残酷な現実
予め町で買った大量の塩を五兵衛の首が入った壺に詰め込んで縄で縛り付けては其れを背負い、五兵衛を殺した騒ぎが拡大する前に越後の国から離れなければならないので、陽が昇らぬ暗闇のなか体を休める事なく走り続けていた。
今にも降りそうな不気味な曇天模様に胸騒ぎを覚えるが、気のせいだと念頭から滅却する。
不城の里は屹然と聳え立つ山に囲まれた場所に開墾され、その特徴的とも言える急斜面と天を穿つ剣のような山容に人々は迂回するので、世俗から離れるには適切な土地柄である。
また、山中には里の者が仕掛けた巧妙な罠や凶暴な獣を放し飼いしており、一度入ってしまうと誰であれ命を落とすので近隣の者達は寄り付かない。
そんな環境下の山を幼き頃から鍛錬場として駆け回った秋夜は難なく登攀し、目的地の不城の里に辿り着いた。
(漸く、辿り着いたか。首が腐敗する前に急ぎ父上に報告せねば)
深夜の時間帯に帰宅したので里の皆は就寝しているはずだが、自宅の道場から光が漏れている事に気づく。
(こんな時間に何故、灯が付いている?)
不審に思った彼は道場の灯を消そうと道場に足を運び、扉を開けた。
××××
道場内は三十人程の里の者が円を描いて集まっており、皆が円の中央に注目している。
入り口付近からは彼等が何をしているか見えないが、何かが衝突し合う音と思わず鼻を塞いでしまう匂いに益々頭を捻った。
そのうちの一人が道場の扉を開けた秋夜に気づくと、いやらしい笑みを浮かべて口を開く。
「おう、秋夜。邪魔してるぜ」
その一声に道場内にいた男達は一斉に入り口付近に目をやり、秋夜の存在を確認した。
大勢の視線を肌に感じながらも、ぐるりと男達を見渡す。
道場にいる者の年齢はバラバラで、三十人を超す里の男達が自宅の道場に集結していた事に眉をひそめ、怪訝な表情を浮かべた。
「ああ。それで君達はこんな夜遅くに何をしている?」
「何をしている?そりゃ、お前、子を孕ませておる」
「なんだと?」
「何ならお前も混ざるか?」
秋夜の前にいた数人の者が傍にずれると中央で何が行われているかはっきりと見えるようになる。
「ーーっ!?」
目の前に広がる無残な光景に瞠目した。
「ああ、そりゃあ名案だ!」
「偶にはいい事を言うのぉ!」
「あいや、待たれい。確か秋夜には許可が下りてないはずじゃ」
「そうか、そうか。それは残念じゃ!」
下劣な哄笑が道内に響き渡るが、秋夜の耳に届いておらず、雪山に遭難した人間のように硬直していた。
道内では一人の少女が男共に強姦されていたのだ。
天真爛漫で穢れを知らない笑みを浮かべていた少女からは考えられない無機質で深淵の底のような瞳に白痴美を思わせ、そんな無残な姿に誰もが目を覆いたくなるだろう。
彼女の着物は行為を及んでいるためか、はだけてしまい氷雪色の肌をした少女特有の肉体美を晒し、思わず鼻を塞いでしまうような匂いを持つ白濁色の液体が至る所に付着していた。
男に組み伏せられた体勢で、微かに口が開き、何かを呟いた。
「た、す、け、て」
蚊の鳴くような声であった確かに秋夜の耳に伝わった。
秋夜の体から陶器が割れたような音が微かに聞こえた。
刹那、硬直していた体は反発したかのような機敏な動きをし、激情に身を任せて蝶に群がる蜘蛛どもを電撃的な速度で斬り捨てると、少女と連結している男の胴体に渾身の蹴りを放ち、男は口から血吐き出してながら数メートル程の距離を飛来し、壁に激突した。
骨が砕け散り、肉が裂ける音が道内に反響する。
予想外の出来事に刹那的な時を今度は男達が硬直するが、直ぐ様、秋夜との間合いを離れるあたり流石は暗殺に優れた者と言えるだろう。
秋夜は憤怒のあまり血涙を流し、威嚇する獣の如き形相と殺意を宿した瞳で外道達を睥睨する。
