武芸者
「とりあえずはどこに行きます?」
「そうさな。今、健太君が言ったみたいにホームセンターはどうだろう。ここから近いし、ショッピングモールはなんか遠いしね」
「そんなら国道沿いっスね。先生の車でも借りてきます? 虎二さん、免許持ってるでしょ?」
「いや。なんか人数が多いと困るからな。それに関してはちょっと考えがある。とりあえず歩こうか」
三人はホームセンターへと向かって歩き出した。
感知範囲の広い久蓮が少々先行し、異形の動きを察知する。健太は虎二と二人、そのあとを続き、常時声を出して周囲に生存者がいないか反応を見た。
流石に一軒一軒民家を覗いていく手間はかけられない。
異形の反応があればそこは調べに行くようにはしたが、たどり着くたびに凄惨な現場を目の当たりにすることになる。
時間が経つにつれ、異形がいない場所でも血痕を見る機会が増えた。
三十分ほど歩いても生存者は一人も見つからず、それどころか稀に路上で死体を見つける始末。
久蓮たちはすっかり消沈して、静寂の中、世界にはもう自分達しかいない気分になってくる。
何度目かのそうした邂逅のあと、久蓮は目をそらすついでに、ため息混じりに手元の地図を見た。
そこに見えたのは異形と別色の光点。
「いた、ミスティックだ!」
「お前らと同じ能力者か?」
Miyabi 80レベル 主技能 武芸者 補助技能 格闘家
近所に住むミスティックは、非表示設定にされていないのならばほとんど顔見知りだ。標示されたキャラクタ名に見覚えはない。
「とにかく行ってみよう。この先にいるはずだ」
プレイヤー標示の最大距離は200メートル。地図上で見るに、その武芸者は国道のど真ん中で立ち止まっているようだ。
久蓮たち急ぎその場所に向かい。その途中、武芸者の周りには無数の異形の反応があり、戦闘中であろうと分かると全速力でそこに向かう。
不意に視界が開ける。片側三車線の広い交差点の中央で彼女は異形に囲まれていた。
白い小紋の着物に濃紺の袴姿。軽装ながら、手足は西洋の篭手とすね当てを身につけているのは格闘家の様相。
手にした漆黒の刃を持つ太刀が振るわれる度に、ひとつに結ばれた長い金色の髪が煌く。
「《紫電一閃》!」
凛とした発声と同時に放たれた一撃は、始めて見る熊のような異形を横に両断する。
それはまさしく、物理攻撃最強の一角を担う武芸者の攻撃力を見せ付けるものだった。
しかし、敵はそれだけではない。彼女の周囲にはまだ無数の異形が集まっていた。
犬型4匹、蟻とサソリは十体以上。そして新参の熊が後二匹。周囲に白い球体が無いにも係わらずこの数が集まることは異常に思えた。
「ケンは虎二さんの護衛。虎二さんは犬を狙ってください。俺はあの娘のフォローに入る!」 思いついた事を口から出して、久蓮はそのまま走った。
異形共の間をすり抜けて、Miyabiの後ろに付こうとした熊へと駆け寄る。
その背後から脇をすり抜け、すれ違いざまに後ろ手で短剣を胸に突きたてた。
「《散血針》!」 この大きさにしては酷く手ごたえが軽い事に驚きながらも、そのままMiyabiの背を守る位置に付く。
「大丈夫ですか!?」
「oh あなたは……いえ。大丈夫、ご助力ありがとうございます」 少し驚きを見せたが、澄んだ青い瞳を細め、微笑んだ。
遠目に年上と思っていた久蓮だったが、表情に見えるあどけなさから、近い年代にも見える。
日本語は驚くほど完璧ではあるが、紛うことなき白人少女だ。
「生命術士もいます、ダメージはある程度気にしないで大丈夫。一気に行きましょう」
「出来れば痛いのは遠慮したいのですけれどね」 Miyabiは小さく笑う。
眼前の熊は体長2メートル程。全身が深い毛のような物に覆われ所々から黒い外骨格のようなものが覗いている。口は無く、瞳は真紅。両の手のひらが円形に並ぶ長い鉤爪になっており高速で回転している。
「この熊、中身は空のようなものです。毛深いスケルトンと思っていただいて結構です」
「道理で刺突が利かないわけだ」 小さく舌打ちをひとつ。
左手の短剣は刺突術技を使うためのものだ。使わないのであれば盾に持ち替えたほうが良い。だが今は戦闘中なのだ。
「しかたない、《断ち落とし》!」
「《疾風・諸手突き》!」
二人同時に自身の前にいる熊を狙う。
Miyabiの言うとおり、体の中ほどで骨格に当たったような手ごたえが帰ってくる。
そして、Miyabiが放った両手での突きは身体をすり抜けていく。
Miyabiは刀を引き戻して肩に担ぐと、そのまま熊の反撃を身を屈めて躱しながら突っ込む。
「《紫電一閃》!」
再び熊の胴体を叩き斬った。
「どうやら電撃に弱いみたいですね」 振り返ると、そう言って笑った。