第8話
さて、私は六条真美。期待の新入生だ。今回は、私の話をしよう。これは風通高校に入るまでの私の物語だ。
心苦しいかも知れないけど、是非最後まで聞いてほしい。
その日は雨が降っていた。ここは東京、新宿。雲に覆われていて、太陽の光はほとんど入ってこないが、都会の光は、暗闇を容赦なく照らし出す。
私は、自分でいうのも何だが、何でもできた。
でも、勉強はそこまでできるわけでないのだが。
私には中学校一年生の時、好きな人がいた。
いや、これは恋愛感情とは違う気がする。
私は彼を尊敬していたのだろう。
それは私が通う中学校のサッカー部の真島太平という男だ。
私はそのサッカー部でマネージャーをしていた。
そこまで大した仕事はしてなかった。
水筒にお水を入れたり、ゼッケンをたたんだり、日誌を書いたりするくらいのことだけど、真島君だけでなく、みんなの頑張ってる姿を見るのが好きだった。
彼はサッカーの技術だけでなく、容姿端麗で頭脳明晰であった。
でも、私が尊敬していたのはそこではない、彼のリーダーシップである。
一年生の彼がいるだけで、チームの士気が上がる。そんな彼はみんなの人気者だった。
私はそんな彼に少しでも追いつこうと思っていた。私はいつか、彼と仲良くなっていた。
部活終わりに一緒に帰り、二人でコンビニでアイスを食べたり、雨の日に一つの傘の下、下校したこともある。
でも、たった1日でこの関係は大きく変わってしまった。
酷かった雨も少し上がり、練習を再開しようとしたが、21人しか選手がいなかった。
真島君は私にこう言った。
「田中の代わりにディフェンスに入ってくんね?」
彼は私の運動神経を知っていたから、こう言ってくれたのだろう。
私は真島君と一緒にサッカーが出来ると思うと嬉しくて、その頼みを承諾した。
「お前のチームが勝ったら、何でも頼みを聞いてやるよ。」
そう言われて私はこの試合に勝って真島君に告白しようと思った。
私は笑顔でこう言った。
「うん。じゃあ本気で行くよ。」
この話だけ聞いていると、若い男女の青春のように感じたかもしれない。私もこの時はそう思っていた。この日の事を後でこんなに後悔するとは思ってもいなかったんだ。
三十分の試合だった。
彼が教えてくれたとおりに私がタイマーをセットした。
私のチームは、いや、私は彼のチームに10対0で勝利した。
私のシュートは凄い勢いで曲がった。
曲がるシュートかっこいいなと思ったから蹴ったのだ。
私は真島君からボールを奪った。
チームメイトが取れと言ったから取った。
私は真島君をぬいた。
チームメイトがぬけといったからぬいた。
走れと言われたから、50メートル五秒の速度で走ったし、微妙な位置のボールだったから、オーバーヘッドキックをした。
最後の一分凄い気迫でボールを取りに来た真島君を私は、向こうからやってくる通行人を避けるように体をひねった。
真島君は勢いで地面に転がった。
ズザーっと雨でぬかるんだ地面に叩きつけられ、ドロドロになっていた。
私はこの時に、彼を惨めだと思ってしまった。泥だらけで頑張る姿はあんなに美しかったはずなのに。
真島君と笑いながらセットしたタイマーが、雨音よりも大きく、グラウンドに鳴り響いた。
私はあんなに憧れていた真島君を、あっさりと倒してしまった。
私は恐る恐る、倒れている真島君に手を出した。
「大丈夫?立てる?」
真島君は私の手を弱々しく払うと、無言で立ち上がり、トボトボと歩いて行った。
その背中はあまりにも、敗北者に似合っていて、私は大雨と化した空の下で、たちすくんでいた。
試合後、私は告白しようとは思わなかった。
だって、彼は絶望していたからだ。
彼は自分が一番だと思っていた。
必死に努力してきた。
