表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
God is dead  作者: 毛利忠壱
初任務編
2/12

1

 

 重い。

 空気も身体も今手にかけている扉も全てが重い。力を抜くと重力に負けてしまいそうだ。

 原因は明らかだった。


 ーー10分前。

 目の前の答案用紙の2枚目。問題はたった2問しかなく、そのうちの1枚を俺は微動だにせず凝視する。

 答えを書くべき余白は荒野のごとく広がっている。

 信じられない。頭の中も答案も宇宙が生まれる前のように真っ白だった。やはり信じられない。これが最終試験なのも、これを逃せば今までの努力も運もふいになるのも、終了時間が迫っていることも、まだ何も書けていないということも…


 1問目は良かった。

『レジスタンスの名前の由来を答えよ』という問いは確かに一般人には難しかったかもしれない。なんせ◯ikipediaにも載ってないのだ。

 だが俺にとってはただのサービス問題でしかない。

 白金大将に限らずレジスタンスという組織が好きだった俺は今ではもうただのレジスタンスオタクと言ってもいい。立派なレジオタだ。レジオタはもちろん◯ikipediaの情報だけでは満足できない。

 白金大将が組織に名前を付ける際、長い正式名称を嫌って覚えやすいresistance、レジスタンスとしたということをわざわざ関係者に聞き回って探り当てた。レジスタンスの名称が20世紀第2次世界大戦でナチスへの抵抗運動をした組織に由来することももちろん調査済みだ。抵抗する者という意味があることまで抜かりはない。

 これを得意げにおうぎときいに話したら大層呆れられたものだ。あいつらもしっかり答えられただろうか。あの時は呆れかえっていた2人だがまさか最終試験の問題に出てくるとは思ってなかっただろう。今頃俺のとんだ慧眼ぶりに驚いているに違いない。


 問題は2問目なのだ。

『世界は平和だと思いますか』

 問題文はそれしか書かれていなかった。


 世界は平和?は?何を言っているんだ?


 確かにレジスタンスの最終試験は意味のわからない自由作文を出す傾向があることはわかっていた。その対策もそれなりにしっかりやってきた。

 でもこれは…なんだよ…。

 宇宙人が地球に攻めてきてる時点で平和なわけがない。常識で考えればそうだ。全世界が空からの脅威に怯え、まだ見もしない宇宙人に恐れおののくこの世界のどこが平和だというのだろうか。だからこそレジスタンスがあり、白金大将がいて、俺たちが今試験を受けている。

 でもここで問われているのはきっと常識ではない。レジスタンス最高難度を誇る最終問題が『宇宙から爆弾が飛んで来るから世界は平和じゃないと思います』なんて小学生の読書感想文みたいな答えを求めているとは思えないのだ。そんな稚拙な答えと醜態を晒す勇気はない。


「はあ…ダメだ…」


 そんなわけで結局考えもまとまらないまま時間に追われ、ついに試験終了を迎えてしまったわけである。

 ただでさえ重厚な扉がさらに重く感じるのは錯覚ではあるまい。


 最終試験の恐ろしいところはその採点時間にもある。

 最終試験を各々個室で受けた後待合室で数十分も待たされたら結果が出てしまうのだ。辛い時間が短いと言えば聞こえはいいが、自分を慰めたり心を整理したりする時間がないというのは残酷でもある。処刑時間を短くして罪人の心労を減らすために作られたギロチン台のような、なんというか少しずれた配慮を感じる。


「やっぱり、そう何度も上手くはいかないよな…」


 1次試験は一般的な知識問題だった。もちろん簡単なものではないのだが、いわゆる『勉強すれば点数が取れるテスト』というやつだ。

 勉強のできる扇やきいは満点近く取ったと聞いたが、俺はあと1問でも落としていたら足切りを食らっていたという悲惨な結果だった。


 2次試験。記述問題が大量に出題されるのは過去問でわかっていた。だから2次試験で求められるのは解ける問題を取捨選択する能力だ。

 俺は取捨選択する能力には長けていたが実力的に捨てる問題が多すぎた。終わってみれば合格最低点ぴったりで滑り込むという結果で胸をなでおろしたのだった。


 3次試験、レジスタンスに関する自由作文。

 これは自信があった。実力だけが物を言う知識問題とは違って自分の熱意を十分に伝えることができる。俺はレジスタンスへの熱い想いを余す所なく紙に詰め込んだ。

 点数はわからない、というか公表されない。だが今冷静に考えてみると、当時の自信とは裏腹に大した点数ではなかったのだろうと思う。


 そして最終試験。結果は…見ての通りだ。やはり偶然はそう何度も俺を救ってはくれないのだろう。

 仕方ない。今まで運が良かった。良すぎたのだ。運だけでここまで来たと言ってもいい。3次試験まで残る人自体数少ないのだ。ましてや最終試験まで残ったのである。これ以上ない大健闘だろう。

 運も実力のうちという言葉があるがそれはあくまで実力が備わっていてこそだ。俺のようなやつは実力がないから運に頼っているだけにすぎない。


神薙響也かんなぎきょうや、入りなさい」


 ついに最後通牒だ。思ったより早いんだな。本当に考える時間もくれない。酷い。

 仕方ない。ただ俺の実力が暴かれるだけのことだ。自分に実力がないことくらい俺自身が1番わかっている。今さら暴かれてなんだって言うんだ?

