嗤う氷心
時は経ち、格闘大会も終わった。結果はうちの学校が準優勝だった。しかし、決勝戦の相手が一方的にうちの学校の選手をボコボコにしていたので……すこし、複雑。
自分はと言うと、二年生になる。実感は湧かないが、やる事は変えるつもりはない。勉強尽くしの毎日を過ごすだけだ。
そんなジェットの家のポストに、手紙が投函されていた。
「む?」
手紙の内容は、『学校じゃなくてチイ村まで来い』との事。
何だか学校よりも面白そうな予感がするので、行ってみる事にした。一応護身用として、腰に例の銃を携えて……
「突拍子も無いなぁ。いったい、誰からだ?」
手紙の差出人は、不明。しかも、今日は登校日だというのに。チイの村に行くまでの道なんか、治外法権な上に魔物も出るという話だから、行きたくも無いのだが……でも、行ってみるしかない。
そう思いながら村へ歩く、ジェット。
「待っていたぞ。」
彼の前に、立ちはだかる男が居た。
「……」
男は車椅子を引きながら、ジェットを睨んでる。その車椅子──乗っていたのは、如月だった。半身不随になったようで、無様極まりない。
ギロリとこちらを睨む目には、実力の差の理解が見えていないようだった。
ジェットはため息を吐き、ヘラヘラ笑う。
「懲りねぇ奴だな。そいつみてぇになるって、分かんねぇのか?」
「半端な覚悟でお前に挑んだのならばな……」
男がそう言って手を上げると、周囲からあの海軍志望の人間が出てきた。見たような顔ばかりだ。
「ここなら、遠慮なくやれるんだよな!」
「ぶっ殺してやる……」
「如月センパイの仇、とるわよ!」
もう、やる気満々のようだ。
「如月、見ていろ。あの海賊の無様な姿を……」
「ええ……」
カップルは、嫌らしい表情でこちらを見る。
「……」
ジェットは、自分に敵意を向ける相手を一望した。見れば、言動の割には覚悟が伴ってない有象無象ばかりだ。「ぶっ殺す」とか言ってる割には、人を殺す覚悟も無い阿呆ども……
なるほど、手紙の差出人はこいつらか。
「おい海賊、てめぇ抵抗したらこの動画──」
女子が携帯を見せながら、歩み寄ってくる。その携帯を握り砕き、顔面にパンチした。
「っ!!?」
彼女は、鼻血を噴きながら仰け反る。
「……」
ここが、治外法権で助かった。遠慮なく、やれる。
ジェットの正拳突きが、彼女の胸を打ち抜く。それは胸の脂肪を貫き、心臓を破壊した。
「がはっ……!」
「!?」
「いくぞ。」
ジェットは敵の群れに迫り、その一人の顔面に蹴りを入れる。そいつは頭だけ弾け飛び、脳みそやら頭蓋骨やらを散らせた。
「な……」
声を漏らした男に足払いする。男の足は開放性骨折し、すっ転んだ。
「あがっ──」
その頭に容赦なくかかと落としして、粉砕した。
彼の拳が一振りされる毎に、命が散っていく。それが連続し、次々に死体が転がった。
「う、嘘だろ……!」
「こ、こんな戦い……!!」
ジェットの巻き起こす死の旋風が、次々に有象無象の命を粉砕する。
「おい、お前俺のキンタマ蹴り上げて来たやつだよな?」
「!!!」
女子の一人の股間に、パンチする。それで恥骨は破砕し、彼女は腰から落ちた。
「ふんっ!」
そのまま顔面にパンチして、ぶっ飛ばした。顔面の骨が砕ける感触が伝わった。
「……」
続けて敵に突進し、容赦なく力を振るう。目を抉り、心臓を破壊し、顔面を砕き、腕を千切り──
そうしていくうちに、遂に最後の一人となった。女の子だ。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさいぃっ!!」
彼女は無様に土下座し、必死に許しを乞う。
