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地上伝奇譚  作者: 橋口 紅葉
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叫び、虚無、そして…

どれだけ時が過ぎただろうか。


どれだけ人を斬っただろうか。


武を極めるために造られた道場は本来の目的とはかけ離れた惨劇場となっており、一人呆然と佇む少年が一振りの刀だけでこの屍山血河を築き上げた張本人と誰が思うだろうか。


不城の一族はこの世で秋夜と佳奈だけとなった。


全て秋夜が斬り殺したからだ。


騒ぎを聞きつけ止めようとする女共の心臓を貫いた。


佳奈を辱めた男共を躊躇なく首を撥ねた。


死屍累々の道内は鉄の匂いと腐臭が室内に漂い、隅の壁にもたれかかり、震える己の体を抱き締める佳奈は俯いて表情が窺えないが、秋夜は彼女に歩み寄った。


「佳奈」


秋夜の手が佳奈の肩に触れようとした時、


「触るな!」


彼女は彼の手を払いのけ、勢いよく顔を上げるとその顔は憤怒の形相であった。


瞳には深い怨みと怒りが深く深く混じり合っており、睨まれた秋夜は心臓を鷲掴みにされた感覚に陥った。


「アンタさえ、アンタさえいなければ!私はこんな惨めな想いもしなかったのに!私だけじゃない!一族の皆んなも死なずにすんだ!此れもアンタが才能を持って生まれたから!アンタみたいな半端者が生まれてきたから!皆んなが死んだんだ!」


沈黙する秋夜。


鬼女の如く取り乱す佳奈は、己の感情を制御できないでいた。


「疫病神!私の前から、消えろ!!!」


息を荒くし、再び俯く佳奈を悲哀な面をした秋夜は何を言っていいか分からず、ただ彼女を見つめていた。


一族の男達に六日も輪姦され続け、恋する相手に処女を捧げる事もできず、尚且つその相手の目の前で強姦される所を見られて正気でいられる女などこの世にいるだろうか。


そんな彼女に自分が何を言っていいか分かるはずもない。


「ごめん」


三文字の言葉は道場に虚しく響いた。


××××


あの惨劇から一ヶ月の時が経ち、二人の兄妹は死んだように日々を過ごしていた。


佳奈は虚ろな瞳でこの世にいない両親を幻視するようになり、虚空に向かって話しかけ、僅かな食事しか摂らないために日に日に痩せこけていき、何時しか死相が浮かび、可憐で向日葵のような笑顔は見る影もなく数日前に部屋に引き篭もってしまった。


そんな妹を兄はどうにかしたいと考えたが、妹ほど心は壊れていないが彼も疲弊してどうする事も出来なかった。


今更、どのような顔で彼女に接すればいいのかわかる筈もなかった。


だが、事態は思わぬ結末を迎える。


××××


体を引きずるように歩く秋夜は玄関に佳奈の草履がないのを見て不審に思い、彼女の部屋へ足を運び襖を開けた。


「開いた?」


今まで襖を開けようと試みた事は何度もあった。


だが、何かがつっかえて襖が開かず、無理に開けようものなら佳奈が悲鳴を上げ取り乱すため、それ以降佳奈には食事を部屋の前に届ける以外近づく事はなかった。


部屋に足を踏み入れると真っ先に机の上に置かれた手紙が目に入った。


手紙にはこのようなことが書かれていた。


拝啓 鮮やかな紅葉の季節となり、兄上はいかがお過ごしでしょうか。兄上のことなので、あの日起こった事を忘れることが出来ず、日々苦悩していらっしゃるのでしょうね。何度も謝辞を述べようとしたのですが、あのような暴言を吐いておきながら合わせる顔などあるはずもなく、このような書状に逃げてしまった私をお許し下さい。あの忌まわしき日々から解放された束の間、夫が誰かはわからない稚児を孕んでしまったようです。産むべきか産まざるべきか、苦悶に満ちた日々を過ごし想到した末、私はこの子と一緒に死ぬことに決めました。さようなら、私が恋した兄上。幸せに生きてください。それが私への供養となりますので。


全てを読みきる前に秋夜は手にしていた手紙を地に落として、血相を変え玄関へと向かい、草履も履かずに外へ出飛び出した。


ここ数週間鍛錬を疎かにして食事もまともに摂れなかったためか以前よりも増して息が上がるのが早く、思うように体が動かない事に焦燥感を覚え、気配を察知しようにも五感が鈍っていて彼女を見つけることが出来ない。


空は今にも降り出しそうな曇天模様である。


「何処にいる、佳奈」


一刻の猶予もない。


早く見つけ出さねば彼女は自殺してしまう。


だが、何処に向かえばいい?


沈思黙考するが動揺と疲労で頭の整理が追いつかず、結論付けることが出来ず、途方にくれた時、里から少し離れた場所にある鮮やかな彩りの紅葉の木の下で人影を見え、直ぐ様秋夜は駆け出した。


清楚で美しい着物に身を包む佳奈は確かな足どりで紅葉の木に歩み寄って凭れ掛かり、懐から一本の短刀を鞘から抜いて己の心臓につきたてようと高々と振りかざした。


「佳奈ぁぁ!待て!早まるな!!!」


静止を呼びかける叫びを耳にした佳奈は振り翳した短刀を脇へ降ろし、必死の形相で彼女の元へ走る秋夜に驚いた顔を見せると今度は向日葵のような美しくも可憐な笑顔を浮かべた。


だが、短刀をもう一度振り翳して勢いよく振り下ろし、刀身が彼女の体を深々と貫く。


「馬鹿!」


秋夜が佳奈の元に走り寄った時には既に遅かった。


散った紅葉の上に佳奈の鮮血が注ぐ。


力尽きた佳奈を横抱きにした秋夜。


「はぁ、はぁ、はぁ」


「今なら手当をすれば、まだ間に合う!」


「お止め、ください」


「何を言っている!」


秋夜の腕に抱かれながら苦悶に満ちた表情で息を途切れ途切れに洩らし、徐々に顔を蒼白にさせ額から珠の汗を流す姿は彼女に死期が迫っていることは明白である。


「ごめん、なさい」


「佳奈!?」


「私の、分まで、生きて…」


「佳奈!佳奈!佳奈!」


必死に呼びかけるが佳奈は瞼を徐々に閉じてゆき遂には


「か、佳奈?嘘だろ、嘘だと言ってくれよ、なあ」


「………」


無慈悲な沈黙が流れる。


彼女は二度と目を開けることはない。


その事を理解した秋夜は頭を垂れた。


ぽつり、と一滴の雨が空から落ちると大地を引き裂くような雷鳴が轟き、決壊したダムのような止まることを知らぬ様子で降り始めた。


「あっ」


秋夜の目から一滴の水が流れ、


「あああ…」


肌を突き刺す雨の矢は容赦なく降り注ぎ、


「あああああああッッ!」


彼は慟哭した。


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