凶行
夜──
母から罰を受けたローレンスは、部屋でひたすら勉強をするハメになった。黙々と筆を走らせる彼を一人残し、両親は別室で話していた。
「あそこまでする事無いじゃないか!」
「いいえ、あそこまでするのよ!私だって、ああやって生きてきたんだから!!」
先の事で、ローランの我慢の限界が訪れた。そして、遂には言い合いになってしまったのだ。
「私も、あんな事言われるなんて思ってもなかったもの!!あんな……私の夢を、否定するなんて……!!」
「その夢は、君のものだ!ローレンスに背負わせる事じゃない!」
「いいえ、私の夢はローレンスの夢の筈よ!」
「それが違うって、何度言ったら分かるんだ!」
ローランのその一言で、喧嘩は止まった。
二人とも、息を切らしながら互いを睨む。その中で、先に口が開いたのは父親の方だった。
「……僕は、ローレンスには自由に生きて欲しい。家の事情で、宮廷兵士にしかなれなかった僕だから……自分の息子には、自由な道を歩かせたいんだ。」
「で、でも……!そうなれば、私の悲願はどうなるの……!このままじゃ、私は出来損ないの分家の忍者止まりなのよ……!アイツらを、見返したいのに……!!」
「それは、君が自分で成すべき事だ。ローレンスに押し付けるものなんかじゃ無いはずだ!」
「ッッ……!!」
ローランの言葉に、息を詰まらせるカエデ。その表情は焦燥のものから、だんだん落ち込んだものになった。
「……それでも、納得いかない。どうして、あの子が私の夢を否定する事を言ったのか……」
「……ローレンスにも、少なからず不満はあったんだよ。」
「でも、それが嫌だってあの子は言わなかったじゃない!」
「言えなかったんだよ……あの子は、優しい子だから……君を悲しませないために、自分に嘘をつき続けてたんだ。」
「……」
カエデは、「はァ」と溜息をつく。ここで、両者には沈黙が訪れたのだった……
「母上。」
ローレンスが部屋から出て、解き終わった問題集をカエデの前に置く。
「終わりました。次の問題を──」
「ううん、いいわ……今日はもう、終わりよ。」
早すぎる、勉強時間の終了。ローレンスはそれに驚き、目をぱちくりさせた。
「母上?まだ勉強の時間は残っていますが……」
「いいのよ。さっさと風呂に入って寝なさい。」
「……」
威圧にも似たそれを感じたローレンスは困惑しながらも頷き、風呂場に向かった。
暫くして、風呂場への扉が開く音、閉まる音が鳴った。
息子が風呂場にいる為、ここでも両親は二人きりになった。
カエデが、何か難しそうな顔をする。そして、ローランの方へ向いた。
「……ローラン。」
「何だい?」
少し迷った様子を見せてから、しっかりと彼の方を見る。そして、目を鋭くした。
「……次の日……二人目を作りましょう。」
「えっ……!?」
ローランの方が、顔を赤くする。
「ど、どうしたんだい突然……」
恥じらいながら聞くも、カエデの方は真剣な顔をしていた。
「ローレンスがダメなら、代わりを用意するまでよ。」
「……っ!?」
ローランは、一瞬で表情を真剣なものにする。
「代わりだって……!?」
「そうよ……ローレンスは才能だけの、失敗作だったわ。」
「失敗さッ……!?ど、どういう意味だ……!!」
仮にも、自分の息子。それを失敗作呼ばわりされようものなら、許してはおけない。それが例え、自分の妻であろうと──
「もう一回言ってみろ!!誰が失敗作だ!!」
「だから、ローレンスよ!!私の教育が間違っていたんなら、私の失敗作じゃない!!」
「……どういう事だよ、カエデ……!!君は、君は、ローレンスを……息子を……!!」
その先の言葉が出る前に、彼女の方が口を開く。
「安心して、ローラン。もう、教育には失敗しない。生み出した"モノ"には敬意を払うわ。」
「"モノ"……!!?」
予想通りの、言葉。彼女は、今の今まで自分の息子をただの道具扱いしていたようだ。
「ふざけるな……!!ローレンスは、ローレンスは……!!」