必死に必死に必死に。
なのに、私なんかに負けてしまった。
サッカーのことはあまり知らないので、よろしくお願いしますと言って入ってきた女の子に。
私はサッカー部のマネージャーを辞めた。
彼は、その日を境に部活に顔を出さなくなったらしい。そして、気付いたときには退部届けが提出されていたのだ。
私は極力彼と会わないようにしていた。
輝いていた彼はもう輝きを失い、電池が切れたように、気力を失っていた。
となりのクラスのドアの隙間から彼を見る度に胸が痛くなった。
その後、私は一人だった。
いや、独りだったのだ。
机の上には落書きがあった。体育のペアは先生だった。転がったボールを拾ってくれる人も、落ちた消しゴムを拾ってくれる人もいなかった。
みんなが私を怖がっていたのか、皮肉に思っていたのかわからない。
教室の隅っこで過ごす日々学校が終わると、みんなが帰宅するまで、教室で本を読んで時間を潰してから帰っていた。
そのときに一番最後まで、教室に残って一人で帰っている子がいた。
そう言えば、あの子が誰かと話しているのは見たことがあるが、友達と笑いあっている姿は見たことがない。
当時はまだ髪の毛は長かったこの女の子。
それが白崎さな、今では私のたった一人の親友だ。
ある日、私は好きな小説を買いに外へ出た。
読書が唯一の趣味であった私は、小遣いのほとんどを本に使っていた。
買った小説の続きが気になった私は、近くの公園のベンチで、少し読んでいこうとベンチに腰掛けた。
本を読み進めていくうちになんだか眠くなってきた私は、眠りについてしまった。
「や、やめてください。返してください。お願いします。」
「しつけーな。とっとと失せやがれ。」
ん?私は目覚めた。目を開けると、あたりは夕焼けに包まれていた。声のした方向に顔を向けるとさなちゃんが、柄の悪い不良達に絡まれていた。
「返してください!じゃないと警察呼びますよ。」
みんなしてポケットに手を突っ込んで口の中でガムをくちゃくちゃ鳴らしているその集団は見るからに関わればめんどくさいことになるのは丸わかりだった。
「悪いねぇ、俺たちも金には困っててな。お嬢ちゃんまだ中学生だろ?大人には逆らわない方がいた思うけど、、な!」
ぺっとガムを吐き捨てる。
「本当に返してください。それには生活費が入ってるんです。」
彼女は半泣きになっていた。でも、しっかりと前を向いていた。決して涙は流すまいと男達を睨みつけている。
私はこの時少し笑ってしまったんだ。敵うはずのない相手でも、しっかりと向き合い。負けまいとするその姿は、昔の真島君に似ていたからだ。
「なんでわかってくれないのかなぁ?お嬢ちゃーん。
あっそうだ。お金ないなら体で払ってくれてもいいよ。」
男達はゲラゲラと笑う。それでも、彼女は前を向いていた。
「山口さん。趣味が悪いっすよー!こんなガキに手を出すなんて。」
「俺はそんな趣味はねぇけど、売り飛ばせばかなりの金になんだよ。と言うわけで、ちょっとおねんねしといてもらいましょうか!」
男はおおきく振りかぶって、さなを狙う。
さなは目を瞑った。(誰か助けて、、、)
私は、勝手に体が動いていたんだ。と今ならわかるよ。この子は傷ついてはいけない。こんな少女がこんな男達に傷つけられていいはずがない。
ガシッと男の腕を掴んで、ひねって、足をかけた。
それだけで男は簡単に倒れた。
「て、てんめーっ!」
残りの男達は3人くらいいただろうか。
二人を蹴り飛ばし、一人の胸ぐらを掴んだ。
「この子の代わりに私が相手してあげるよ。なんでも言うこと聞いてあげるよー。」
私は笑ってこう言った。
「もしも、あなたが勝ったら、、、ね。」
私はわざわざ高く飛び上がり、あの時のようにオーバーヘッドキックを叩き込んだ。
