出撃
夜が明けて、目覚める。
「……おぉ。」
あれだけ苦しかった体が、もう痛まない。それを確認してベッドから降りて、跳躍した。
「ふぁ〜あ……」
背伸びと欠伸をして、ボサボサの頭を掻く。
「……」
地下なので、太陽の光が無い。朝起きる時には毎回浴びているので、何だか不思議な気分だった。
いつもの服に着替え、剣を背にかける。
「ん……よう。」
聞き覚えのある声……ジョーが、ベッドに座ったまんま携帯を弄りながら声をかけた。
「おお、おはよ。」
「朝は意外と早ェんだな。まだ朝の6時だぞ。」
「いや、昨日早く寝たからじゃねぇかな。ローレンスは?」
「俺も起きている。」
ローレンスは、仮面を手入れしていた。綺麗な布で、汚れを取っている。
「あ、ローレンス。素顔のお前なんかめったに見ないから、気付かんかった。」
「ああ。」
適当に返事をしてから、仮面を装着する。これで、いつもの彼だ。
「みんな、起きたわね?」
レシアが、この部屋に入ってくる。一瞬だけ、普通にサキュバスが入ってきたと思い、三人はビクッと体を跳ねさせた。
「な、何よ……」
「すまぬ、レシアか。」
「いや、普通に敵襲かと思った。」
「いや、敵襲っちゃ敵襲だな。ローレンスとジェットはどうか知らねェが、俺はまだテメェを信用してねェ。」
ジョーの言葉に、彼女は複雑な表情を浮かべる。信用されていない、という事に傷ついたのだろうか。
「……朝食なら、ハーピー達が作ってくれたわよ。早くしないと、冷めちゃうからね。」
「はいは〜い。」
「うむ、行こうか。」
「フン。」
三人はベッドルームから出て、食堂へ向かった……
食堂……
ジェット達以外にも、ハーピーとかが普通に飯食ってる。
「あ、普通に使う感じなのね……」
ジェットはそう言いながら、適当な所に座る。朝食の内容は、目玉焼きとベーコンとレタスに、ほかほかのご飯と、牛乳だった。
「魔物も、このような食べ物を食べるのだな。経験上、人肉が主食かと思っていたが。」
ローレンスはそう言いながらも、早速目玉焼きに醤油をかけていた。
「毒は入ってねェみてぇだな。」
「警戒しすぎだよ、ジョー。」
そうして朝食を食べながら、話が始まった……
「なァ、ジェット。肛門科の医者って何で数ある科目から肛門科を選んだンだろうな。」
「えぇ……」
ジョーの突然すぎる質問に、困惑してしまう。とりあえずは答えないと殺される気がするので、考える。
「うーん、言われてみれば分かんねぇな……汚れ仕事を一身に受け入れる意気があったからじゃねぇか?」
「ヘッ、立派な答えだな。俺は、その医者がただの肛門好きの変態じゃねェかって睨んでたんだけどなァ。」
「酷い偏見だな……」
「そこまでにしておけ。」
ジョーに、軽くチョップするローレンス。仮面の下の表情は、これ以上とない呆れと軽蔑に満ちていた。
「今は、食事中だ。それに、その話題はネットの動画で見たことがあるぞ。貴様はネットの言葉の受け売りをする男だったか?」
「ヘッ、俺だってそんな気分になる時があるっつーのッ。」
「どんな気分だよ……」
「そんな事より、よ。」
レシアが、前に座ってきた。ローレンスと同じく、先程までの会話を聞いて呆れ返っている。見ていられなくなって、ここに来たのだろうか。
「あなた達、これからどうするの?」
「それなのだが、我らはここより南下して研究所とやらを目指したい。」
ローレンスが携帯を三度ばかり操作して、皆に画面が見える所に置く。映っていた画像は、西の大陸の地図だった。
「おお?」
「ここの資料室から見つけたものを、携帯で撮った。見てくれ。」
今自分達がいるのは、鳳凰樹の辺りのアジト……要は、この大陸の北部だ。ここより南下した所に二本ばかり縦に橋が並んでおり、一つ渡れば村のある小陸に、もう一つ渡れば研究所に着くという寸法だ。
「研究所……ええ、そうね。そこに向かうのならば、まず私がそこの説明をするわ。」
レシアは牛乳を一口飲んでから、説明を始めた。
「この研究所は、人間の男を改造した魔物のデータを研究してる所よ。ここで魔物の統計データを取って、淘汰するべきものを淘汰させてより強い兵士を作るって感じね。私も三ヶ月程度しか勤務していなかったから、詳しい事はあまり分からないのだけど……」
「ここを潰せば、あの胸糞悪い魔物共は湧かなくなると?」
ジョーの問は、首を振られて否定された。
「残念だけど、それは不可能よ。ここはあくまでデータを研究しているだけの所。開発を止めたいのならば、キャメロットを潰す必要があるわ。」
「キャメロットを?この研究所に関係あんのか?」
ジェットの素朴な疑問。それに対して彼女は、こくりと頷いた。
「ええ、キャメロットで開発されたものをこの研究所で研究、解析してるって所ね……」
