場へと跳んだ。尻尾を左右に振り、楽しそうだ。ハナ、今ガリってなったから! 爪、頭に食い込んでお父さん流血してるよ。


 まったく、ユキヒョウ幼女の父親も楽じゃないな。


 アンガー、ハル、俺の順番でハシゴを登りはじめる。ハル、下見るなよ! ハナはあっという間に頂上付近までたどり着き、人の姿に戻って裸で手を振っている。


 ダメ! ハナ、危ないから人間ダメ! 早くユキヒョウに戻って!


 ハルが歯を食いしばって必死にハシゴを登ってゆく。近頃のハルは時々こんな風になる。自分がハナよりも足手まといかも知れないとか、ハナちゃんズルイとか、でもハナちゃんはぼくが守るとか、色々葛藤かっとうがあるらしい。少年の悩みはかくも眩しくほろ苦い。


 汗だくだくになりながら、ようやく頂上に登り切る。先に着いていたアンガーとクルミが、低木に身を隠すようにうずくまり、手をひらひらとさせながら俺たちを呼ぶ。


 見ると、洞窟があり、中から茶色い毛の塊がポロポロと飛び出してくる。


 谷子猫の親子だ。谷子猫は、子猫のように小さい猫で、岩山や洞窟に住んでいる。それはそれはキャルカ(可愛い)な動物なのだが、臆病で用心深い性質なので、なかなか近くで見ることができない。ましてや子供連れなど初めて見た。


 親でさえ地球産の子猫サイズ。子猫はマグカップに入るだろう。親猫の尻尾にじゃれついてはコロコロと転がっている。これは眼福だな。


 クルミちゃんが真っ赤になって、口をパクパクして身もだえる。


(触りたい手のひらに乗せたいスリスリしたぃぃぃ!)


(ちっちゃくて、ふわふわだ! だっこしたい!)


(かーいーねー。ハナちゃんもだっこしたい!)


 いつの間にかまた人の姿に戻っているハナに、物入れからポンチョを出して被せる。


(二、三匹捕まえて帰るか?)


 アンガーが三人に聞いた。


 一瞬目を輝かせた三人は、幸せそうにじゃれ合っている岩子猫を眺めてから、


(ダメ、そんなの可哀そうだよ)


(うん、見てるだけでいい)


(ハナちゃんも、がまんしゅるよ)


 と、口々に言った。


 岩子猫はしばらくの間、ふくふくと膨らみながら日向ぼっこをしてから、やがて洞窟の中に戻って行った。


「また来よう。そのうち仲良くなれるかも知れない」


 アンガーがそう言うと、三人は間髪入れずに声をそろえて言った。


「「「うん、また連れて来て!」」」



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