落ちぶれた天才
この世界観の説明的なやつと、ジェットがどんなキャラなのか的な奴です。
あの卒業試験の三日後……
見事にジェットはアカデミーを卒業した。
しかし、その生活は華々しいとは言えなかった。
「……ん……」
朝日の光が、顔に当たる。
暖かい感じが顔について、目を覚ました。
「……はぁ……」
目を擦り、敷布団から体を起こす。
ジェットはパンツ一丁で寝ており、少しばかり体が冷えていた。
「……さむっ。」
そう呟きながらゴキゴキと首を鳴らし、欠伸をした。
「……」
散乱したカップ麺のカップと割り箸、お膳にはノートパソコンの周りにコーヒーの缶が乱雑に置かれていた。
「……」
敷布団の隣……
分厚い参考書の上に、ちょこんと時計がある。
時計は、9時12分を指していた。
「ふぁあ……」
時間を軽く確認して、もう一度欠伸した。
「……今日か……」
そう言ってジェットは白いタンクトップを着て、半ズボンを履く。
身だしなみを整えて、家の電気も確認する。
「歯も磨いた、電気関係も消した……さぁ、行こっか。」
そう言いながら、外へと出た……
有史以来、人は様々な技術を手に入れた。
火から始まり、電気、化学……
そして、機械工業。
産業革命により、それはどんどんと発展を遂げた。
今ではノートパソコンやスマートフォンまで出回っている。
しかし、そんな工業技術に負けないものが台頭に出ている。
魔法技術だ。
光、闇、火、水、鉄、草、雷、風、土、石……
一般的にはこの中の火、水、鉄、草、風の五つの魔法によって、魔導技術は成り立っている。
魔導技術は機械と並んで、人々の発展を促進させた。
この世界では、機械では出来ぬ事を魔法で、魔法では出来ぬ事を機械で支え合っているのだ。
ここは、ローゼ王国。
この世界で、一番大きい国家だ。
中心に大規模な城が建っており、その周囲に城下町を展開している国だ。
世界中の人間がここに集まって、この国で夢を叶えようとしているのだ。
あのアカデミーも世界一で、例によって世界中から人が集まっている。
「……」
ジェットは、そんな国の城下町に住んでいる普通の男の子だった。
既に独り立ちしており、アカデミーで自由な生活をしていた。
しかしそんな日々も終わりを迎え、仕事というものに向き合う年頃になっていたのだ。
「……」
彼は、アカデミーの卒業試験をトップで切り抜けたとは思えない程、無気力な目で歩いていた。
向かう先はこの国の中心……
そう、王国城である。
「はぁ……だり〜……」
いったいなぜ、こんな事になったのか。
話は、三日前に遡ることになる……
アカデミーの校長室……
テレビもつけっぱなしのまんま、ジェットと校長先生は話し合っていた。
「何だと……!?」
「だぁかぁらぁ、俺は勇者を志望しますって言ってるんです!」
ジェットと校長先生は、話し合っていた。
「正気かジェットくん!?」
「俺は何時だって正気ですよ。」
なんとジェットは、安定した仕事はせずに『勇者』として生きると言い放ったのだった。
勇者……
本来ならアカデミーの卒業試験ランキングの下位の人間が、なるかならないかぐらいの道である。
これは、下位の人間だろうとアカデミーからオススメされることは一切ない。
何故なら、この道は簡単かつ大雑把に言うと、『徴兵』なのだ。
それも、たった一人で世界のあちこちで戦う事になる。
そんな危険なものに、アカデミーのトップがなろうとしているのだ。
「君、それがどういう事なのか分かっているのかね!?死ぬかも知れないのだよ!?」
「分かってますよ……」
ジェットはそう言いながら、テレビに目を向ける。
ニュースが流れていた。
「先日未明、チイ村に魔物の強襲がありました。これによってローゼ王国の兵士が向かい、6名が死亡。12名が重傷を〜……」
「……」
魔物……
彼らは人間を家畜としか思っておらず、この星を征服しようとしているのだ。
元は暗黒星という所から来た存在らしいが、詳しい事は分かっていない。
今現在、魔物と人間で世界は分かれている。
しかし、人間の世界が徐々に魔物に蝕まれつつあるのだ。
世間では、「このままでは人間が魔物に滅ぼされるのも時間の問題」という風潮が流れている。
ならばせめてイタチっ屁ぐらいかましてやれ、という意気込みで戦い続けて10年。
