殺人を忌避する暗殺者
一週間に一話投稿目指して頑張りたいと思います、はい。
「秋夜!何度言えば分かる!」
憤懣を撒き散らすような怒号とともに鈍い殴打の音が鍛錬所に響き渡る。
実の親に殴られた少年は数メートル先まで吹っ飛び、苦痛の呻き声を洩らして涙を浮かべていた。
少年の名は不城秋夜。
不城の一族の当主である不城昭孝の孫であり、僅か15歳という若輩ながら一族の中で右に出る者がいない、と称されていた少年。
「何故、貴様のような出来損ないが、あのような恐ろしき天賦の才を持っておるのだ…」
落胆と絶望を含んだ声を洩らし、殴打した張本人であり少年の実親である不城太一は嘆かわしいとばかりに顔を顰め、地に伏して痛み苦しむ息子に侮蔑の目を向ける。
不城秋夜は物心ついた時から人の動きを模倣する事に長けていた。
幼少時、人は身近にいる人間と同じ行動をする事が頻繁に見られるが、彼の場合、その対象が武を極めた達人であった。
そのため、彼は五歳の時、その道六十年の達人と同じ動きを模倣してみせた。
たかが五年しか生きていない子供が真似出来る芸当ではないが、彼は達人の技を観察し、難なく己がものにしただけではなく其れをさらに昇華させ続けた。
当然、彼の鬼才ぶりに一族は驚愕し歓喜する。
〝此奴の才さえあれば、我が一族の悲願は果たせるだろう〟
誰しもがそう思った。
だが、天は二物を与えない。
彼は一族の中で異端とよんでいいほど殺人を嫌悪し、虫をも殺せない穏やかで優しき心を持つ少年であった。
降魔師として暗殺者としても三流以下である一方、武人として最高峰の才能を持つちぐはぐな少年に、一族の者達は心底落胆し、嫌悪し、遂には人として認識をしなかった。
そのため、今日も人を殺める事を拒絶した少年は父親に殴られたのである。
「其処で反省しておれ!」
怒号が道場に響き、太一はその場から離れて行った。
残された少年は一人、殴られた痛みに悶え蹲っていたが、徐々に痛みが引いていくと体を起こし、口内に広がる鉄の味に顔を顰め、激痛で流れた涙を袖で乱雑に拭った。
「お兄様!」
道場の扉が開くと同時に可愛らしい少女の声が響き渡り、慌ただしい足取りで秋夜に近づいた。
秋夜に駆け寄った少女は彼の二つ下の妹である不城佳奈。
幼いながら類稀な叡智を兼ね備え、一族内でも美しいと評判の彼女は秋夜にとって自慢の妹であるが、そんな彼女に今にも泣き出しそうな悲しい瞳で目を向けられた彼は苦笑いをこぼした。
「ああ、お兄様。私が手当て致します。お口の中が切れていらっしゃるので」
「大丈夫、大丈夫。こんなの放っておけば治るから」
「ですが」
「そんな張り詰めた顔しないで。君は笑った顔が一番だから」
先程の出来事をさして気にしていないと言った表情で笑う秋夜に佳奈は何とも言えない表情で見つめると、不意に俯く。
「もう、何を言っても無駄なのでしょうね。分かりました。ですが、このままだとお兄様が可哀想で私は見て要られません。私がお父様に」
「佳奈、此れは僕の問題だ。君には迷惑をかけれない」
「そのようなこと!」
「いいんだ。僕が弱いから里のみんなに、お父様に嫌われているだけだから。僕が強くなれば皆んな、殺人を忌避しても誰も文句は言わないさ」
「お兄様…」
妹を安心させるために莞爾として笑い、彼女の頭を撫でる秋夜だが、佳奈からすれば返ってその健気な姿は痛ましく思えた。