現実と危機
「ちっくしょ。範囲外で、異形かどうかわかんねぇな。キュウ、お前はどうだ?」
外の様子を地図画面で調べようというのだろう。久蓮は健太の言葉を受けて、地図を開く。
そこに異形の反応は見当たらず、アプリを起動しGPSが作動した健太が、異形とは色の違う光点として表示されているだけだ。
KEN☆TA 76レベル 主技能 生命術士 補助技能 格闘家
タッチで表示される近隣のミスティック情報も問題なくみれる。
だが、久蓮が知る限り、校内に後3人ほどのプレイヤーがいた筈だがそれは表示されていない。
いまだにアプリを起動していないせいだろう。
「いや、何もいなさそう……、まてよ」
画面に違和感を覚えた久蓮は地図画面を抜けて術技画面を開く。そこはキャラクタの戦闘中に使用する技や、特殊な能力を装備させる画面であり。装備品の時と同じく、術技の装備もまた全て外されていた。
「アーツも全部外れていたぜ」 久蓮は習得術技の欄から《鷹の目》を選択し。パッシブアーツと書かれた欄に装備させる。
改めて地図を開いた。盗賊が習得できる補助術技《鷹の目》の効果で、異形の感知距離が通常の倍の100メートルになり。先程では見つからなかった異形の反応が現れた。
ここから南西に60メートルほど。先程、銃声が聞こえた方向とあっている。距離が遠く、異形の強さや外観は分からないが、確かに存在は確認できた。
「本当にいるんだな。この霧の中に」
霧深い街中を異形が闊歩する姿を想像する。先程銃声がしたように、異形達は人間を襲っていき、人はそれに抗わなければならない。
「そうだ、ミヤ!!」
町の様子に思いをめぐらせ、久蓮は美弥子の事を思い出した。
スマートフォンで美弥子に電話を掛けようとして、悪態をついて止めた。
「ガッコに携帯もってねぇよな。俺、家にかけるわ」
「クソッ! 俺も家に掛けてみるか」
まずは母親の携帯電話に電話をかける。コール音が鳴り続け、留守番電話に切り替わった所で切った。
続けて父親にもかけたが、こちらも同じ結果に終わった。
「あ、もしもし俺だけど……」
健太は誰かに掛かったようで、誰に掛けているのかという久蓮の問いを手で制しながら話しを続ける。
「ウチのオフクロだよ。キュウのおばさんと一緒にミヤの家に避難してるってよ」 電話を切る時には少しだけ安堵した様子で、久蓮に言った。
「そうか、少しは安心だな」
そう言いつつも少しも安心していなかった。父親とは連絡が取れないし、何より美弥子の事が心配だ。
「大丈夫だって。ひょっとしたら、この霧だってこの辺りだけしか出てねぇのかもしんないしよ」
「いや、それはない」
久蓮は手にしたスマートフォンの画面を健太に見せる。
そこには、霧が深すぎワロタ、家の外がサイレンヒルなどのつぶやきが溢れていた。
もちろん、書き込んだ者の所在地など知る由も無いが、このSNSの利用者が全国にいることは確かなことだ。
「ケンも装備をしろ。とにかく家まで帰るぞ!」 アーツを全て装備し直しながら言った。
「帰るって、どうやってだよ? 走っていくのか?」
「しかないだろ。どこも霧だらけだとしたらミヤが心配だ」
「そうだな。ミヤの学校にゃ、ミスティックはいねぇだろうし」
「それどころじゃねぇよ。ミヤの学校の近くには、ヴァンパイア城があるんだよ」
それは、このゲームの最上位の異形、ヴァンパイアロードの居城。
180レベルの強敵で、最大レベルのミスティックが100レベルな事を思えば、その強さがいかほどのものかわかった。
ゲームでは城跡などの名所旧跡はダンジョンとして設定されており。無数の異形がひしめいている。
今の久蓮ではロードに限らず、ノーブルヴァンパイアやエルダーヴァンパイアなどにも歯が立たないが。そんな異形が大量にいるような場所なのだ。
名門校である美弥子の学校は、もちろん城跡などではないが、歴史の古さからか敷地の一部がダンジョンに指定されていた。
健太の表情が変わり、素早くスマートフォンを操作する。
健太の装備は、大型の篭手にすね当て。そして純白のサーコート。格闘を主とする健太に武器はない。
「それじゃあ走るとするか、20分も走りゃ付く。速さじゃ負けるが、体力なら負けねぇぞ」アキレス腱を伸ばしながら術技の設定もする。
「よし、行こう。俺が先行する」 そう言って久蓮は健太にパーティー申請を送った。
パーティーメンバーが追加されました 生命術士 KEN☆TA
軽やかな効果音と共に、画面にそう表示され、いつもの二人パーティが結成された。