未だに、「何とかなっている」という状態だ。
「……コホン。」
校長先生は咳をつき、ジェットに目を戻した。
「最近、魔物の強襲も激化している……悪い事は言わない、今すぐ……」
「訂正するつもりはありませんよ。」
ジェットはそう言いながら立ち上がり、肩を回す。
「……何故だ?なぜ君ほどの人間が、勇者志望なのだ……?」
「……いくら安定と金で自分の身をガッチガチに固めても、支配されんのが時間の問題じゃ何にもなりません。だったら、せめて自由に好き勝手やりたいんですよ。それに……」
「……それに?」
ジェットは校長先生に顔を向け、笑顔になった。
「俺なら、やれそうな気がする。」
……という感じで、ジェットは勇者としての道を歩み始めたのだった。
「……」
気怠そうではあるが、後悔はしていないようだ。
このジェットという男は、何より「自由」というものを大切にする男なのだ。
安定した仕事、大量の収入……そんなものより、自由な人生で面白おかしく生きていこうという思慮の男だった。
歩いていると、カップルが彼に目を付けた。
「あらぁ?アカデミーでトップの天才児クンじゃん。」
「何してんの?そんな薄汚い格好でさぁ。」
「あぁ?」
目を向けると、派手な格好をしたヤンキー風のカップルだった。
「聞いたぜぇ?何でも、勇者志望になったんだってなぁ?」
「ハッ、おおかたカンニングがバレたとか、そんな感じィ?キャハハハハッ!」
「それで、お前らはこんな時間に何してるワケ?」
ジェットは面倒そうに頭を掻きながら、欠伸をする。
「卒業祝いに遊びに行く所だよ。それでさぁ〜……お金無いんだけど、協力してくれない?」
「そ〜そ〜……とりあえず、サイフ置いてってよ。」
「……」
こんなにあからさまなカツアゲ、ジェット本人も初めてだった。
目を瞑り、息を吐き、視線を落とす。
「……」
「あぁ?何だ?ブルッちゃって、声も出ねぇのか?とっとと出すもん出せよ!」
「ウチの彼氏怒らせると怖いよ〜?喧嘩、めっちゃ強いんだから!あははははっ!」
ヤンキーのカップルは、ジェットを前後から挟んで、男が肩を掴む。
「……」
「おーい?聞こえてますかー?」
「ねぇ、さっさとやっちゃおうよ。どうせ勉強しか出来ない奴だから、早く終わると思うよ。」
「お、そうだな。じゃあ、痛い目見てもらおうっと!」
「……」
二人の敵意が、増幅したのが感じられる。
そして、確信した。
……あ、こいつらマジでやる気だな。
ここで、ようやく顔を上げた。
「……悪いけど、てめぇらにやる金も時間もねぇんだ。今なら見逃してやるから、とっとと退いてくれ。」
「……はぁ!?」
ヤンキー男は耳に手を当てて、ジェットを小馬鹿にした声で言った。
「私の彼氏馬鹿にしてんの?あんまり馬鹿にしてると、優しく終わらせてあげないよ?」
「そ〜そ〜!そんじゃあ、優しくしてあげないからね!遠慮なくいたぶっちゃうよぉ!」
「……はぁ……」
三人のただならぬ雰囲気を感じ取り、辺りの人が距離をとる。
なんだなんだと、野次馬も集まってきた。
「そっちがその気なら、俺も出るとこ出てやるよ……ましてや、カツアゲしにきたチンピラに、俺が優しいと思うなよ……!!」
ジェットはドスの効いた声でそう言い、ボキボキと指を鳴らす。
「ははぁ……!」
ヤンキー男も指を鳴らして、腕を振るう。
そして拳を振りかぶり、ジェットに殴りかかった。
大振りの攻撃がジェットの顔面を目掛け、飛んでくる。
「……!?」
ヤンキー男の攻撃は空振り、その体のバランスを崩しかける。
足を踏ん張り、辺りを見回した。
「え……!?」
「後ろだ。」
「!!」
ジェットはヤンキー男の背後に移動しており、頭を下げる。
「この……!」
今度は、蹴りが迫ってくる。
しかしジェットは足を掴んで、止めた。
「そんな大振りの蹴りが当たるか。」
「ああ……!?」
男は足に力を込める……
それと同時に、ジェットは握力を込めた。
「いっ……!!?ぎゃあああっ……!!?」
「……」
力の差は、歴然だった。
ヤンキー男は足を振ろうとするが、それさえもジェットの力に押さえられてしまっている。
一方ジェットは、無表情のまんま握力を強め続ける。
しかし、その背後に迫る影があった。
「……やぁあっ!」
「うわっ!?」
ヤンキー女の方が、ナイフを取り出して切りかかってきた!
