3
小田原基地を普通の基地だと思っていた。
きいとの楽しいドライブも終焉を迎え、いよいよ目的地に着くという所で俺たちはようやく気付いたのだ。自分たちの勘違いに。思い込みに。そしてレジスタンスの発想の突飛さに。
「小田原基地って……」
「小田原城そのものかよ!!」
そびえ立つ天守閣を見上げて俺ときいは思わず叫んだ。
「最初はみんなそうやって驚きます」
ニコニコと笑いながら1人の男が歩み寄って来た。紳士と言うには身長が足りない(紳士に身長の基準などあるかは知らないが)中肉中背だったが物腰は柔らかそうだ。きいが少し後ろに下がる。人見知りしているのだろうか。
「あなたは…?」
「申し遅れました。私はデリック・コールマンと申します。そうですね、君たちの先輩にあたりますかね」
「ということは本部からの出向ですか?」
「ええ。1年ほど前から。それまではここもただの中小基地だったんですが少し需要が上がったんです。まあ、それはおいおい話していきましょう」
にっこり笑ったコールマンはそのまま俺たちを案内しようとした。が、すぐに何か思い出したように手を叩いた。
「そういえば、カーター君は元気にしていますか?」
「ええ、そりゃもう元気すぎるくらいですよ」
「それは良かった」
彼は胸をなでおろしたようだった。
「知り合いなんですか?」
「一応は。彼は面白い子でしたからね」
そういうと彼はまたにっこり笑った。
小田原城内はカオス状態だった。和洋折衷とか新旧融合とかそういうものとはまた違ったアンバランスな空間がそこにはあった。壁や床、柱は確かに城なのだがそこかしこに置いてある機械やら設備は最新式と思わしき代物ばかりなのだ。なんだか時代考証がめちゃくちゃなぶっ飛んだタイムトラベル小説でも読んでいる気分になる。
「昔は資料館みたいな感じだったんですけどね。今は中のものは全部近くの博物館に移しちゃったんですよ」
彼は相変わらず人の良さそうな笑顔を浮かべてそう説明してくれた。それにしてもそんな簡単に中の物を別の場所に移してこんなハイテク基地に改造するのが許されるのだろうか。
「そもそもなんでこの小田原城にこんな基地を作ったんですか?」
「噂では別に建物を作ろうとして景観条例に引っかかったとか。でも本当のところはわかりません」
城を改造する方がよっぽど景観条例に抵触するだろうと言いかけてやめた。なにもコールマンが決めたことではない。その彼に答えを求めるのはあまりに酷だ。
俺はこの話題を打ち切ることにした。
「そうですか…ところで日本語上手いですね。結構勉強されたんじゃないですか?」
建物の謎がわからないと知って瞬時に話題を変えたのに彼は少し戸惑ったようだった。だが少しの間を置いて、そんなことないですよと謙遜しながら口を開いた。
「他の人は確かに熱心に勉強して日本語を習得しています。カーター君もきっと血のにじむような努力をしてきているでしょう。でも私は恥ずかしながらそれほど勉強をしたわけではないんです。というのも実は母が日本人でして日本語自体がさほど遠いものではなかったんですよ」
聞けば彼のフルネームはデリック・ジョウジ・コールマンでジョウジには漢字の書き方もあるとのことだった。彼いわくつづりも英語風のGeorgeではなくローマ字のJoujiらしい。
「響ちゃん…」
唐突にきいに袖口を引っ張られた。
「なんだよ急に」
「ここちょっと変だよ…」
「確かに城と最新設備の基地って限りなくアンバランスだよな」
「そうじゃなくて…」
周りをよく見ろと目で訴えられる。変なところ?何もないじゃないか。城内の板や畳の上にはコンピューターやら最新器具が並んでいる。どれも静かに問題なく駆動しているように見える。なんだ、やっぱり問題なんて…いや、なんだろう。言われてみれば確かに何か変な気がする。城の中に機械があって、でも何か足りないような…
「響ちゃん、このお城、人がいない」
そうだ。この城に来てコールマンときい以外の人を見ていないじゃないか。なぜ気が付かなかったのだろう。完全に城と最新機器のコントラストに気を取られていた。背筋が寒くなる。
「気づかれてしまいましたか」
コールマンはにこにこと笑っている。
「いや、そんな大した理由じゃないんですよ。人員はみんな周りの山に出払ってしまってるんです。実は小田原基地っていうのは複合基地なんです。近くの山にいくつも観測機器が配備されていてそれらの情報がここで統合されるんです。ここというかあのサーバーなんですけどね」
そう言って彼は置かれている中でもひときわ大きな箱の様な機械を指差した。なるほど、全情報が集まるだけあって確かに大きくて複雑そうだ。配線コードが所狭しとささっており、冷却用の機械も周りでフル稼働している。心なしか部屋も涼しい。
「私はここで集積した情報を精査しているというわけです」
「そうなんですか」
聞けば真っ当な理由だ。なんだ、別に心配することもなかったじゃないか。
「な、きい。そういうことらしいぞ」
と俺は後ろに隠れるように立っているきいに声をかけた。
「…うん。そうだね…」
だがきいの表情はあまり変わらなかった。なにか他に気になることでもあるのだろうか。
心配そうなきいを見ているとコールマンがどこからか3人分の椅子を持ってきた。促されるままに座る。
「ここまでは前置きです」
唐突にコールマンはそう言い放った。先ほどまでの人の良さそうな笑顔は消えている。
「前置き、まあ序文というかプロローグというか、チュートリアルというかもしれませんね」
そうだ。確かにまだなぜ小田原に出向させられたかすらも聞いていない。なにもお城の見学のために遣わされたわけでもあるまい。
「さて、ここからは本題に入りましょうか」