無意識のなかで柄を力一杯握るあまり刀が僅かに震えており、刃に鮮血が滴り落ちて床に鮮紅色の花を咲かせていた。
「貴様、血迷うたか!?我等になにをする!?」
脇差を構える男の非難の声に秋夜は柳眉を逆立て歯をむき出し、唾を飛ばす勢いで怒号する。
「血迷っているのは貴様らの方だ!俺の、俺の妹に何をしてやがる!?」
「見ての通りよ!我等の胤を佳奈に注いでおる!稚子を産ませるためにな!」
「全ては不城の一族のためである。佳奈は名誉なことに我等の子を産む母胎として選ばれたのだ」
「これは棟梁の命であるぞ。いや、これは一族の総意である。背くと言うのならば貴様を誅戮する」
「なんだと!?ならば佳奈はこの事に承知したのか!?」
「いや、佳奈には知らされてはおらん。恐怖で怯える小娘を辱めるのは興奮するからな」
「初めは泣き叫び助けを求めておったが、2日すぎるとうんともすんとも言わなくなったわ。反応のない女を相手しても詰まらんし萎えてきた所に貴様が帰ってきおった。まさか、腰抜けのお前に人を殺す度胸があるとは驚いたものだが。それで一週間ぶりに会った妹はどうだ?綺麗になったろう?貴様が任務に就いて我等は休む事なく犯したからな」
「許さん、許さん、許さん!この救いようもない外道共め!一人残らず、一人残らず殺してやる!」
秋夜は己を囲む獣を一人残らず殺し、この命令を下した者達全てをも斬殺する意を決した直後、背後から微かな物音がしたのを耳にすると振り向きざまに刀を払う。
二つの刃が衝突する。
油断していると隙を見た男は背後から襲撃したが、人の気配を察知する能力に長けた秋夜にとってどの角度から襲撃しようと直前で音と匂いに気づくので襲撃に失敗してしまい、一太刀を浴びせることなく首を撥ねられて即死した。
「流石は不城一の鬼才と謳われるだけある。だが、お前を大勢で囲み窮鼠の如く追い詰めても面白くない。いや、そんな情けない事をするなど死んでも御免だ。お前達、手を出すなよ」
「ああ」
渋々だが、獲物を囲む獣達は頷いて少しばかり距離を離した。
「不城 孝俊、いざ参るぞ!」
奇声をあげながら太刀を振る孝俊、激情を孕む瞳で敵を睨みながら鬼の形相で刀を振るう秋夜。
剣戟の舞が数十秒繰り広げられるが、四撃目の打ち合いの末、遂に秋夜は孝俊の腕を斬り落として激痛で怯んだ隙を見逃さず顔面を横一文字に刀を走らせ、断末魔を上げさせる暇もなく相手を斬殺した。
斬り捨てた孝俊に目もくれず、次々と立ち塞がる敵を斬り殺していき、道内で立っている者が最初にいた時より数人ほど減った頃、道場の入り口から数十人の人間が現れた。
その人物は里の中で一番の権力者である棟梁の昭孝、数人の老人、二桁を超える既婚者である男達であり、此れで一族の男達は道場に集結した。
急所を斬られて息絶えた数体の屍体を見て昭孝は僅かに驚愕し、血に濡れた秋夜を見て全てを悟った。
「おお、秋夜。帰っておったか。それで貴様は何をしておる?」
何が起こったか分かっておきながら、惚けた口調で問うあたり昭孝の性根は心底腐っていた。
「一つ、貴様に問いたい事がある」
「このガキ!口の利き方を気をつけやがれ!」
昭孝の横に佇む藤次郎が秋夜に憤慨し叱責する。
「よいよい。申してみよ」
「何故、佳奈を一族の慰め者にした?」
「なんじゃ?儂を恨んでおるのか?それはお門違いじゃぞ。貴様が人を殺すことを拒絶していなければ佳奈はこのような運命にはならなかった。全ては貴様が引き起こした事だろうが」
昭孝は挑発的な皮肉の笑みを浮かべ、顔を真っ赤にさせ、怒り狂った犬の如き形相をする秋夜を見つめ、今度は愉快に笑い出した。
「黙れ、黙れェェ!」
「全ては貴様が悪い」
その後の出来事について、秋夜は記憶がなかった。