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そらつかい『虚』  作者: カルヰアオ
第一章 止念(考えない)
12/99

止念 12

「オレが気になっているのは、子供の頃、維名(いな)が最初にいなくなった時にやっぱり雨が降ってたってことなんです」


 (まもる)が重い口を無理にこじ開けたのは、かなり時が経ってからだった。含明(がんめい)はその間一言も発せずに辛抱強く待ち続けた。

「オレと維名は、小学校から中学の二年まで同じクラスでした」

 そこにスクリーンがあるかのように、守は視線を空間の一点に停止した。


 守と武志(たけし)が住んでいたのは、都心から二時間ぐらいの場所にある、村というのもおこがましいような小さな集落だった。噂では、武志は守が引っ越す二年ほど前に、そこに住む叔父の家に引き取られて来たのだという。

 田圃(たんぼ)の中に(うずくま)るカメのような小高い山の上にその集落はあった。できたのが古いのか、五十軒ほどの民家が散在する集落には、規模が小さいにもかかわらず、浄土系と密教系の二つの寺に、仏が神格化した権現系の(やしろ)が建立されていた。


「オレは、小学一年生の九月に、浄土宗のほうのお寺に引っ越したんです」

 守の父は中堅の商社に勤めていて、母は普通の専業主婦だった。守も元気のいい普通の子供だったが、五つ下の弟だけは、前の年の暮れから時々ぜんそくの発作を起こすようになっていた。そんなことがあったからか、父はつねづね、郊外の空気の良い場所に引っ越そうと考えていたらしい。

 そんな夏の終わり、休暇で家にいた父が、たまたま行商に来ていたおばさんから家の近くのお寺で管理人を探している、という話を耳にした。そしてただちに引っ越すことを決めたのだ。

 小学校に通い始めていた守は、引っ越しには不満だった。やっと慣れて友達もたくさんできたのに、とダダを捏ねた。けれど父は守の我が儘を許さなかった。

「おまえは(すぐる)が苦しんでいるのを見ていて、平気なのか?」

 父に言われた途端、守は何も言えなくなった。

 そうして、守の一家はそこへ移り住んだのだ。


 集落の中やその周辺には、学校というものがなかった。子供たちは歩いて一時間以上の道程(みちのり)を、雨が降っても風が吹いても隣町にある小学校へ通っていた。

 だが、まだ小さい一、二年生のために、村外れには小学校の分校が用意されていた。守が初めて武志に会ったのは、年季の入ったその木造平屋建ての、校舎の一室だった。

 一年生は守を入れて男子が五人に女子が五人。たった十人しかいないのに、それでも多い方だった。二年生などは、男女合わせても四人しかいないのだ。

 職員は、白髪交じりの初老の先生と若い男の先生の二人。その他には小さな子の面倒や雑務をこなしている用務員のおばさんがいた。

「オレは、すぐに同じ学年の亮二(りょうじ)和昭(かずあき)と仲良くなりました。亮二は維名の家の斜向(はすむ)かいに住んでる子で、和昭は権現様の神主の子です。あと、分校のおばさんの親戚で、文夫ってヤツがいたんですけど、ちょっと内向的な性格で、いつもおばさんにくっついていて、同じ年頃の子とは遊ばなかったんです」

「貴方は、武志とは友達じゃなかったのですか?」

「う~ん、どうかな。維名の面倒を見ていた含明さんには悪いんですが、正直言うとオレはあいつのことがあまり好きじゃなかったんです。あいつはいつも暗い顔をして、オレが友達とふざけて遊んでいるのを覚めた目で見てました。オレはそれがイヤだった。何か、バカにされているような気持ちになるんです」

 守は、武志の暗い瞳を思い出していた。

「確かに、武志にはどこか覚めたところがありました。子供らしくない冷静な目です。けれどそれは、無邪気になれない、何かに夢中になるのを恐れてる。私にはそう感じられました」

「そうですね。今思えばそんな感じだったかもしれません。でも、子供の頃はそれが判らなかった。だから母はいつも、あいつとは仲良くしろ、とオレに言ってたのかもしれません」

 守の母はことあるごとに、「武志くんと仲良くしなさい」と言っていた。だが、そう言うのは決まって武志の時だけで、それが何故なのかは今でもよく判らない。

「武志は孤立していたのですか?」

「いえ。あいつも、それなりにみんなとは遊んだり、話とかもしてました。不思議と誰も無視したり、いじめたりすることはありませんでした。かといって特に誰かと親しかったわけでもありません。ただ――」

「ただ?」

「誰も、あいつの家に遊びに行ったことがなかったんです。あそこんちは、何かが変でした」


 亮二の家に着く少し手前に、右へ曲がる道があった。背の高い木々が左右に鬱蒼と生い茂る、昼でも薄暗い真っ直ぐな道。そのずっと奥に武志の家は建っていた。

 だが武志の家というのは正確ではない。彼の両親はすでに亡くなっていて、そこは武志の父親の実家だった。当時は父の弟、つまり武志の叔父が跡を継いでいた。

 武志は、子供ながらに家の人に遠慮していたのだろうか。

 けれど、それだけでもないような気もする。

 守は一度、亮二と一緒に武志の家へ行こうと試みたことがあった。ところが門まで続く、長い道の中央に大きな青大将がとぐろを巻いて、とうとう辿り着くことができなかった。

「偶然とはいえ、それ以来、オレは維名の家に行こうとも思いませんでした」

 そして「何だか怖かったんです」と守は続けた。


 自分の気持ちを正直に話すこと。特に弱みを見せるような真似は、普段の守ならしないことだった。それは父から学んだ教訓で、実際、見せた弱みをからかわれたり攻められることも多々あった。それが積もり積もって守の防御本能や闘争本能に磨きをかけたことは間違いない。

 けれど、今はこんな状況だ。

 目の前の男は初めて会ったにもかかわらず、その手が近づいた瞬間に守に安心を与えてくれた。何故信用できると感じたかは判らないが、守の堅い防御本能が危険ではないと察知し、受け入れたのだ。それが昨日からの度重なる泣き言に繋がっている。

 いまさら取り繕う必要もないと思うと、普段口にしない言葉もすんなりと吐き出せた。含明は守の気持ちを受け取るように軽く頷いてから、話題を変えた。


「武志の叔父という人は、どんな人だったんですか?」

「顔はよく思い出せないんですけど、おとなしそうな人でした」

 記憶の中の武志の叔父は、丸いメガネをかけていて、いつも柔和な笑みを浮かべていた。近所の評判も悪くなかったが、人づき合いを好んですることはなく、守もほとんど見たことがなかった。

 反対に、守の両親は社交的だった。村の行事にも積極的に参加して、寺の本堂はよく寄り合いに使われていた。人の行き来も多かったし、家のカギなどはかけたこともないほどだ。けれどそこに住んでいた七年の間、武志の叔父が守の家を訪ねて来たことは一度もない。

「結婚もしてなかったようでした。維名がいなくなった時には、たぶん三十は過ぎていたはずです」

「なるほど」

 含明はしきりに頷いてから、再び話題を変えた。


「武志がいなくなった時のことを詳しく教えてください」



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