閑話 ハルの日記
八月〇日 はれ
オレンジ色とか、むらさき色とか、赤とか、見るたびにいろんな色に見える、おっきな夕日がしずんでいく。ケケケケケ、と笑い声みたいな鳥の声が、とおくのほうから聞こえてくる。ジー、ジジー、とあちこちでびっくりするくらいうるさく、虫の声がする。
ぼくのなまえはハル。二ノ宮ハル。桜ざき第二小学校二年生、八さい。
ぼくは今、おとーさんといっしょに、ばーちゃんちがある大きな岩の高いかべの上にいる。きゅうけい中だ。じーちゃんといっしょに、あしなが鳥を追いかけて、へとへとにつかれてしまった。
じーちゃんはひょい、ひょい、ってかんたんそうにつかまえて、ポイって小屋に放りこむ。でもぼくが近づくと、あしなが鳥はササッとよける。走って追いかけると、トトトトトーってにげていく。見てないふりして、サッと手を出しても、全そく力で走って追いかけても、尾っぽすらさわれない。
おとーさんは「異世界のトリ、半端ねぇのな」と言っていた。ちなみにおとーさんもつかまえられなかった。
おとーさんがぼくから少しはなれて、たばこに火をつけた。
「おとーさん、たばこ」
「うん? あー、お母さんが大丈夫そうで安心したお祝いだ。見逃してくれ」
おとーさんのきんえんは、いつもざせつする。
見たことない、外国みたいなけしきが目の前いっぱいに広がっている。おとーさんは、グランドなんとかみたいだって言っていた。大きな岩やもりあがった地面に、赤いしまもようがある。
じーちゃんとばーちゃんの頭には耳がある。じーちゃんの耳はピラっとしていてうすい。ばーちゃんの耳はモフっとしていて少し大きい。おしりにはしっぽもある。じーちゃんのしっぽは細くてニョロニョロ動く。ばーちゃんのしっぽはフサフサでユラユラゆれる。
ここはいせかいだって、ばーちゃんが言っていた。ちきゅうじゃないんだって。公園に行くとちゅうで、気づいたらこのせかいにいた。ゲームやマンガのしゅじんこうみたいだ。
でもぼくは、しゅじんこうみたいにつよくない。
まほうでモンスターとたたかうゲームは、とてもおもしろくて、むちゅうでおとーさんにしかられるくらいやったけど、おおかみがおそってきた時は、足がガクガクふるえて、目をつぶってすわりこんでしまいたくなった。ぼくはよわむしだ。
花火がなくなって、おとーさんがぼくとハナちゃんをだきしめて、バトミントンのラケットでたたかっている時も、なんにもできなかった。
おおかみがこわくて、おおかみをなぐるのも、こわかった。あと、ないしょだけど、おおかみをラケットでなぐる、おとーさんもこわかった。かっこよかったけど、やっぱり少し、こわかった。
たくさんしゅぎょうしたらつよくなれるかな。
このせかいにきた時、おかーさんがいなかった。しんごうのところで、手をはなさなければよかった。おかーさんはひとりで、海のそばのまちにいると言っていた。おかーさんはひとりでかわいそうだ。でんわですごく泣いていた。
あんなに泣いているおかーさんを、ぼくは見たことがない。
ぼくはもう、泣かないようにしようとおもう。おとーさんといっしょに、ハナちゃんを守らないといけない。はやくおかーさんを、むかえに行かないといけない。泣いていたらハナちゃんを守れない。おかーさんもむかえに行けない。
ぼくは泣かないで、つよい男になる。
ぼくはもう八さいなんだから。ぼくはお兄ちゃんなんだから。