ジェットはヤンキー男の足を離して、間一髪で避ける。
「あっぶねぇな……!」
「これっ!」
「ああ……!」
ヤンキー女は、ヤンキー男にナイフを渡す。
そして男は、ナイフを振って構えた。
「もう許さねぇ……!こ、殺してやる……!」
「や、やば……え、えと……」
ジェットはナイフを前にして、後ずさってしまう。
その足に、棒状の何かが当たった。
「……お?」
それを、勢いよく踏み抜く。
棒状のものは飛び上がり、ジェットはそれを掴んだ。
鉄パイプだった。
「て、鉄パイプ……?なんで、こんな都合よく……まぁ、いいか!」
「そんなもんで、なんとかなると思っとんのかぁ!?」
ヤンキー男はナイフで、ジェットに切りかかる。
「よっと!」
ジェットは振りかぶり、バットのように鉄パイプを振り、ヤンキー男の手を打った。
「いっでぇえっ!!?」
ナイフがその手からすっ飛び、ヤンキー男は手を抑えて悶絶する。
「おらぁあっ!!」
ジェットは容赦なく、そのヤンキー男の脳天に鉄パイプを振り下ろした。
「ーっ!!!」
凄まじい叩き下ろしに、ヤンキー男は両膝を跪いてしまう。
「ほらっ。」
次にジェットはヤンキー男の口に鉄パイプを突っ込み、喉の奥まで入れる。
「んごぇえっ……!!?」
「よっしゃああっ!!」
そのまんま、勢いよく鉄パイプを蹴り上げた。
「あがぁああああっ!!」
辺りに、ヤンキー男の歯の破片や血が飛び散る。
それを避けながら、ジェットは落ちてくる鉄パイプをキャッチして、血を振り払った。
「ーっ!!ーっ!!」
ヤンキー男は口を押さえ、ゴロゴロと転がり回る。
多分、もう刃向かってこないだろう。
「ひ、ひぃいいっ!!」
ヤンキー女はそれを見て、携帯を開く。
ジェットは、それを見逃さなかった。
「おっと!」
高速移動でヤンキー女に迫り、鉄パイプで顔面を打った。
「〜っ!!」
鼻血を噴き出しながらぶっ飛んで、壁に叩きつけられる。
「せぇいっ!!」
ジェットはというと、ヤンキー女の携帯を踏み壊していた。
グリグリと強く踏んで、携帯を完全に破壊してから、鉄パイプを振りながらヤンキー女に歩く。
「ひ、ひぃい……!!ご、ごめんなさいっ!」
ヤンキー女は迷わず、土下座した。
頭を地面に付け、心の底からの謝罪をジェットに向けた。
「……」
……もう、何も来ない。
許してもらえたかと思い、顔を上げる……
「おらぁあっ!!」
ジェットは、ヤンキー女の顔面に鉄パイプをフルスイングした。
野球のバッターの、理想的なフォームで顔面を打ったのだ。
「〜っ!!!」
女はぶっ飛んでから倒れ、ビクビクと痙攣した。
「……あ〜無駄な時間だった。」
血を振り払い、鉄パイプをそこらに投げ捨てる。
確かに、無駄な時間ではあった。
だがそんな深刻に時間を食ったわけではないので、これならば間に合うかも知れない。
ここは、いい準備運動になったと思っておこう。
そして野次馬達をかき分けながら、城に向かうのだった……