「何でもしますっ!!お願いします、命だけは──」
ジェットは無慈悲に、そんな彼女の後頭部を踏み付けた。
「っ!!」
「……」
「ご、ごめんなさいいっ!!もうしません、動画も消しますっ!!だから──」
「あの時の俺がそう言って、あんたらは許してくれるか?」
「ひ、ひぃいい──」
次の瞬間、彼女の頭は踏み潰れた。脳みそと血が飛び散り、ジェットの靴を汚す。
「……じゃ、次はテメェらだ。」
「っ……っ……!!」
「ば、化け物……!!」
暴力の旋風を目の当たりにした二人は、震えながらジェットを見る。しかし、男の方が構えた。
「つ、遂に本性を表したな海賊……!我が正義の名に掛けて、貴様を処──」
次の瞬間、ジェットは彼の眼前に迫り、顔面を蹴った。蹴りで顔を打ち抜かれた彼は、宙を舞ってから地に落ちる。
ジェットはその隙に、例の銃を取り出し、男に向けた。
「うっぐ……!!」
起き上がり際の彼に、銃撃する。弾丸は彼の肩に入り込む──
「!!!」
次の瞬間、銃弾がその内部で炸裂し、腕が千切れた。
復讐弾の第二の効果は、生体に入り込んだ際にタンパク質と内部の成分が反応し、鉄片を撒き散らしながら炸裂するというものだった。当然、とてつもない苦痛が対象を襲う。
「ぁ……あ……ぁああああっ!!!腕がァあッッ!!!」
「テメェら、つまんねぇな。」
ジェットは悶える彼の眉間に、復讐弾を打ち込む。それで彼の頭は粉砕し、息の根が止まり、死体となって倒れた……
「うっ……っ……!!」
残った如月に、ジェットは歩み寄る。彼女は涙を流しながら、首を横に振る。そして、腕で車椅子を動かそうと必死になっていた。
「ちょい。」
彼は車椅子を蹴飛ばす。すると、彼女はそこから落ちて、地面に倒れた。
「ひ、ひっ……!!いやぁあああっ!!誰か、助けてぇええっ!!」
「誰も助けに来ねぇよ……」
ジェットはそう言いながら、逃げようとする彼女の胸を踏みつけた。
「あぐっ……!?」
「……」
そして、例の銃を向けた。
「ひ、ひ……!!」
「……」
銃を向けたまま、止まる。このまま、無様に悶える彼女を眺めていようとするが──その時、自分の腕に何か添えられるような感覚があった。目を向けると、そこには嘗ての弱かった自分がいた。ボロボロの格好で、血塗れの細い腕で自分の腕を支え、鬼のような形相で彼女を睨んでる。
「……」
これは幻覚か。それとも、死んだ俺の無念なのか。喪った心の、叫びか──
ともかく、彼の手によって標準は定まった。
「……」
まず、足を撃った。それで彼女の足は、千切れる。
「ぁああっ!!?ぎゃあぁあっ!!」
絶叫する彼女を無視し、もう片方の足も撃つ。
次に腕を撃った。当たり所が悪かったようで、一発じゃ千切れなかったので、もう一発撃ってやった。
「あぅ……ぁああ……!!あ、あ……!!」
「……」
左腕を残し、頭に銃を向ける。
「……」
その時ジェットは、口角を吊り上げさせ、狂気に満ちた笑顔を見せた。そして、引き金を引いた──
「……」
「ッッ……!!?」
不発だった。弾は使い切っており、ただ引き金を引く音が虚空に発生しただけだった。
あァ、もう弾切れね……
「リロード、面倒なんだよね。」
そう言って、銃をしまう。そして、彼女から背を向けた。
「っ……!!た、たす……けて……!!こ、殺して……!!」
彼女のその声を聞き、立ち止まる。そして──
「自分で、どうにかしな。」
そう言って、再び歩き出した……
「ま、待って……!!こ、殺してよ……!!ころせ……!!」
何度呼び止めようと、ジェットは止まらない。本気で死を懇願した、その時だった。
ゴブリンの棍棒が、彼女の頭を粉砕した。
