四魔姫、参上
チイ村を脅かす、西の魔物達。
その棟梁である、アデリアというサキュバスを倒した。
しかし、そこに現れたのは……
「……誰だ、お前?」
「……」
緑色の髪、悪魔のような角、胸に着けてる分厚いヨロイ、何より両腕になっている翼……
そして、見るからに凶悪なハーピーという感じの女だった。
「……また女かよ。」
「私達魔物の社会は、女が台頭に立っているのだ……貴様ら人間の男社会とは、訳が違う。」
アデリアは脇腹を押さえながらそう言ってから、そいつに向き直した。
「い、何時から見ていらっしゃったのですか……ハルピュイア様……!」
「ハルピュイア?」
どうやら、そこの緑髪のハーピーの事らしい。
「……!」
こいつ、ただのハーピーでも無さそうだ。
恐らく、そこらの上級モンスターより強い。
「何時から……?そこの少年が、この部屋に着いて辺りから見ていた。」
「……っ!!」
ハルピュイアはジェットに向き、優しく微笑んだ。
「すまないな、紹介が遅れてしまった。私はハルピュイア。四魔姫の一人だ。」
「……四魔姫……!?」
さっき、アデリアが言ってた奴か。
「それにしても、ただの人間がこいつ相手に打ち勝つとはなぁ。私も驚いているぞ。」
「そりゃあどうも……」
ハルピュイアは、アデリアの方に向いた。
「所で……お前程度のサキュバスが、「四魔姫より強い」というのも少し心外だなぁ……」
「……!!お、お許しください!!わ、私は……」
「いや、いいのだ……それが、事実ならばの話だがな。」
ハルピュイアは、エネルギーを解放した。
「!!?」
「!!!」
アデリアとは比べ物にならないほどのエネルギーが発生し、衝撃のような旋風が巻き起こる。
ジェットもアデリアも吹っ飛びそうになるが、踏ん張った。
「ひ……!!」
「つ……強ぇ……!!」
「さぁ、問答無用だ。」
ハルピュイアは羽を羽ばたかせ、戦闘態勢を取る。
「くっ……!!くそぉオオッ!!!」
アデリアは脇腹から手を離し、拳を振りかぶる。
どうやら、ヤケクソになって奴と戦うつもりらしい。
「だぁあっ!!」
アデリアの一撃がすり抜け、ハルピュイアは消える。
「な……!!?」
「……」
ジェットの目線の先……
アデリアの背後に、ハルピュイアが現れる。
「な……!!?」
「エアロ。」
次の瞬間、アデリアの体中に凄まじい凄まじいカマイタチが駆け巡った。
「!!!?」
カマイタチによって体中が切り刻まれ、アデリアはボロボロになる。
そして白眼を剥いて、倒れた……
「な……!!?」
あれだけ苦戦したアデリアを、手負いとは言え一瞬で片付けてしまった……
これが、四魔姫の実力だってのか……!?
「たわいもないなぁ……くっくっく……」
ハルピュイアは、ジェットの方へ向いた。
「さぁ、勇者よ。どうする?倒すべき相手は、目の前にいるぞ……」
「……冗談じゃねぇ、殺される……!!」
ジェットは背を向けて、逃げようとする。
しかし、既に目の前にハルピュイアが立っていた。
「うわっ!?」
「スピードならば、自信がある……」
どうやら、問答無用のようだ。
「……くそっ!」
……スピードに自信があるのは、あっちだけじゃない。
俺も逃げ足と姑息な小細工ならば、自信がある。
それに、格上との戦いも心得ているつもりだ。
「……」
とにかく、やるしかない。
「脅威の芽は早めに摘まないとな……可愛そうだが少年、死んでもら」
「だぁあっ!!」
「!?」
ジェットは、砂埃をハルピュイアの顔面に蹴りかけた。
「っ……!!」
埃が目に入り、一瞬だが揺らぐハルピュイア。
「よしっ!!」
ジェットは走り、まずはこの部屋から出た。
「男達も助けに行かねぇとなんねぇのに……!!」
とりあえず、雑魚モンスターは完全にここから撤退したようだ。
心置き無く逃げれるのはいいのだが……
「逃がさん!」
ハルピュイアは、高速移動で正面に回り込んできた。
「もうかよっ!」
「はぁあっ!」
翼をラリアットのようにして、ジェットに打ちかかる。
ジェットは、スライディングでそれを避けた。
「ふんっ!」
ハルピュイアはジェットの方を振り向き、床を蹴る。
「っ!!?」
が、思いっきりすっ転んでしまい、顔面から床に激突した。
見ると、床が凍りついていた。
