霧
バス停で美弥子とは別れ。久蓮と健太はバスに、美弥子はそのまま徒歩での通学となる。
バスの中の二人に手を振りながら行く美弥子に挨拶を返し、二人は指定席とも言える座席に落ち着く。
走り出したバスはすぐに通りを歩く美弥子を追い抜き。住宅街から繁華街へと入る。
「しかしまぁ。通学中の雑魚狩りも出来ないってのもちょいと寂しいな」
二人が遊んでいるゲーム"ミスティックエクスプローラー"は、GPS位置情報と、内臓された現実の世界地図を使用したもので。
ゲームを立ち上げて地図を見ると、あらゆる場所に敵キャラクター"異形"が俳諧している。
プレイヤーはそれら異形のいる場所まで実際に歩いていき、それを退治。
そうして得られた経験地や資金でキャラクターを強化していく事が基本と成っている。
だから、バスのように素早く移動でき、ゆっくりスマートフォンを操作できる環境というものはなかなかに都合がいいのだ。
「ほんとレベル上げだけは、面倒くさいからな……」
「でもまぁ、こうやってゆっくりするのも、たまにゃいいだろ」
そう言って健太は大きく伸びをすると、そのまま黙って流れていく風景に目を向けた。
付き合いの長い二人のこと、別段会話などせずとも苦にはならない。久蓮もそれに習い、スマートフォンをポケットに押し込んで、健太と同じように風景を眺めた。
「おまえさ」 健太が真剣味の篭った声で言った。「告白とかしねぇの?」
「はぁ! なんでだよ!?」 驚きに僅かに声が裏返る。
「もう3年だぜ俺等。卒業したら都内の大学に行くって言うし、バスで20分の今とはダンチだぜ」
「うるせぇな。いいだろ別にどうだって。……つか、お前はどうなんだよ」
久蓮の言葉に健太は困ったように笑う。
「俺ぁ駄目だ。お前ら二人とも好きだからな、どっちが大事とか選べねぇ。だから、二人が幸せになってくれたらいいなぁとかさ、思っちまうんだよ」
「お前さ。その図体に似合わない性格何とかしろよ」
「いまさら変われるかよ」 そう言って健太は久蓮の背中をバンバン叩く。「とまぁ、そういうわけだ。応援してっからよ」
「勝手に言ってろ」 久蓮は鼻を鳴らして健太の手を払いのけた。
バスは再度住宅街へと入り、長い坂を上っていく。
見晴らしのいい丘からの風景は見慣れているはずだったが、今日は少し違っていた。
どこがどうとは言えず。久蓮は、僅かな違和感の原因を探し、目を凝らす。
「なんかガスってんな、今日」
「ああ、そうか。確かに少し靄が掛かってるな」
「こんなに晴れてるのに、珍しいこった」
健太の言うとおり、晩春の空は快晴で、風もまったく無いわけではない。
それでも、遠く眼下に見える繁華街の建物の輪郭が、薄い靄によって不明瞭さを増しているのは確かだった。
二人は若干の不安を覚えたがそれも少しの間で。バスが目的地についてしまえば、そんなことは同でもよくなった。
バスを降り、通いなれた学校へとたどり着く。
クラスの違う健太とはここでお別れで。久蓮はひとり教室へと入り、いつもの授業が始まる。
学校での久蓮は別段目立った存在ではない。
普通に授業を受け。普通に友達と話す。勉強は好きではないが、避けられない事柄ではあるので作業として淡々とこなして行く。そんな生徒だ。
だから一応まじめに授業を受けているので、その異変に気がついたのは窓際に座る男子生徒の声からであった。
「おい外がすげぇぞ」
その言葉と共に教室が一気に騒がしくなる。だから久蓮も何のことかと目を向け、驚きに目を見張った。
真っ白だっのだ。
窓の外の風景が白く染まっていく。それはさらに濃度を増していき、教室内が薄暗くなるほどだ。
あまりの事態に一部の女生徒から悲鳴が上がる。
「なんかこんな映画あったよな、たしか」 窓際の生徒が興奮したように言った。「霧の中に化け物がいるってやつ」
「なんかやばいんじゃね? おい、窓閉めろよ!」
楽しむ者、怖がる者。反応は色々だったが久蓮が感じていたのは不安感だった。
美弥子がどうしているかと気になり、ポケットのスマートフォンに手を伸ばしたが。美弥子の学校は携帯電話の持ち込みが禁止されているので無駄だと思い出す。
すでに学校中から生徒の騒ぐ声が聞こえてきており。それは、表で交通事故のような大きな衝突音が聞こえてきたことで一層高まる。
教師は騒ぐ生徒全員に落ち着くように声をかけると、事態を把握するために自習を言い渡して教室を出て行った。