 俺はただ結果を、自分に実力がないという事実を受け止めればいい。目を瞑った。


 部屋に入るとまずその豪華さに驚いた。と言ってもさっき試験を受けていた部屋だから目新しい驚きなどないはずだが、試験中は緊張感と焦燥感のせいで豪華なシャンデリアや調度品に目を向ける余裕などなかったのだ。俺はこんなゴージャスな部屋で試験を受けていたのか…それも1人で。


「神薙響也」


 部屋の隅。そこに試験中にはいなかった人物が腰掛けていた。

 腰掛けていた、というのは椅子にではない。いや、椅子ではある。が、ただの椅子ではない。

 その老人は車椅子に座っていたのだ。


「神薙響也、聞こえなかったのかね」


「は、はい。すみません、気が動転してて」


「そんなことはどうでもいい。早く私について来なさい」


 老人は全く感情のこもっていない声でそう言うと気だるげに車椅子を動かし始めた。気だるさは感情なしでも通じるのだろうか。


 俺はこの老人を知っている。

 T.Jマコネル中将。レジスタンスのトップ2の人物だ。あまり表舞台には出てこないが影の実力者と言われている。

 はっきり言って俺はマコネル中将があまり好きではない。

 その変化のない表情や怜悧な言葉から人間味を感じられないのだ。白金大将から感じる冷静沈着さとはまた違う。冷静というよりは冷徹という言葉がよく似合う気がする。

 きっと彼が実はロボットだったと言われても俺は素直に信じてしまうだろう。


 マコネル中将は豪華な試験部屋の奥にある扉に手をかけて入っていった。そこにはまた新たな部屋があった。豪華だった試験部屋とは打って変わって、飾りもないシンプルな部屋だった。


「そこで待ちたまえ」


 彼が相変わらずの無表情で指さした場所には既に先客がいた。


「響ちゃん…」


「響…」


「お前ら…なんでここに?」


 見覚えのある顔。声。

 先客は扇ときいだった。


「わたしもよくわからないんだけど…」


「僕もなんだかわからないうちにここに案内されて…」


 どうやら境遇は同じらしい。


「そうか。実は俺も…」


「君たちは黙って待つこともできんのかね」


 無機質な声。俺は小さくすみませんと言って黙り込む。

 やはりこの人は好きじゃない。声を聞くとぞっとする。注意の言葉からすらも苛立ちはおろか感情1つ感じられない。注意や命令と言うよりは一定の音量を超えたら注意の文言が流れるプログラミングに近い感じがする。

 だがその無機質な命令に俺たちは従うしかなかった。



 どれくらい待っただろうか。俺たち3人は机の前で横一列にちょうど運動会の選手宣誓のごとく手を後ろで組み(きいは女性らしく前に腕を組んでいた気もする)下を向いて微動だにしなかった。


「やあ、すまない。待たせてしまったね」


 心臓が止まった。

 否止まってはいない。心臓が止まったというのは単なる比喩であり決して人命を保つにおいて最も重要な器官が動きを停止したというわけではない。ただその衝撃は拍動を止めてしまうには十分すぎたというだけだ。


 その姿はまさに『凛々しい』という言葉通りだった。白金大将はまさに唐突に、実にさりげなく、しかも颯爽と部屋に入ってきたのだ。顔立ちは端正でしかも一挙手一投足に無駄がない。


 俺の憧れが、夢が、希望が、ヒーローが、そしてもう1度憧れが…俺の前に…いる…!今まさに…!夢か?これは夢なのか?


里中希唯さとなかきい君、為永扇ためながおうぎ君、神薙響也君」


 白金大将が俺の名前を呼んだ…!もう試験の結果なんてどうでもいい!