「こしゃくな……!!」
ハルピュイアは飛び、ジェットを追う。
「もう追ってきやがった!」
「ふ……エアロっ!!」
あの斬空撃が、ジェットに襲いかかる。
ジェットはジャンプして、それを避けた。
「ふっ!」
ハルピュイアは、猛禽類の爪でジェットの後頭部を掴んだ。
「っ!!?」
「がぁあっ!!」
そして、思いっきり床に叩きつける。
「っぐはぁあっ……!!」
「この距離では逃げられんぞ……!!」
ハルピュイアはそう言いながら、口を開ける。
「エア」
「しゃっ!!」
ジェットは、ハルピュイアの顎に肘打ちした。
「ろっ!!?」
斬空撃が、あらぬ方向へ飛ぶ。
「よっ!」
ジェットは、ハルピュイアの羽を掴む。
そして羽に足を絡ませ、十字固めしようと、体重をかける。
「うぉおっ!!」
「ぐぅううっ……!!?」
ハルピュイアは、極まる寸前で何とか耐えていた。
「ぐっぐぐぐ……!!」
額に青筋まで浮かばせて、なんとジェットを持ち上げた。
「な……!!?」
「はぁあっ!!」
そして、ジェットを思いっきりぶん投げた。
「うわぁあっ!」
ジェットはぶん投げられ、壁に叩きつけられる。
「くそっ!」
すぐに立ち上がり、走った。
「待てっ!」
ハルピュイアは、ジェットの後を追う。
「しつこいな……!!」
ハルピュイアを見てから、目線を前に戻す。
資材やら棚やらが陳列した廊下だった。
ここで、人間の研究とかをしていたらしい……
「……いやっ!」
今は観察する暇は無い。
むしろ、これを利用しよう。
「だっ!」
ジェットは剣を抜き、棚の足元を切った。
すると棚が倒れ、障害物となった。
「なっ!?」
「はぁあっ!」
目に付く棚を全て切り、障害物にした。
「よしっ!」
「くっ!」
ハルピュイアは一つ一つを壊しながら、迫ってくる。
僅かにだが、足止めにはなっていた。
「っ!」
ジェットの目の前に、上へ上がる階段が見えた。
「はぁあっ!」
ジェットは跳んで、階段の十段近くを飛び越える。
「ふっ!」
そしてまた跳んで、壁に足をつける。
そのまんま三角跳びして、階段を上りきった。
そして走り、出来るだけ牢屋室から離れるように逃げた。
「……」
男達を助けるために、まずはあいつをどうにかして封じ込めねば。
何でもいい、何か方法があれば……
「はぁあっ!!」
「うぉわぁあっ!!?」
いきなり、ジェットの前の床から、ハルピュイアが出てきた。
凄まじい風魔法で、天井……もとい、床を突き破ったらしい。
「逃がさんと言った筈だ……」
「くそっ!」
ジェットは後ずさり、唾を飲む。
流石にこうなってしまうと、どうしようもない。
戦うしかないと思う。
より姑息で、卑怯な手を使ってでも。
「さぁ、覚悟っ!!」
ハルピュイアは突進して、ジェットを蹴り飛ばした。
「ッッがはぁあっ!!?」
とてつもない威力の蹴りをモロにくらい、ぶっ飛んでしまった。
ズサッと床に倒れ、血を吐く。
「が、がはっ……!!」
今の一撃だけで、もう死にそうになってしまった。
あと数発受けたら、完全に死ぬと考えて良さそうだ。
「こ、これが……四魔姫って奴の実力かよ……!!」
「ふっふっふっふ……」
……まぁ、その称号が指す通り、こんなのがあと三体も居るのだろう。
今になって、勇者になった事を少し後悔したジェットであった。
「……!」
ジェットは、手元に何かを発見した。
出来るだけ、怪しまれない挙動で、それを持つ。
「さぁ、最後に、何か言い残す事はあるか……?」
ハルピュイアは羽を向け、魔力を集中させる。
「……か……」
「……ん?」
「……バーカ!!」
ジェットは、消火器をハルピュイアの顔に向けて、思いっきりトリガーを押す。
消火粉末が、思いっきりハルピュイアに吹きかけられた。
「っぶっ!!?」
「おらぁああっ!!くらえっ!!」
消火器を放ちながら、ジェットはハルピュイアを蹴り飛ばした。
「ぐぁあっ……!このっ!」
「よっ。」
ハルピュイアがこちらを向いた瞬間に、消火器を顔面に吹きかける。
「っ!!」
消火器の威力が、ハルピュイアを仰け反らせた。
「調子に……乗るなっ!!」
ハルピュイアは羽を振り、消化粉末を吹き飛ばす。
そして、ジェットに蹴りを放った。
「っ!!」
寸前に避け、ジェットは消火器を片手に持ち替える。
