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地上伝奇譚  作者: 橋口 紅葉
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暗殺任務、遂行すべし

あの人非ざる者達の会合から一夜明けて、秋夜は日課の朝の鍛錬を終え、一息ついた頃父に呼び出された。


これまで以上の鋭く恐ろしい眼力で秋夜を睨みつけ、有無を言わせぬ雰囲気を醸成する太一に彼は今回は只事ではない事を推測し、ゴクリと唾を飲み込む。


「秋夜、お前にはほとほと失望した。本来なら即刻勘当しただろうが、其れは佳奈は納得できぬと申した。ならば、一つ仕事をしてもらう。だが、出来ぬというならば、二度と不城の名を語るでない。」


「……はい」


「仕事内容についてはこの紙に書かれておる。さっさと支度をして仕事をこなして来い」


「分かりました。」


昭孝は仕事内容が書かれた依頼書を秋夜に渡した。



直ぐ様、彼は封を開け書類に目を通すが、徐々に顔は苦虫を噛み潰したような表情に変化する。



依頼書には越後の国で繁盛する商会の経営者である五兵衛の暗殺と書かれていた。


この玉津屋五兵衛とは、代々造船事業に手をかけた商家の生まれであり、数々の事業に手広く莫大な利益を上げた見事な手腕の持ち主だが、裏では外道な所業を行う人物である。


身売りの娘を買っては死に至るまで痛めつけて家族の元に送り返し、目も当てられぬ悲惨な姿に泣き叫ぶ家族を見るのが最高の娯楽と言い張る男なのだ。


このような行いを世に広まれば売上が下がるのを懸念した五兵衛は、情報を外部に漏れないように密かに、その家族を事故死に見せかけて暗殺者に殺しの依頼をしていた。


今回は自分が暗殺されるとはつゆも思わぬだろう。


暗殺の仕事を任された事に彼は少し肩を落としたが、善人ではなく悪人が暗殺対象である事に僅かだが感謝する事にした。


二枚目の紙には五兵衛の特徴や体型などが詳細に記されており、其処にはこのように書かれている。


ーーーーーーー


暗殺対象の身体的特徴、なお身長及び体重は目測であるため大凡の値である。


体重、三十二貫。


身長、四尺九寸。


鱈子のような太く厚い唇に口元に大きな黒子、眉間に何重もの皺があり、やや低身長ながら狸のような腹をしており肥満者である。


花街を頻繁に通うため身につける着物から甘い芳香を匂わせる。



ーーーーーーー


秋夜はこの暗殺対象を頭に思い浮かべ、まだ目にしていないが心だけでなく顔も醜い人間だと確信した。


××××



不城の里から早駆け数日、玉津屋の経営者が住む邸宅がある町に辿り着いた。


北陸一栄えている町と呼ばれるだけあって人の往来が凄まじく、商売人の活気な声が至る所から聴こえ、子供達が無邪気な笑みを浮かべながら町を駆け抜ける。


江戸幕府成立から間もないが、数年前までは群雄割拠の世であったと誰が思うだろうか。


そんな彼らを尻目に秋夜は晴れやかな気分であったが、直ぐさま気を引き締め、任務を遂行するため偵察へと乗り出す。


人が往来する場所で立ち止まり、まじまじと視察するわけにはいかず、その日は夜になるまで宿屋で過ごそうと町中を歩く。


すると、玉津屋五兵衛と思しき人物が数人のお供を引き連れて此方に向かって歩いて来た。


(恐らく、あの男が玉津屋五兵衛。なるほど、私腹を肥やす悪人というのは彼奴のためにある言葉だ)


低身長ながら30貫は優に越える丸々とした体格で、特徴的な西瓜のような大きさの出っ腹、人の良さそうな顔、何より惹きつけられるのは眼だ。


優しさを感じさせる垂れ目だが、その瞳の奥には一大商家を纏め上げる並大抵ではない才覚を感じさせるのだ。


素知らぬ顔で玉津屋一行とすれ違う。


直後、秋夜の鼻を刺激した。


その匂いの正体は、遊郭の花魁が付ける甘ったるい芳香。


事前に得た情報によると玉津屋は頻繁に遊郭に通って女を買うために、己の着物にその匂いが染み付いたのだろう、と結論付け、無表情ながら彼の心の内は密かにほくそ笑んでいた。


×××××


賑やかだった街は寝静まり、正義を為す物語の主役が姿を現わす。


暗幕のような夜空に役者を際立たせる眩しきスポットライトの三日月、微かに聞こえる風は開演前に高ぶる観客が周囲に気を遣いつつ囁く会話のようだ。


時は満ちた。


「よし、では、参るとするか」


秋夜は瞑っていた瞼を開き、蚊の鳴くような声でポツリと溢し寝転がっていた体を起こす。


ここ数日、玉津屋の夜間における警備の仔細は闇にまぎれながら調査し、今宵暗殺するのに絶好の機会であると考えた秋夜は任務を遂行することを決意した。


宿屋の窓を開け、誰にも見られていない事を確認すると荷物を持ち外に飛び降りる。


鍛錬で音を立てずに着地する身技を習得していた秋夜にとって、無音で二階から飛び降りる事など造作もない。


外に出た彼は裏路地に駆け込み、ものの数秒で裾や袖が破けてしまい幾度となく縫合された見窄らしい商人服から闇に紛れる紺の装束を身に包んで現れた。


だが彼は、脚絆や手甲など本来の忍びが装備するであろう物は何も付けていない。


不城の一族は人並みはずれた肉体を保持しているため、返って戦闘においてそれらは邪魔でしかなく、カムフラージュに必要な物以外は装備しない傾向にあった。


静寂な夜を音を立てず町を駆け抜ける彼は韋駄天の如し。


目的地が宿屋から遠く離れていなかったのが零れ幸いである。


疾走し続けること数十分も経たぬうちに五兵衛の邸宅に辿り着くと、事前に見知して調べ上げた警備兵達の配置と人数をもう一度頭の中で再確認をする。


玉津屋の邸宅外を警備する者は、影となり闇に紛れ自分の背後に忍び寄る秋夜に気づくことすら出来ず、絶妙な力加減で手刀を叩き込まれ痛みが生じたと同時に意識を手放していた。



容易く意識を刈り取る襲撃者は、四〜五メートル程の高さの塀を軽々飛び越え、敷地内へと侵入する。


暗殺対象の容貌をもう一度頭に浮かべたが、 花魁が付ける甘ったるい芳香の匂いが奥の部屋から漏れており、犬より優れた嗅覚を持つ秋夜の鼻を刺激した。


玉津屋五兵衛に染み付いた匂いである。


巡回する警備兵を気絶させては、奥の部屋へと足を進める。


その足取りに迷いは見られない。


里を出てから既に人を殺める決心がついていた。


だが、彼の念頭には生まれ出た頃から無意識の内に人殺しを忌避する己の身体を恐れていた。


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