倒された男達はフラフラ立ち上がる。
「くっくそっずらかるぞ!」
私はこれ以上追わなかった。
「あ、私のお金が!」
「大丈夫、あいつの上着の内ポケットからすっといたから。」
私は封筒をさなちゃんに渡した。彼女はなにかお礼がしたいと言ったが、私は本を読みたかったので、手を振って家に帰った。
次の日の学校、いつものように放課後本を読んでいると、私はさなちゃんに声をかけられた。
「あの、六条さん!わ、私と友達ににゃってくれませんか?」
私はここで噛むか?と思ったけど、さなは恩を返すために友達になってあげようとするとか、そんな考えではないことはわかった。
私はその時、多分泣いていた。本を読んで感動して悲し涙を流したり、独りで寂しくて涙を流すことはあった。
嬉しかった。彼女の純粋な心が嬉しかった。
私が泣いていると、さなちゃんは驚いていたなぁ。
「え?そんなに嫌?ご、ごめんなさい。」
「いや、ありがとう。友達に、、、にゃってください。」
その後、二人で笑いあった。
友達と笑い会うのは何年ぶりだろう。
これは中2の春のことだ。
私は人気者だったから、寄ってくる人はいっぱいいたけど、私は初めて本当の友達ができた。
それから、さなちゃんは大阪の高校に行った。
私も、東京の普通の学校で過ごしていた。
その後、イーストに隕石が落ち、たくさんの能力者が現れたが、私はアビリティーを得ることはなかった。粒子を浴びた約2割の人間は私のように、なにも発現しない人もいる。
隕石が落ち、アビリティーという存在がなんのオカルトでもない日常として受け入れられるようになった。
とても嬉しかった。私よりも異常な存在が当たり前になったことが、これで私は普通だ。なんの変哲もないただの女の子なんだと思えることが出来た。
私とさなちゃんは、メールでやりとりしていたが、ニュースで風通高校が取り上げられていた日に電話がかかってきた。
「銃弾を、、、避けた?」
「そう、四条君には真美ちゃんに助けられた時のような凄さを感じたの。普通じゃないような、、、。」
普通じゃない、、まるで私のようだ。
ウェストにアビリティーを持つ者がいるはずはない。
それとは違う何か。とても自分に近いものを感じた。
その日、父にそのことを話した。
私の父は六条会という組織のトップで、そういうことにも詳しいかも知れない。
「銃弾を、、避けるねぇ。それもタイミングがわかっていたかのような、、。そやつ名前はなんと申す。」
「四条凌真というそうです。」
「なにっ!?四条だと?こいつはもしかしたら、もしかするな。真美、大阪に行け。転入手続きをしてやる。」
私はその時笑った父親を初めて見た。ガハハハと笑う声は聞いたことがあるけど、その時の父は心の底から微笑んでいた。これは何かあると思った私は、転校することにした。
アビリティーを持たない人間は、書類を提出し、精密な医療検査を受けた後ならイーストからウェストへの移動が可能になる。
これは、アビリティーを持たない者が能力者に嫉妬を覚えるからなのだそうだ。周りにアビリティーなんて物騒な者があるのに自分は持っていない。考えてみれば、これは人間関係に支障がないはずがないのだ。
私はすぐにウェストに向かった。国境ではないが確かにあるウェストとイーストの境。
そこには、壁も崖もない、ただ道が一本あるだけだが、その道を抜けると街が見えた。
別の国に来た。昔アメリカにいったことがあるが、本当にそんな感じだ。
私は、入試を受け、風通高校に転入した。転入と言っても、少し、遅れて入学したようなものなのだが。
そして、その日初めて四条凌真を見た時、何か感じた。
たぶん私はその時、微笑んでいただろう。
自分に近い何かを感じとったことで。