「私の思い通りにならない子なんて、私が育てるべきじゃなかったのよ。あんな子、産まなきゃ良かった。」
その言葉で、ローランの我慢の限界が訪れた。張り詰めた糸がブツンと千切れるように、頭の中で何かが切れる。
自分の息子を道具扱いされた怒り、目の前の外道の怒り、そしてこんな女を愛していた自分への怒りが湧き上がってきた。
怒りが、魔力にすり変わる。それを手の中に集中させ、クナイを形作る。鉄魔法で作られたそれを、握力を込めて握り込んだ。
「ふふふっ、久々の夫婦の営みね。」
彼女は立ち上がって背を向け、呑気にそんな事を言う。それと同時に、ローランも立ち上がった。
ここから彼女まで、三歩。そう見計らい、一歩を踏み出した。
一歩。覚悟を決め、感情と躊躇を腕から切り離す。
「その……ふふっ、恥ずかしいわね。久々だから、気持ちよく出来るか分からないけど……」
恥じらう様子で、彼女は言う。しかし、彼には関係ない。
二歩。クナイが魔力で煌めく。それが既に、普通の武器とは比にならないほどの破壊力を宿した事は言うまでもない。
「だから、貴方も積極的に私を──」
三歩。辿り着いた。
その背を、急所に至る角度で容赦なく突き刺した。
「──!!!?」
突如として現れた、背中に何かを差し込まれた感触と、それに合わせた鋭い猛熱。
「ぇ……!!?」
その背の周りにある、不快な水の感触。これが、血だということは瞬時に判別できた。しかし──
「な……なん……で……?」
彼が、こんな凶行に及んだ理由だけが、理解出来なかった。
「お前に、母親の資格なんて無い。」
「かはっ……!ぁがっ……!!」
吐血するカエデに、トドメと言わんばかりにクナイを奥深くまで突き刺した。
心臓が、完全に貫かれる。
「ーーー!!?」
「……お前みたいな女、愛さなきゃ良かった。」
そう言ってから、クナイを引き抜く。カエデはそれによって、倒れる。
彼は、大量の返り血に汚れたまんま、自分の妻であった者を見下ろしていた。
「やだ……ひ、ひどい……こん、な……」
「……」
背と口から血を流し続ける彼女は、必死にローランに手を伸ばす。
「ぃゃ……やだよぅ……捨てないで……たすけ……」
遂には、ガクリと倒れる。そして、絶命した。
「……因果応報。」
ローランは一言だけそう告げると、クナイに付着してた血を払った。
「……父上ッッ!!?」
突如として、声が響く。
「!!?」
そちらへ振り向くと、腰にタオルを巻いたローレンスが、信じられないものを見る目でそこに立ち尽くしていた。
「こ、これは……!!?」
「ろ、ローレンス……ち、違うんだ……こ、これは……」
「……」
ローレンスは、焦る父と死んだ母の顔を交互に見る。そして、「はァ」と溜息を吐いた。
驚きはした。あの真面目で臆病な父親が、自らの妻を殺す凶行に及んだとは。しかし、不思議と母が殺された事と父への憎悪はなかった。
当然だ……この母親が、何か母親らしい事をしたのだろうか。いいや、していない。
そこで、初めて自分の母への認識がハッキリした。コイツは、口煩いだけの他人だったと。
他人が目の前で殺されても、驚きしか湧き上がらない。だってそうだろう?自分とは関係ないのだから──
「……俺が風呂に入ってる間──」
ローレンスが、口を開く。
「魔物が、突如として強襲してきた。父は無事だったが、母はその凶刃に倒れてしまった──ふむ、これならよくある事例です。そういう事にしておきましょう。」
彼はそう言ってから、母の亡骸の前にしゃがみ込んだ。
「ろ、ローレンス……?」
「コレ、どうします?いつまでも家に置いておく訳にはいかないでしょう。」
「そう……だな……」
父と息子は、取り急ぎで女の死体を片付け始めた。これをこのまま、魔物が住んでそうな洞穴に突っ込んでおけば何とかなるだろう。
あと、家は掃除すれば大丈夫。何も問題は無い。
彼らは、曲がりなりにも忍者。死体処理には手を抜かず、一切の痕跡を残さず。丸一日かけて、掃除し続けたのだった……