「だぁあっ!!」
そして、脳天に思いっきり叩きつけた。
「……」
ハルピュイアは、顔色一つ変えずに、首を鳴らした。
「に、人間だったら死んでるぜ……!」
「ああ、私は人間ではないからな。」
ハルピュイアはそう言いながら、ジェットを蹴り飛ばした。
「っ!!」
「エアロっ!!」
斬空撃がジェットに放たれ、更に吹っ飛ぶ。
「ぐぁあっ……!!」
ジェットは壁に叩きつけられ、床に倒れた。
先程の風魔法が全身を切り裂いており、大ダメージを受けている。
「く、くそ……!!」
明らかに、状況はマズイ。
早くどうにかしなければ……
ふと見ると、ドアノブが映った。
ドアを見てみると、そこには掠れた文字で「倉庫室」と書かれている。
自分がちょうど叩きつけられた場所が、倉庫室のドアだったらしい。
なるほど、背後は倉庫室か。
「……よし!」
すぐさま転がって立ち上がり、剣を抜く。
「はぁあっ!」
そして振り回してから、構えた。
「観念したか!?」
「……」
ハルピュイアは飛んで、ジェットに迫ってくる。
そして猛禽類の足を向けて、ジェットに飛び蹴りしようとしていた。
「……っ!!」
飛び蹴りが当たる寸前、ジェットは倒れるようにハルピュイアを避けた。
「なっ!?」
ハルピュイアは壁を突き破り、部屋に出てしまった。
「なんだとっ!?」
何故だか知らないが、壁が脆くなっていたのだ。
足元に、壁の破片が転がってくる。
それは、ハルピュイアの蹴りで砕かれた痕跡と、綺麗に斬られた痕跡があった。
「……まさかっ!」
剣を構える前の、あの振り回し……
アレで、壁を切り裂いたというのか?
「くっ!」
「閉店ガラガラ!」
ジェットは、すぐさま壁の穴を氷で塞ぐ。
「オラオラオラオラ!!」
両手に魔力を溜め、連続で打ち出す。
氷の壁が大きく、頑強になっていく。
「うぉおっ……!!?こ、この……!!」
ハルピュイアはエアロを放つが、効果は薄いようだ。
「だらぁああああああっ!!!」
一方彼は、魔力の連射にスパートをかけ、完全に凍結させた。
「……っふぅ。」
これだけやれば、倒せないにしても、数十分は動きを封じられる筈だ。
「……さぁ、急ごう!」
ジェットは、走った……
「っふぅ!」
なんとか、チイ村の男達を外に連れ出す事は成功した。
「うぅ……寒い……」
「ずびーっ……」
どうやら、俺の氷魔法が相当にこたえたらしい。
しかし、そうでもしなければ封印出来ぬ相手だったのだ。
「よし、早く早く!走るんだ!走れば、体もあったまる!」
「おおっ!」
ジェットは、男達を連れて逃走した……
「……がぁあああっ!!!」
暴風が、廃墟の一室を吹き飛ばす。
ハルピュイアが、ようやく外に出たのだ。
しかし、既にジェットは居なかった……
「……ちっ、逃がしたようだな……まぁいいわ。いずれ、戦うことになる……その時が、君の最期だ……」
ハルピュイアはそう言ってため息を吐き、飛び去った……
「……と、まぁこういう訳で……」
ジェットは今までの経緯を、ローゼ王国兵士の隊長に報告した。
隊長の隣には、村長もいる。
「ふむ、そうか。ご苦労だった……それにしても、まさか上級モンスターの中の上級モンスターまでこんな所に居るとはな……」
「うぅむ、確実に世界侵食は進んでおる……ジェットが居なかったら、ここも危なかったであろう。」
隊長も村長も顔を見合わせて、考え込む。
「でも、とりあえずここはもう安全っぽいですね。良かった良かった。」
「ああ……何か礼をしたいのだが……これぐらいしか出来ん。」
隊長はそう言って、ジェットに袋を渡す。
ジェットは袋を受け取って、中身を見てみる。
2万G入っていた。
「うぉおっ、すげぇっ!これだけありゃ、足りる足りる!」
「ふむ、そうか……すまない、命まで掛けたのに、渡せるのがこれだけで……」
「いや、充分すぎるほどだ!ありがとう!」
ジェットは隊長と握手して、村長に振り返った。
「村長、礼は要らないから、次に俺は何処に向かったらいいか教えてくれません?」
「お、おう……」
ジェットはメモを取り出して、村長の話を聞き込んだ……
侵食される世界に、まだまだ謎に包まれた魔物達。
脅威の四魔姫に、その上に立つ魔王……
果たして、この冒険はどうなるのか……