「ふむ……キャメロットの魔物増産の技術向上の要と言ったところか。なるほど、いい餌だ。」
ローレンスが、そんな事を言う。それを聞いた彼女は彼の言葉に、首を傾げた。
「餌?」
「うむ。貴女の説明通りならば、連中にとってここを壊されるのはあまり愉快なものではないだろう。」
「でも、どうだろうな。連中もアホじゃねぇんだから、キャメロットの中にもそういう施設はあるだろうしよ。」
「どっちにしろ、人類にとっちゃ有って気味の良いものじゃねぇだろ。さっさと潰しちまおうぜ。」
ジョーの言う通り……変わり果てたとはいえ、人間を実験台に色々やってるとなったら、見捨てるわけにはいかない。
「そんじゃあ、南下して研究所って所に向かうって事でいいかな。」
「我はそれがいいと思う。」
「俺は問題無ェ。」
「私も、平気よ。」
レシアの言葉に、皆が意外そうな顔をした。その言い方だと、まるで仲間になったかのような……
「……何よ。」
「え、付いてきてくれるの?」
彼女は溜息をついて、呆れた顔をする。
「勘違いしないでね。貴方達が無様に殺されるのを見たいだけよ。」
「ヘッ、どうせそんなこったろうと思ったぜ。」
ジョーが呆れながら、そう言って箸を置いた。もう既に、朝食を完食していたのだ。
「ふむ、ごちそうさま。」
「ごっつぁんです。」
ローレンスとジェットも最後の一口を飲み込むと共に、箸を置いた。
「そんじゃあ、行きますか。」
「ああ。」
「上陸二日目……果たして、何が起きるんだろうなァ。」
「ちょっと待ちなさい。」
三人を呼び止めるレシア……は、まだ食べている最中だった。それを見て、ジョーが頭を掻く。
「あァ?食うの遅せぇなァ。」
「わ、私も行くんだから少しぐらい待ちなさい!歳上は、敬うべきって人間は教わらないの!?」
「わ、悪かったよ……」
予想以上に怒るレシアを前に、思わずジョーは平謝りする。
「と、歳上って……あんた、何歳だよ?」
ジェットは、再び席に座りながら質問した。それに、ふふんと笑う彼女。
「こう見えて、まだピチピチの24よ。予め言っておくと、私達みたいな中級モンスターの年齢の感覚は、ほとんど人間と同じよ。」
「はぇ〜……」
女性にとってはデリケートな質問に答えてくれる、レシア……彼女をからかってやろうと、ジェットはニヤついた。
「バストは?」
「人間で言う、Gカップよ!」
そう言いながら、自慢げに胸をたゆゆんっと揺らす。そうだ、彼女はサキュバス。本来ならばこういう事を武器に敵を骨抜きにする、れっきとした戦闘員なのだ……
「なぁにジェット?私に興味あるのかー?うふふふっ!」
「あ、あぅ……」
からかうつもりが、逆にからかわれてしまった……
「……我が気になったのは、その触手の方だがな。」
ローレンスが、彼女の腕を見ながらそう言う。
戦闘時の彼女の腕……それは、おぞましい触手。タコの足のようにしては異形で、形容する言葉も見当たらないほど醜悪なものだ。
「……ああ、コレね。私が周りを出し抜く為にこっそりと極めた魔術よ。」
少し間を置いた、返事……そこには、我々には理解できないような経緯でもあったのだろうか。それは彼女の口から聞いて見なければ分からないことではあるが、今の状況においてさして重要ではない。
「うん、ごちそうさま。デザートに人間の精気があればいいんだけど……あら、丁度若いオスが三人も居るわねぇ。」
レシアは舌なめずりをしながら、三人を舐めまわすように見た。その眼光に、思わず背筋がゾクッと震えた。
「は、ははは……冗談はよしてくれ。」
「ゾッとしねェ。」
「下らぬ事を話してないで、行くぞ。」
四人は立ち上がり、準備をする。ばたばたと準備をするジェットに、ハーピーが何か渡してきた。
「あの、これ……?」
「む……」
渡されたのは、小さいずた袋。中ではジャラジャラという音がして、微かに光っている。
「なんだこれ?」
「黄金宝石の欠片です。これがあれば、だいたいの怪我は治ります。」
「おう、サンキュー。」
その袋を腰につけて、パンパンと叩く。回復物資も持った、剣も持った……こちらは、準備万端だ。
このアジトは、ハーピー達に守ってもらうことにした。鳳凰樹も近い上に、今は自分達の仲間という事なので色々と準備をしてくれるらしい。
「よぉし、行きますかねぇ。」
「うむ。」
「あァ。とっとと始めようぜ。」
「……」
四人は地下から出て、地上に来た。迎えたのは暖かい陽光で、周囲に敵の反応も居ない、平和な雰囲気だった。思わず、ここが敵の領地だということを忘れてしまいそうになる。
目指す先は、南にある研究所。果たして、そこで行われている研究とは……そして、何が待ち受けているのか……
「そんじゃあ、出撃だ!!レッツゴー!!」
ジェットのその掛け声で、勇者一行は進んだのだった……