「ガァアァアッ……」
「シャウゥ……」
どうやら、血の匂いにつられてやってきたようだ。そこら辺にある死体を持ち帰り、食糧にでもするのだろうか。
だがこちらは、奴らの死体など知ったこっちゃない。
「あ、先生?今日寝坊してしまいまして──」
ジェットは学校に連絡を入れながら、帰路についた……
「いやぁ、本当にすみません。」
シャワーを浴びたおかげで、もっと遅れた。二年始めだというのに、最悪だ。
先生の説教から解放され、ホームルームには参加する。二年になった時のカリキュラムの説明やら何やらだった。
真面目に聞いてないので、時間が過ぎるのは速かった……
「……」
「ジェット、くん……」
亜門さんと、廊下で鉢合わせした。
「あァ、どうも。」
「何があったの?通話しても、全然出ないし……」
「まぁ、色々。」
ヘラヘラ笑いながら、彼は彼女とすれ違おうとする。しかし、その手は掴まれた。
「……ねぇ、本当の事を話して。」
「テメェには関係ねぇだろ。」
「ッッ……!」
彼女の手の力が、強くなる。
「どうして、そんな事言うの……?」
「関係ねぇモンは関係ねぇだろ。離せ。」
「ジェットくんは、そんな事言う人じゃない……!」
「……」
こうなってしまった亜門さんは、本当の事を言うまで何も通じない。彼はそれを思い出し、頭を抱えてため息を吐いた。
「実は──」
今朝、起こった事を全て話した。治外法権で集団にケンカ売られた事や、その全てを返り討ちにした事も。
「そ、そんな……なんで……」
「あァ、皆殺したぜ。悪者の俺に対してイキってた海軍志望共全員な。徹底的にやってやった。」
「───」
彼の顔には、もう優しかった頃の面影は無かった。ジュースを渡しながら眩しい笑顔を向けた彼は、もう居ないのだ。
「命乞いとかしてさ、あのアホ共。立場が逆なら、俺と同じ事をしてるくせによ。」
殺した人間に対しても、無慈悲。良心の呵責など、一欠片も無いのだろう。彼の心は、死にぞこなったあの日から凍りついてしまった。
「なん、で……私に、言ってくれなかったの……」
「弱いんだよ、あんたは。」
ジェットは、言い捨てるようにそう言う。
「単純に、腕っぷしの話だな。俺をどうしたいか知らんが、どうにかするには亜門さんは弱すぎる。」
「ッ……ッッ……ち、ちが……私は、ジェットくんには正しく生きて欲しいから……」
「へぇ、俺を自分にとって都合の良い『正しい人』に染め上げたいのか?それなら、もっと無理な話だ。俺はこれが『正しい』と思ってるし、俺に牙を剥いた正義は俺の持つ正しさの前に倒れた。」
彼はそう言い、彼女の手を振り払った。
「力のねぇ正しさになんか、意味は無い。」
「ーーーっ!!」
彼女は泣き出してしまい、彼に迫った。
「なんでっ!なんでそんな事言うのっ!?私、本気でジェットくんの事心配してたのにっ!もう、これ以上ジェットくんの苦しむ姿を見たくないって思ってるのに!なんで──」
ここでジェットは、彼女を突き飛ばした。そして、凍てつくような目でその顔を見て──
「泣いたって、力なんかつかねぇんだよ。」
そう言い、さっさと彼女から立ち去った。
背からは、彼女が大泣きする声が聞こえる。
「……ごめん、亜門さん。だけど……昔の俺は、死んだんだ。」
そう呟き、彼は学校の日常へと戻ったのだった……
彼は後に、世界を救った勇者として讃えられる事になる。しかし、この氷の心は溶けることは無かった。彼の氷心は、壊れゆく自分と自分の敵を嗤い続ける。それが、彼の心に許された唯一の権利。
もう、あの日の純情は戻らない。もう、あの優しさは戻らない。
これが、慈悲なき勇者の前日譚であった……




