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お父さんがゆく異世界旅物語  作者: はなまる
第六章 耳なしの民話とバレリーナ

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第八話 さらさらと巡る砂

 三日後、アンガーが退院したので出発する事になった。


 左手は当分動かせないらしく、太腿の傷口が安定するまで歩くのも控えるように言われたそうだ。治療院(マヌーサ)へ行くまでは、ひょこひょこと片足で動き回っていたが、やはり重傷だったらしい。


 珍しく仏頂面で馬車によじ登ると、背中を向けてふて寝してしまった。キャラバンの足を止めた事を気に病んでいるのか? 普段は、喜怒哀楽をあまり表情に出さないアンガーだけに、弱っているその姿が心配になる。


 大活躍の名誉の負傷なのだから、気にする事なんてないのにな!


 それに俺たちは、アンガーの入院のお陰であくびの身請け金を、なんとか都合をつける事が出来た。


 せめてアンガーの好物を、たくさん作ってあげよう。ハルも着いて歩いて、甲斐甲斐しく世話を焼いている。



 肉食系の訳アリ熟女パラシュ、二ノ宮あくび! なんとか晴れて、うちの子となりました!!


 三日間で、ハルの折り紙作品の在庫をほぼ全て放出し、クルミちゃんが踊りまくり、俺もフル回転で似顔絵を描いた。そうしてロレンに三人揃って頭を下げ、俺とハルのこの旅での給料を、全額先払いにしてもらった。


 それでもまだ、ほんの少し足りなかったので、貸しパラシュ屋に行き、オヤジさんの似顔絵を描き、クルミちゃんの踊りを披露(ひろう)し、ハルの折った金銀のパラシュも進呈した。


 オヤジさんは「惚れ込んでもらって、良かったなぁ、おまえ」と、言いながら、あくびの首の後ろを掻いた。


「こいつは卵は産めねぇが、力もある、足も速い、いいパラシュだ。どうか可愛がってやってくれ」


「タカーサ! タカーサ、タカーサ!」


 俺はありがとうの意味の『タカーサ』を三度くり返した。この世界の言葉は、繰り返す事で意味が深く、大きくなる。俺はなんとなく気恥ずかしくて、繰り返して使う事がなかったのだが、口に出してみたらとても良い表現方法だと思った。


 伝えたい事を、その大きさを伝えるために、繰り返す。素朴でバカ正直なこの世界の人たちに、相応(ふさわ)しい表現方法だ。


 ハルがクルミちゃんに会話の内容を伝え、ふたりが歓声を上げる。


「いくら(なつ)いていても、パラシュはとても危険な生物だ。それは忘れないでくれ。こいつにおまえさんたちを噛み殺すなんて悲しい事を、絶対にさせないと約束してくれ」


「忘れない。約束する」


 俺は、大切で、とても重い約束をした。



 そうして、あくびは、二ノ宮あくびになった。




 さて、ふて寝したアンガーを乗せた馬車と、あくびに立って騎乗したトプルが並走して街道を走る。クルミちゃんやハザンの曲乗りを見た留守番組は、全員が目を丸くして『俺にもやらせろ!』と意気込んで言った。馬車の旅の運動不足の解消と暇つぶしには、持って来いの遊びかもな。


 結局盗賊が置いて行った二匹のパラシュは、貸しパラシュ屋に引き取ってもらった。ロレンは連れて帰りたかったようだが、今は無理と判断したようだ。


「パラシュ用の曳車(ひきぐるま)を開発して、危険防止の口輪、専用の待機場所も必要ですね」


 などとブツブツ言っていたので、諦めてはいないらしい。


 ちなみに、盗賊の武器やパラシュを売った金は、キャラバンの全員にボーナスとして給料に上乗せしてくれるらしい。良かった。二か月以上の旅で、手ぶらで大岩の家に帰るのは避けられそうだ。


 クルミちゃんとあくびを連れ帰る時点で手ぶらではないのだが、それは更に気が引ける材料だ。迷惑にならないよう、俺が責任を持つには、まずは甲斐性が必要だ。甲斐性か。髪の毛大丈夫かな。


 もうじき砂漠とサラサスーン地方の、境界線に位置するトンネルが見えてくる。砂漠の旅もそろそろ終わりが見えて来た。


 砂漠では、ブーツにいつの間にか砂が入り込んでいて、鼻をかむとざらざらする。野営で料理中に風が吹くと最悪だ。夕方起きると頭に砂が積もっている。砂に足を取られ、歩くだけで修行のように疲れる。水が貴重になるので、風呂どころか、顔もろくに洗えない。昼間はアホかと思うくらい陽射しが強く、夜は息が白くなるほど冷え込む。まったくもって人間の住める場所とは到底思えない。


 それでも、俺は砂漠の旅が悪くないと思っていた。砂を踏みしめる感触も、さらさらと風に流れる音もなかなか味わい深い。キリキリと締め上げるような冷え込みに、()え渡る夜空は見惚(みほ)れるほど綺麗だし、視界いっぱいに広がる、赤味の強い砂丘と青い空。こんな景色を見せられたら、何もかも許してしまいそうになる。



 砂漠の生活は厳しい。オアシスのある街以外では、すぐ隣に死が座っている。サボテンは砂の流れる環境では育たないのだ。そんな厳しさの象徴みたいな砂を、砂漠の人たちは受け入れて寄り添うように暮らしている。


『おまえに砂がさらさらと巡りますように』


 砂漠に人たちは、そんなふうに、別れの挨拶を交わす。この世界の、その土地に根差した別れの挨拶が、俺はとても好きだ。



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