 俺は今すぐサインを下さいと叫び出したい気持ちを抑えて返事をするのが精一杯だった。だがサプライズはこれで終わらなかった。


「3人とも合格だ。よく頑張った。宇宙の平和を守る同志として君たちを心から歓迎する」



 *******



「緊張したね…」


「確かに凄いオーラだったよ」


「だろ?やっぱり本物は違うよな!」


 ビルの外で空気を吸っても興奮は冷めない。


「でもさすがに3人とも合格って言った時は驚いたよ」


「正直お前らはともかく俺は確実に落ちたと思った…」


 本当だ。謙遜とか社交辞令ではなく本当の本当に落ちたと思った。もう駄目だと思った。自分の才能の無さを恨んだ。扇やきいの才能を少し妬んだ。そして素直に諦めた。諦めもついた。


 だからこそ白金大将の突然の合格通知には驚いた。サインをもらいたいという感情が一瞬で吹き飛んで渾身の「は?」をお見舞いしてしまった。

 合格通知を何度も聞き返すというなんともシュールなやり取りが憧れの人との初めての会話になるのを想像した人がかつてこの世に存在しただろうか?ちなみに俺は考えたことはないし、想像もつかなかった。

 だから憧れの白金大将との初めての会話の中に残念ながら感動とか感激とかそういった感情はなかった。すごく、すごく残念ながら。誠に遺憾だ。


 そもそも1年で3人も合格者が出ることは異常事態だった。


 本来レジスタンスは毎年1人合格者が出ればいい方だ。1人も合格者がいない年だってある。むしろそっちの方が多いくらいだ。

 だからレジスタンスに入りたい気持ちこそ強かったけれど、試験自体はダメ元で受けているようなものだった。ダメでもともと。おそらくそれはきいも扇もそうだっただろう。2人とも俺の何十倍も何百倍も頭がいい。賢い。だけどそれでも到底届かない。いや、賢さや頭の良さなんてもはや関係ないんじゃないかと思うくらいにこの試験に合格するのは難しいのだ。

 それが受かってしまった。それも1年で俺含め3人も。そして全員幼なじみで。


 そんな天地開闢以来の大事件を、何か作為的なものすら感じてしまうくらい恐ろしい神様のいたずらを白金大将はあっさり告知してしまったのだ。脊髄反射で「は?」が出てしまってもなんら不思議はないだろう。


「それにしても最終試験、難しかったな」


「1問目は正直響のおかげだったよ」


 きいもこくこくと強く頷いている。


「あれは俺もびっくりした…」


 というのが素直な気持ちである。どうやら試験中の心配は杞憂で2人とも俺の熱弁を呆れつつもしっかり覚えていてくれたらしい。正直少し嬉しい。


「1問目はともかく2問目はもう意味がわかんなかったぜ。『この世界は平和だと思いますか』って何が言いたいんだよ!宇宙人が攻めて来てる世界なんて平和なわけないじゃねーか!」


「僕もあの問題はよくわからなかったな。とりあえず響と同じように宇宙人が攻めて来てるってことと平和ではないと思うってことは書いたけど…正直落ちたと思った。なんかありふれた意見で小学生の作文みたいになっちゃったし」


 やはり扇でも苦戦したのか。難易度が高いだけの問題なら扇ならきっと困ったりしない。あの問題の難しさの原因は意図がつかめないことと……正解がわからないことだ。答えのない問いほど不気味なものもない。


「ちなみにきいはなんて書いたんだ?」


「え?そ、そうだなあ…なんて書いたっけ…?あんまり覚えてないかな…」


「そうか。やっぱりよくわかんないよな。分かってないのが俺だけじゃなくてよかったよ」


 きいもよく分かっていなかったようだ。きいですら分からないとは俺ごときがいくら考えても分かる問題ではないのだろう。

 扇は俺の何百倍も頭がいいが、きいはそれよりもさらに頭がいい。それは扇も俺も認めている。

 扇は頭が良さそうにみえて頭がいい、いかにも見た目通りの秀才といった感じでそれは本人の努力によるところが大きかった。しかしきいはいつもぼーっとしていて引っ込み思案で頼りないように見えていざ問題を解かせてみると俺たちが何時間も悩んだ問題の答えをいとも簡単に言い当ててしまったりするのだ。扇が秀才ならきいは天才、まさに天賦の才能というべきだろう。

 ちなみにいまだに俺たちを「きょうちゃん」「せんちゃん」と呼んでいるのはきいだけだ。俺や扇が歳をとるにつれ使わなくなった呼び名をきいはいまだに使い続けている。そんなきいを見ると時々天才のきいと頼りない引っ込み思案のきいのどちらが本物なのかわからなくなる。もちろんそんなことを考えるのすら無駄だと知りながら。


「そういえば明日も今日と同じ所に集合なんだよね…?」


「ん、あぁ…そうだな。しっかし、明日からいきなり仕事とはな。レジスタンスって意外とブラックなんだな」


「仕方ないさ。人が少ないらしいし。それに早く仕事に慣れることができるのはいいことだよ」


「ま、そう言われればそうだな。いよいよ明日か…!」


 レジスタンス。子供の頃からの憧れ。夢。希望。今までの全てをそこに費やしてきた。

 それがついに…ついに叶ったのだ。夢にまで見たスタートラインに俺は立った。


「響ちゃんも扇ちゃんも明日早いから早寝しなきゃダメだよ」


「わかってるよ」


 遅れるわけないじゃないか。

 そう言いかけた俺の顔は多分にやけていた。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